水晶の涙

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121話

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「……かえってご迷惑をおかけして申し訳ない……。全額支払うのは難しそうだけど、払える限りは……」

 困り果てたようなオーナーに、よそ行き用の顔になったファインが申し訳なさげに切り出した。

「い、いえ! それは本当に結構です。あなた方が追い払ってくれたごろつきは最近度々うちへ来ては騒いでいたやつらなので……。その上お客様方がいらっしゃる中穏便に、しかも多分もう来ないだろうってくらい的確に脅してくださいましたし、本当に助かったんですよ」
「でも……」
「ただ、お礼の気持ちだというのに心置きなく存分に料理や酒をふるまえなくて申し訳なく。なにぶん、ここのところ人手不足なこともあって色々手が回ってなくて」
「人手不足? 何か変な病気でも流行ってんの?」
「え? いえ、そういうわけでは……」

 何故人手不足からいきなり変な病気が? と思ったものの、ファインの言葉にアルスはどこかでそんなことを聞いたような気がしてきた。するとカースが「ほら、この国目指す前……何か月か前だっけかな。そんな前じゃなかったか? とにかく最初はカルフォンを目指してたでしょ。でも通行止めになってたの、覚えてない?」とこっそり教えてくれた。

「え? え……っと、あ、ああ!」

 そういえばそうだった。カルフォンで妙な病が流行っているか何かで、通行止めというか通行制限されていたのをアルスは思い出す。
 カースがこっそり教えてきたのも、ファインがそういう質問をしつつもそれ以上は何も言わなかったのも、カルフォン王国に対して明確な情報を得ているわけではないからだろう。噂に近い情報とはいえ、ここで安易に漏らすと一気に広まるであろうことはファインに脳筋呼ばわりされているアルスでもわかる。ここでも妙な病が流行っているということならばまだしも、そうでないなら確証を得た情報ではないものならなおさら、広めるべきではないだろう。

「じゃあ何で人手不足なのかな。何か手助け、いる?」

 アルスが理解したことに笑みを向けてから、カースがファインと店のオーナーの会話に入っていく。親切心だろうかとアルスは思ったしファインにそっと聞いてみたが「そんなわけねえだろ。商売っ気に決まってる」と微妙な顔だ。

 やっぱり何だろうな。カースのこと、よくわかってるっていうか、うん、急に仲よくなってない?

 とはいえ仲よくなるのはいいことでしかない。自分がどこかほんのりすっきりしないことにアルスは何だかすっきりしなかった。

「あなた方は人材紹介か何かを……?」
「いや、そういうのじゃないけど……わりと何でも屋みたいなとこはあるよ。ねえ」

 ねえ、とカースはファインに笑いかけた。

「俺に振るんじゃねえ。あと何でも屋じゃねえ」

 ファインがすげなく言うも、カースは楽しそうだ。そしてオーナーはファインの返答は気にしないのか少し深刻そうな表情になり「もしよろしければお食事を終えられてからでも、話を聞いていただければ」とカースに提案してきた。



「誘拐?」

 事務所のような部屋にその後通され、オーナーの話を聞いていたアルスは思わずぽかんと繰り返してしまった。

「はい」
「え、でも皆大人だよな」
「大人でも誘拐される時はされるんだよ、アルス。フォルアなんて特にされそうでしょ?」

 フォルアはまだ成人していないだろうが、言いたいことはわかるためアルスはコクリと頷いた。

「……確かに」
「まあ、フォルアは極端な例すぎんだろけど、誘拐っつーか多分話聞いてる限りだと、思うに人身売買してるようなやつらがさらってんじゃね」

 ため息をつきながら言うファインにカースは「物騒だよねえ」と笑顔で頷いている。

「で、オーナー。もしそれ、俺たちがどうにかしたら何かお礼ってあるのかな」
「そ、そりゃあ当然……」
「おい、カース! 勝手なこと言ってんじゃねえぞ」
「ええ? でもどのみち君たちってこういうこと、スルーできない性格っぽいけど。特にアルスとかさ」
「確かにそうかもだけどな、オレらがもしどうこうするにしても、あんたみたいに最初から報しゅ……」

 報酬、だろうか。何か言いかけているファインに覆いかぶさるようにカースがファインを引き寄せた。その光景にアルスは何となく落ち着かない気がする。

「当然、ね。いいよ、オーナー。俺らも綺麗なお姉さんがつらい目に遭うのはしのびないし、手伝わせて欲しいな」
「は、はい。むしろこちらがお願いしたいくらいです」

 にこにこしているカースに店のオーナーは腰低く頭を下げている。もしアルスとファインだけなら、もしくはフォルアがいたとしても絶対見ることなさそうな光景だ。例え手助けすることになったとしても、せいぜいオーナーと気さくに話すくらいだった気がする。

「カースって何かすごいな」

 後でファインに言えば「何が?」と目をむく勢いで聞きなおされた。

「え、だって余裕ある交渉とか? 何だろう、大人の世界を垣間見たような?」
「っち。確かに大人の世界だわ。アルスはそういう世界、見なくていいってのに……」
「え? 何か言ったか? 俺や世界がどうこう、って」
「あー。アルスは嫌じゃねえのかって言ったんだよ。うん」

 向こう側の何かが気になったのか、ファインが顔をそらしながら答えてくる。

「嫌って、何が」
「手助け」
「え、それはむしろしたいと思うけど」
「人身売買してるやからを探すとか捕まえんのはいい。だがな、何でオレらが店の手伝いまでしなきゃなんだよ……そう思わねーの」

 手助けをするということで、犯人捜しをする傍ら、人手不足である店の手伝いまでする羽目になったと聞いて、アルスはただ「へえ」と思っただけだった。だがファインは不満なようだ。
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