水晶の涙

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127話

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 捕まった者たちをアルスもこっそり見せてもらったが、二人はファインやカースが言っていたようにその辺に溶け込みそうな目立たないおとなしそうな外見をしていた。こんな外見の人が人身売買のため誘拐を目論見、実行しているなど、実際捕まっていても信じられない気がする。

「そういうものだよ。特に人間は見た目だけで判断できない」

 言いながらどこか冷たささえ感じる顔に見えたが、アルスが見直すとカースはいつものように、にこにこ笑顔でアルスを見返してきた。
 捕まえた二人は一見口を割りそうになかったが、オーナーの命令でどこかへ連れて行かれた後わりとすぐに人身売買の組織のアジトは判明したようだ。何をしたのかは言わずもがなだろう。

「……あの二人ってまだ生きてると思う? ファイン」
「さぁ、な。むしろ殺してくれって思ってんのかもな」

 アルスも普段はのほほんと旅しているが、これでもファインと共にそれなりに酸いも甘いも噛み分けてきた。オーナーの垣間見える様子から、彼の店というか組織もそれなりのことをしてのし上がってきたのだろうことくらいはわかる。そんな者たちの私刑もそれなりに凄惨を極めたものだろうことは想像に難くない。
 そんなオーナーから金銭的な礼をもらうと後が怖いのでは、と普通なら思うかもしれない。だがそれに関してもアルスは特に気にならない。ただの成功報酬だと思うくらいだろうか。

「お礼はもちろんお渡ししますよ。ですがこれだけでは気が済みません。私どもだけではまだまだあのクソども……おっと失礼、人身売買の組織にしてやられていたでしょうし、日々つまらないチンピラたちに悩まされていたでしょう。まあチンピラたちに関してはあまりに続けば思うところもありましたが、あなた方のように上手く済ませられはしなかったでしょうね」

 あのチンピラたちはむしろファインとカースにやられるだけで済んで幸いだったかもしれないとアルスはそっと思った。

「なのでよかったらここに滞在される間は是非私どものところへ宿泊してください」
「でもこの店は飲食店だろ。宿屋じゃなくて」
「はは。ファイン様、給仕サービスの関係で用意できる部屋などいくらでもありますので」
「……あー……。……ほんっとオレ、変なサービスさせられなくてよかったわ」
「何ならここにおられる間、給仕のお仕事されますか? 報酬はかなり上乗せしますよ?」
「やめてくれ。あ、でも話した内容については検討してみてくれよ」
「ええ、もちろん。需要があるのに飛びつかないわけにはまいりませんしね。この店では難しいですが、別途そういう専用の店を作ってみましょう」
「よかったよ」

 ファインがオーナーに男性向け男専用の店について考えて欲しいと言うつもりだという話はアルスも聞いている。あまり詳しく教えてはくれなかったもののナージフの話は改めて聞いているので、そういう性的指向の人にとって嬉しい話だろうなとアルスもオーナーがその気になっていることに嬉しく思えた。

「ああ、オーナー。あともう一つだけお願いを聞いて欲しいんだけど」

 カースが何やら頼みごとをしているのをしり目に、アルスはファインにこっそり聞いた。

「部屋の用意がいる給仕のサービスってどんなだろ。マッサージとかもやってんのかな、ここ」
「そ、そう。そうだよ」
「でもファイン、変なサービスさせられるって……」
「ん、ぁ……、いや、オレまだ人様にちゃんとマッサージうまくできるほどの腕前持ってねーからな。気を使うだろ」
「あー……。……ってファイン、何だか挙動不審だけど、何なんだ?」
「気のせいだろ。つかあれだ。カースだよ。まだお願いあるってどんだけ強欲……」
「何だ、そのようなことでしたら喜んで。ですがその、フォルア様はその、あまり演奏やら歌やらをされるようには、その、見えません、が……」

 どうやらカースの頼み事とは、営業中フォルアに歌を歌わせて欲しいという内容のようだ。オーナーは二つ返事、といった勢いの後にフォルアを見て少々困ったような顔をしている。そういった反応になるのは仕方ないことだろうとアルスやファインだけでなくカースも思っているようだ。

「百聞は一見に如かず、だよオーナー」
「は、はぁ」

 こういった店を運営するにはそれなりの思いきりや度胸なども必要なのだろう。どう見ても一見不安材料しかなさそうなフォルアに対し、それでもオーナーはステージを用意させた。
 アルスたちにはわかっていたことだが、当然ながらフォルアのステージは大盛況だった。見た目からは想像できないしっかりとした、だが美しい声で歌い楽器を奏でるフォルアを、何よりもオーナーが思いきり感動して盛大な拍手を送っていた。

「本当に素晴らしかった。初めて聞いた曲ですが、あれは?」
「フォルアが作った曲なんだ。気に入ってくれたならここに滞在する間、何度か歌わせるけど」
「本当ですか! それはありがたい。ああ、もちろん報酬は支払わせていただきます。カース様は頼み事とおっしゃっておられましたが、あの実力でしたらむしろこちらがお願いしたい」

 本当に宿泊させてくれるらしく部屋に案内された後、ファインがカースに「報酬は狙ってただろ」と微妙な顔をしながら聞いている。

「そんなことないよ。たまたまだね、たまたま」
「は。カースなら一石二鳥くらい考えんだろ」
「えらく俺を買ってくれてるねえ、ファインは」
「そういうのとはまた違う。むしろ嫌味だからな?」
「って、ファイン。一石二鳥って? フォルアがステージで演奏したがってたってたってことか?」

 怪訝に思ったアルスが聞けば、ファインは首を振ってきた。
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