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132話
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数日滞在し、その間フォルアは一日何度か例の曲を弾き歌っていた。それが人づてで広まったのか、店はわりと盛況していた。
「あなた方は私の神様だ」
オーナーは心底嬉しそうにしていたし、宿泊や飲食がただどころか、報酬も上乗せしてくれていた。そろそろここを出ようかという話になると「もっとここに滞在、いや、いっそここで暮らすことを検討されませんか」とさえ言われた。
「居住権に関しても尽力させていただきますし」
アルスとファインは旅をして回っているが、いつかはどこかで定住できればとも思っている。ただ居住権を得るのは簡単でなく、まだまだ先のことだろうなとも思っているだけにオーナーの申し出はとてもありがたいものではあった。
だが結局断った。
「アルスがここで暮らしたいと思うならオレは構わないぞ」
ファインはそう言ってきたが、それはアルスとて同じことでもある。ファインがいいなら構わない。
「多分、お互い相手がいいなら、じゃなくて自分がここに住みたいって思える地がそうなのかもだね」
「まあ、そうなんだろな」
一生旅を続けるつもりはないし、なかなか得にくい居住権を得るチャンスでもあるかもしれないが、お互い「もう少し世間を見て回ろう」ということで意見は一致した。
「それに俺やフォルアとも一緒に旅したいからでしょ」
カースがニコニコ言うとファインが速攻で「自惚れがすぎんだろ」と突っ込んでいた。
やっぱり何となくモヤモヤする感じは拭いきれていない。だがファインと話したことで何となく少しすっきりはした。何も明確になってはいないのだが、話すだけでも違うのかもしれないし、ファインが言ってくれた何かにアルスは無意識にでも答えを見つけたのかもしれない。
俺自身今でもモヤつくこれ、よくわかってないけど……無意識にでも何か見つけたからちょっとすっきりしたってのが一番正解っぽいんだよな。
自分の中のことだけにその無意識のこともすぐ見つけられそうだが、今のところ行方不明というのだろうか、わかっていない。とはいえそれこそ自分のことだけにいずれわかるだろう。
明日にはここを出るという前夜、フォルアの演奏を客として楽しんでいた三人の元へオーナーが直接やって来た。
「どうしたんっすか」
ファインが聞けば「ファイン様に別れを告げたいってお客がいまして。ナージフ様という。例の件で私としても大いに助けられた方ですし、よかったら会ってくださいませんか」とさらに質問してきた。
「あ、ああ。まぁ」
名前を聞くとファインが微妙な顔と口調になった。では連れてきますと一旦離れていったオーナーを見送ってからカースがまたニコニコしながらファインを見る。
「誰? お待ちかねの、ルナールの大富豪?」
「んなわけねぇだろ。あの馬鹿みたいな話いつまで引っ張んだよ。じゃなくて例の組織のやつ、解決するネタになった話提供してくれた人」
「あー」
カースとともにアルスも納得した。組織の一員たちが話していた会話を耳にした、そしてファインに対して多分それなりの関心を持った男だ。
「お別れとか言いながら、あなたをさらいに来ましたってやつじゃないの」
「えっ」
「……カース、いい加減にしろよ。あとアルスも真に受けて驚いてんじゃねえ」
「えー、でもわざわざ言いにくる?」
「た、確かに……」
「だから! ほんっとお前ら……」
ファインが呆れていると「失礼します」と声がして半個室とも言えるアルスたちのスペースに一人の男が入ってきた。この国の大抵の人がそうだが褐色の肌をしているものの、精悍な顔立ちというよりは少し優しげな顔立ちに見える。耳に飾られた宝石が肌に合っていて綺麗だなとアルスがぼんやり思っていると、その横でカースがぼそりと「そこはもっと精悍であれ、でしょ……残念」と呟いていた。
「ファイン、少しぶりだね」
「だな。……ってわざわざ別れ告げにとか」
「はは。迷惑だったらすまない。お別れだけじゃなく、君に礼を告げたくて」
「礼?」
「ああ。この店から少し行ったところで今、新しく建てられているところがあるだろう」
「そうなのか?」
「その店、どうやらここのオーナーが新しく男性専門の店を作ろうとしているともっぱらの噂なんだ。噂というか、多分確定?」
「あー」
その話はアルスもファインから聞いている。同性が好きな男性からすれば嬉しい店なのだろう。今まで旅してきたが、そういえばそういった店をアルスも見た記憶がない。もしかしたら中にはあったものの気づいていないだけかもしれないが、ファインによってオーナーが挑戦する気になったのは間違いない。
「君のしわざだろう?」
「実行したのはオーナーだろ」
「君が多分提案してくれたんだと思ってる。ありがとう。本当に」
ナージフという男はまるでそのままファインを抱きしめキスでもしそうな雰囲気で礼を述べた。多分そういったことに自分が疎いからだろう、アルスは途端落ち着かなくなって口をはさむ。
「あ、あの! えっと、ナージフ、さん? よ、よかったら一緒にここで食べてく?」
言った後で自分は何を言っているのかとアルスは内心後悔した。ただでさえ落ち着かないというのに、これではゆっくりフォルアの演奏と食事を楽しめない。
「誘ってくれてありがとう。えっと……」
「アルス。ずっと昔から一緒の、オレの大事な幼馴染だ」
