水晶の涙

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115話

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「そのほうがいいんじゃない? もしフォルアがかかっちゃったら俺も悲しいし」
「おいおい。オレらはかかっても悲しくねえってか?」

 ファインが微妙な顔をカースに向けている。

「大丈夫だ、ファイン。ちゃんと悲しいから。でもフォルアはまた別」

 相変わらず微妙な顔のファインに、カースはにこにこ答えてから続けてきた。

「そうだ。だったらさ、内海渡ってルナール王国のほうへ行ってみないか? あそこはリゾート地だし、楽しそうじゃない? きっと異国情緒溢れる綺麗なお姉さんや布地の少ない恰好したエッチなお姉さんもいるかもしれないぞ」

 綺麗なお姉さんやエッチなお姉さん……。

 思わず脳内で繰り返してからアルスはファインを窺った。以前出会った騎士、イヴァンのせいでいまだに「もしかしたらファインは」という疑惑が抜け切れていない。
 あれ以来ファインとは二人でいる時たまに挨拶代わりのキスをするようになった。それに関してはそういう性癖を紐づけてはいないものの、つい気になってしまう。
 ちなみにセルゲイの城を出てから少しして、ファインとキスした後ファインが「あっ」と何か思い出したかのような様子を見せてきたことがあった。だがどうかしたのか聞いても「いや、何もない」としか言ってくれなかった。

 それもあってやっぱり何か気になるのかなあ。

「あんたなー……。ったく。あーでもお前の欲望に付き合ってらんねーけど、リゾート地ってのがどんなのかは気になるな。ただ内海渡るって簡単に言うけど……まさかあんたもあっという間に船作るタイプなのか?」

 先ほどから微妙な顔から変わることのないファインの言葉に、アルスはそっと首を傾げる。

 今のじゃ何ともわからないな。

「ん? どうしたアルス」

 そんなアルスに気づいたファインがすぐに聞いてくる。アルスは苦笑した。
 綺麗なお姉さんとエッチなお姉さんへの反応でファインが男女どちらが好きなのか確認しようかなと思った、とは言いにくい。それに言ったとしても「お前何言ってんの」と呆れられそうでしかない。

「え? あ、ううん。何でもない。何でもないんだ。っていうかその、そうだね、俺もリゾート地は気になるなあ。どんな風なのか。でも内海渡るってのも気になる、確かに」
「何で気になる? 船くらい、簡単なものならすぐ作れるだろ?」
「いや作れねーよ?」

 怪訝そうに首を傾げたカースに、ファインがまた微妙な顔を向けている。
 カースにしてもフォルアにしても、感覚や能力がどうにも抜きん出ているよなとそしてアルスは苦笑した。船大工とかならまだしも、素人はいくら小さなものであっても簡単に船は作らないし作られない。それならとても小さな小屋を作るほうがまだマシかもしれない。ついでに言うとアルスは小屋も作られない。

 俺の場合は釘を打とうとして板ごと破壊しそうだからだけど。

 結局海辺まで来るとカースとフォルアでさらりと今回も船を作ってきた。それもカースが増えた分、前回よりもあっという間にだ。

「すごいな、ほんと」
「あいつらどういう生き方してきたんだろなって百回は思ったけどさらに百回思うわ」

 ファインは苦笑しつつも作った船を点検している。そしてフォルアが魔法を使って船を浮かせようとした。アルスは慌てて声をかける。

「フォルア、俺が運ぶよ」

 するとフォルアが首を傾げてくる。

「運ばせてよ。最近ますます俺の活躍できる場が少ない気がするし」

 戦闘でもあまりにカースとフォルアが強いおかげで、アルスががんばらなくても気づけば圧勝だったりする。そんなフォルアは普段何もできないとはいえアルスも大してできない。料理ならファインとカースがとにかく上手いし、力仕事以外でアルスに役立てることが少々行方不明気味だ。

「いや、何言ってんだよ。活躍って」

 ファインも怪訝そうに首を傾げてきた。

「だって俺、料理もあんまりだし戦闘では剣や格闘に弱い魔物とかならまだ助けにはなるかもだけど」
「……別に誰が活躍しようがしまいが関係ないだろ。役に立つから一緒にいるわけじゃねーんだ」

 当たり前のように言ってくるファインに、アルスはとても温かいものを感じる。

「だからファインって好きだよ」
「なっ、何だよ」
「でもほら、ファインもだろけど俺も男だし、活躍くらいたまにはしたいしさ。前は船自体わりと未知のものだったし結局フォルアが風魔法応用させて運んじゃったけど今回は俺に運ばせてよ」

 実際今回も魔法で運ぼうとしていたフォルアが今のアルスの言葉で上げていた手を無言で下ろした。

「でも結構重いんじゃないかなあ。アルス、華奢そうだけど大丈夫?」

 カースが心配そうに見てきた。逆にファインは特に何も言わない。
 アルスが危険だと思うことには過保護かなと思うくらい心配してくるファインだが、敵と戦う時にアルスが剣を当たり前のように振るうことと同じく、アルスが力仕事をすることに関してはよほどのことでない限り何も言わない。そういうところも好きだなとアルスは思っている。

 何だろな、俺を信頼してくれてるっていうか、わかってくれてるっていうか。

「ありがとう、大丈夫だよ」

 アルスはカースに笑みを返してから船を抱えた。持ち上げる時は取っ手などが特にないので少々やりにくかったが、肩に抱えてしまえばこっちのものだ。それに思っていたより軽い。
 そのままアルスは内海の波が当たるところまで船を運んだ。下ろした後にカースがその船を抱えようとして「え。ちょっとアルス?」と少々青ざめたような微妙な顔でアルスを見てきた。
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