水晶の涙

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98話

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 翌日も早朝訓練へ向かうアルスにファインはついてきた。そしてまたイヴァンにやたら絡まれている気がする。
 ファインはイヴァンのことを「筋肉がうるさい」というおかしな表現をしてきたくらいで、全く何とも思っていないと知ってアルスは妙に気持ちが軽くなった気がしたし、過剰反応しすぎていたのだろうと気にするのをやめたはずだった。だがこうして目の当たりにすると、やはりまたどうにも気になる。

 何でだろ。俺、まさか恋愛に興味ないくせに……まさか……。

「アルス? どうかしたのか?」
「っえ? あ、えっと、ううん。何でもない」

 ファインに聞かれ、アルスはドキドキしながらも何とか笑みを見せて答えた。

 ……まさか、恋愛興味ないくせに俺、性差別主義とかそんななの?

 自分としてはそんなつもりない。確かに今のところ同性愛者という存在を見たことなかった気がするが、それでも誰を好きになるかは自由だと思っている。思っているはずだ。
 だというのにこうしてフォルアから聞いてイヴァンが同性愛者だと知り、そのイヴァンがファインによく絡んでいるように見えるとこんなにも気になるし落ち着かない。
 ファインにしても、絡んできてうざいとか言っていたわりに、ファインにやたら絡もうとするイヴァンにアルスが「俺と組もう」と言えば「いや、このままオレが組むわ」などと、まるで自ら歓迎しているかのように、嬉しそうなイヴァンに体を押されたり曲げられたりされている。
 とりあえず風呂ではなるべくファインのそばにいるようにしてファインに不審がられつつ、無事一旦部屋まで戻るとアルスは「疲れただろ。ファインは食事まで休んでて。俺ちょっとフォルアに用事あったから」とファインの返事もまたずにフォルアの部屋へ向かった。

「フォルアいる?」

 鍵がかかっていないらしいのをいいことに、アルスはそう言いながらずかずかと部屋の中へ入る。フォルアはすでに起きていたようで、楽器の手入れをしていた。アルスを見るも、別に驚いた風でも困惑している風でもない。いつもと変わらずぼんやりと見てくる。それに甘え、アルスはフォルアの目の前まで来ると都合も聞かずにその場にしゃがみ込み話し出した。

「聞いてよ。イヴァンにすごく絡まれてるのにファイン、嫌がるどころかむしろ歓迎してるみたいなんだけど」

 とりあえずそう言うも、フォルアはただ首を傾げてきた。

「ファインはイヴァンのこと、絡んできてうざいとか筋肉がうるさいとか言って興味ない風だったけど、もしかしたらファインもイヴァンに興味あるのかな」

 やはり首を傾げられる。

「というか、俺は何でそんなにあの二人のこと気にしてるんだと思う? もしかして俺、性差別主義者なのかな……」
「……違うと思うが」

 今度も首を傾げられるだけだと思いながら構わず言ったのだが、今回は首を少し振りながら答えてくれた。

「本当に違うと思う? でも、フォルアからイヴァンが同性愛者だって聞いてからやたら気になってるんだよ? 同性だろうが異性だろうが異種族だろうが誰が誰を好きになっても自由だと何となく思ってたつもりだったのに、こんなに気になるってことは偏見があるからなんじゃ……」
「違うと思う」
「そう思う?」
「……アルスはイヴァンが気持ち悪いのか?」
「まさか。気になるって言ってもそんな風には一度も思ってないよ」
「ファインが……イヴァンに興味があったら……気持ち悪い?」
「う、ううん。気持ち悪いとは思わない。でもなんか落ち着かない」

 少し考えて首を振り、アルスは正直に答えた。

「嫌悪してないなら、違う」
「……そっか。そう、だよな。よかった。俺、自分がすごい偏見に満ちたやつなのかと思った。でも……じゃあ何で落ち着かないんだろ。すごく気になるんだ」

 戦闘でのフォルアはとてつもなく頼りになるものの、日常のフォルアは申し訳ないながらに到底頼りになるとは思えないとアルスですら思っている。だというのにフォルアに「違う」と断言されると妙にホッとした。だがその後に怪訝に思う。偏見のせいではないなら、何故こんなに落ち着かないのか。
 フォルアはアルスをじっと見てくるが何も言わない。

「何? 何か思いつくようなこと、フォルア、ある?」
「……今の話、ファインに言ってみればいい」
「え、それはちょっと……しにくい、かな。だ、だってさ、まずそれにはイヴァンが同性愛者だとファインに言うわけだろ。でもそういう性的指向を俺が言うのって何か違う気がする」

 それにファインにもし言ったとして、ファインがそれに対しどう思うか全く想像つかない。アルスのことも「そういうこと、言うやつだっけか」ともし少しでも軽蔑したように見られたら、多分ジャック・フロストから氷系の攻撃を食らうより冷たいものが胸かみぞおち辺りに貫いていきそうな気がする。

「……ファインはアルスの太陽だろうから」
「太陽、ってフォルアがモナって人を言うみたいな? つっても俺には結局君がどういう意味で言ってんのかわかってないんだけどさ。でもうん、確かにファインは俺の大切な人だよ。大事な家族。……あ、そうか」

 口にして見えてくるものもあるのだろう。目から鱗とはこういうことを言うに違いないとアルスは笑みを浮かべた。フォルアがもの問いたげな様子でアルスを見てくる。

「わかった、何で落ち着かないのか」
「……」
「遠い国には他にも家族同然の人たちがいるけどさ、旅に出てからだとファインは俺の大切な唯一って言っていいくらいの存在だったんだ。唯一の家族。あ、もちろん今はフォルアもそうだよ? で、だか らきっと家族が取られちゃうんじゃないかって小さな子どもみたいな気持ちになったんじゃないかな。だからモヤモヤと落ち着かなかったんだ」

 ね、っとすっきりした気持ちでフォルアを見ると、フォルアは無表情のまま何故か小さく首を横に振りながらまた楽器の手入れを始めだした。
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