アルスが名乗る前にファインが紹介してくれた。するとナージフは何故かじっとアルスを見てくる。何だろうと怪訝に思っているとまた笑顔になり「なるほど」とファインに笑いかけた。
「あなた方は私の神様だ」
オーナーは心底嬉しそうにしていたし、宿泊や飲食がただどころか、報酬も上乗せしてくれていた。そろそろここを出ようかという話になると「もっとここに滞在、いや、いっそここで暮らすことを検討されませんか」とさえ言われた。
「居住権に関しても尽力させていただきますし」
アルスとファインは旅をして回っているが、いつかはどこかで定住できればとも思っている。ただ居住権を得るのは簡単でなく、まだまだ先のことだろうなとも思っているだけにオーナーの申し出はとてもありがたいものではあった。
だが結局断った。
「アルスがここで暮らしたいと思うならオレは構わないぞ」
ファインはそう言ってきたが、それはアルスとて同じことでもある。ファインがいいなら構わない。
「多分、お互い相手がいいなら、じゃなくて自分がここに住みたいって思える地がそうなのかもだね」
「まあ、そうなんだろな」
一生旅を続けるつもりはないし、なかなか得にくい居住権を得るチャンスでもあるかもしれないが、お互い「もう少し世間を見て回ろう」ということで意見は一致した。
「それに俺やフォルアとも一緒に旅したいからでしょ」
カースがニコニコ言うとファインが速攻で「自惚れがすぎんだろ」と突っ込んでいた。
やっぱり何となくモヤモヤする感じは拭いきれていない。だがファインと話したことで何となく少しすっきりはした。何も明確になってはいないのだが、話すだけでも違うのかもしれないし、ファインが言ってくれた何かにアルスは無意識にでも答えを見つけたのかもしれない。
俺自身今でもモヤつくこれ、よくわかってないけど……無意識にでも何か見つけたからちょっとすっきりしたってのが一番正解っぽいんだよな。
自分の中のことだけにその無意識のこともすぐ見つけられそうだが、今のところ行方不明というのだろうか、わかっていない。とはいえそれこそ自分のことだけにいずれわかるだろう。
明日にはここを出るという前夜、フォルアの演奏を客として楽しんでいた三人の元へオーナーが直接やって来た。
「どうしたんっすか」
ファインが聞けば「ファイン様に別れを告げたいってお客がいまして。ナージフ様という。例の件で私としても大いに助けられた方ですし、よかったら会ってくださいませんか」とさらに質問してきた。
「あ、ああ。まぁ」
名前を聞くとファインが微妙な顔と口調になった。では連れてきますと一旦離れていったオーナーを見送ってからカースがまたニコニコしながらファインを見る。
「誰? お待ちかねの、ルナールの大富豪?」
「んなわけねぇだろ。あの馬鹿みたいな話いつまで引っ張んだよ。じゃなくて例の組織のやつ、解決するネタになった話提供してくれた人」
「あー」
カースとともにアルスも納得した。組織の一員たちが話していた会話を耳にした、そしてファインに対して多分それなりの関心を持った男だ。
「お別れとか言いながら、あなたをさらいに来ましたってやつじゃないの」
「えっ」
「……カース、いい加減にしろよ。あとアルスも真に受けて驚いてんじゃねえ」
「えー、でもわざわざ言いにくる?」
「た、確かに……」
「だから! ほんっとお前ら……」
ファインが呆れていると「失礼します」と声がして半個室とも言えるアルスたちのスペースに一人の男が入ってきた。この国の大抵の人がそうだが褐色の肌をしているものの、精悍な顔立ちというよりは少し優しげな顔立ちに見える。耳に飾られた宝石が肌に合っていて綺麗だなとアルスがぼんやり思っていると、その横でカースがぼそりと「そこはもっと精悍であれ、でしょ……残念」と呟いていた。
「ファイン、少しぶりだね」
「だな。……ってわざわざ別れ告げにとか」
「はは。迷惑だったらすまない。お別れだけじゃなく、君に礼を告げたくて」
「礼?」
「ああ。この店から少し行ったところで今、新しく建てられているところがあるだろう」
「そうなのか?」
「その店、どうやらここのオーナーが新しく男性専門の店を作ろうとしているともっぱらの噂なんだ。噂というか、多分確定?」
「あー」
その話はアルスもファインから聞いている。同性が好きな男性からすれば嬉しい店なのだろう。今まで旅してきたが、そういえばそういった店をアルスも見た記憶がない。もしかしたら中にはあったものの気づいていないだけかもしれないが、ファインによってオーナーが挑戦する気になったのは間違いない。
「君のしわざだろう?」
「実行したのはオーナーだろ」
「君が多分提案してくれたんだと思ってる。ありがとう。本当に」
ナージフという男はまるでそのままファインを抱きしめキスでもしそうな雰囲気で礼を述べた。多分そういったことに自分が疎いからだろう、アルスは途端落ち着かなくなって口をはさむ。
「あ、あの! えっと、ナージフ、さん? よ、よかったら一緒にここで食べてく?」
言った後で自分は何を言っているのかとアルスは内心後悔した。ただでさえ落ち着かないというのに、これではゆっくりフォルアの演奏と食事を楽しめない。
「誘ってくれてありがとう。えっと……」
「アルス。ずっと昔から一緒の、オレの大事な幼馴染だ」
アルスが名乗る前にファインが紹介してくれた。するとナージフは何故かじっとアルスを見てくる。何だろうと怪訝に思っているとまた笑顔になり「なるほど」とファインに笑いかけた。
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