水晶の涙

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100話

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 珍しく怒鳴ってしまったせいだろうか。あの後からアルスの様子が何となくおかしい。
 怒鳴ってしまったことはすぐに謝ったがその時は「ううん、ファインは怒鳴るほどじゃなかったし、言ってくれてよかったし、むしろありがたいよ」と言ってくれていた。それからもファインが話しかければ一応答えてくれるが、何となく警戒とまでは言わないがワンクッション置かれているような気がしてならない。ちらりとファインを見ている気配がしてアルスを見ると、さっと目線どころか顔をそらされる。話しかけると普通で、だがまたふと視線を感じそらされる、を繰り返している気がする。
 そういったことに内心ドキドキして傷つくものの、素通りできるほど人間できていないというか大人でない自覚しかないため、ファインは直接アルスに聞いた。

「さっきからどうしたんだよ」
「え?」

 フォルアにここを出ることを言えば了解という意味で頷いてきたため、セルゲイに「明日出発しようと思います」とファインはアルスと共に告げに行っていた。セルゲイはとても残念がっていたが、引き留めることはしてこなかった。世の中を見て欲しいと言っていたことがファインの頭を過る。
 その後二人で歩いている時に改めてアルスが変だと実感して直接聞くことにした。だがアルスは首を振ってくる。

「どうもしないけど」
「そんなわけあるか。俺がお前見るたびに顔そらしてくるだろ」
「そ、そんなことない」
「……アルス。お前はさ、嘘下手なんだから諦めて理由を言え」
「……また脳筋扱い」
「じゃねーから。ほら、理由」

 呆れたように見ると、今度はあからさまではないものの微妙に視線を合わせてこない。ファインはため息をついた。やはり多分自分のせいなのだろう。できれば嫌いにならないで欲しいと心の中で願う。

「ほんと悪かった」
「え?」
「オレ、言い過ぎたんだよな? お前優しいから怒鳴るほどじゃなかったとかありがたいとか言ってくれたけど、オレが言い過ぎたんだよな」
「ち、違う! ほんと違う。その、俺そらしてるつもりはなかったんだけど、もしかしたらその、気まずかったのかも」
「気まずい?」
「情けなくて。悪いところ、変われなくて」
「バッ」

 馬鹿だなと言いそうになり、ファインは慌てて口を閉じた。自分はもしかしなくても口が悪いのだろう。あまり身近でない相手にはむしろあまり本心を軽率に出さないようにしているからかさほどではないだろうが、アルスやフォルアに対してはよくないかもしれない。
 そういえばほぼ喋らないフォルアはさておき、アルスが人に対して馬鹿などと口にするのを聞いたことがない。言葉遣いも敬語が使えなくとも丁寧というか、柔らかい。

「何度でも言うけどアルスは情けなくないしそのままでいいんだ。それよりオレこそ変わらねえと駄目だろうな。口が悪いだろ」
「え? ファインは悪くないよ。何で?」
「悪いよ。馬鹿とか言うし、きつい言い方してるんだろし」
「きつくないよ。ファインこそそのままでいい」
「いや、そのままでいいのはお前だろ」
「ファインだって!」
「違」

 違うと言いかけたところでトントンと肩を叩かれた。振り向けばフォルアが立っている。全然気配に気づかなかった。

「い、いつからいたんだ?」
「……さっき。お互い不毛なやりとりしだした頃」
「ふ、不毛とか言うな!」

 つい言い返しながらも何となく顔が熱い。無表情で淡々とした、しかもフォルアに「不毛なやりとり」と言われるのは思いがけないほど胸を貫かれるというか心苦しいものがある。要は居たたまれない。

「不毛かあ」

 アルスも困ったように笑ったかと思うと、フォルアに「また改めて話聞いてよ」などと言っている。

「話、って何の」

 怪訝に思ってファインがアルスに聞けば「大した事じゃないんだ」と返された。今度こそ鋭い槍で心臓を貫かれたような気がした。居たたまれないとか心苦しいとかそんなレベルではない。割と重傷だ。

 今のって、オレに隠し事、とか、そんなんじゃない、よな? 違う、よな? もしくはオレやっぱ嫌われたとかじゃないよな? 頼む、違うって言ってくれ……でも聞けねえ……!

 いくらなるべく聞くようにしているファインでも「オレに隠し事かよ」とか「オレのこと嫌いになった……?」といったことは聞けない。そんなまるで恋人ぶったようなことなど、口にできるわけがない。
 口から魂をほんのり出していると「とにかくファイン。俺はお前の話し方好きだしそのままでいて。頼むから。あと変な態度取ってたらごめん。なるべく俺は強い、俺は頼りがいがあるって自分に言い聞かせるから」とアルスがファインの手をぎゅっと握りながら言ってきた。
 受けた重傷が一気に治り、今度は新たに熱病にやられてファインは崩れ落ちそうになった。アルスではないが、ぐっと足をしっかり地につけた自分は偉いし「好き、すげー好き、無理、好き」などとうっかり口にしなかった自分も偉いとファインは我を忘れないよう自分に言い聞かせた。
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