水晶の涙

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92話

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 村にいた頃もそういえば今のアルスくらいの年齢の子たちは、今から思えば異性に対してやたら意識したりしていた気がする。さすがにうろ覚えというか、アルスがあまりわかっていないせいで間違いないとは断言できないが、隣のエルマーやフーゴがよくそんな話をしていた気がする。
 だがファインの口から女性のことを何か話しているのをそういえばアルスは聞いたことがない。これまで気にしたことがなかったが、気づけば気になってくる。

 でも……それは俺が疎いって知ってるし、俺に言っても仕方ないしなって思ってるからかもだしなあ。

「って、そんなに考え込むような何かがあんのか?」
「え?」

 ハッとなりファインを見れば何故か少々青ざめたような顔をしている。

「ど、どうかしたのかファイン」
「は? それはオレが聞きたいけど」
「え? 何で」

 怪訝な気持ちになり、そういえばファインに何か聞かれていたのだろうかと思い返した。

「あ。えっと、ごめん。ちゃんと聞いてなかった。何だっけ、イヴァンをどう思ってるか、だっけ?」
「何だよ……聞いてなかったって、それならそれでいいんだけど」
「? イヴァンはいい人だよな。面倒見もいいし。あとすごく鍛えてる」
「……それで?」

 それで、と促されてアルスはファインをまた見た。何故かさらに青ざめたように見えるのは気のせいだろうか。

「それでって、それだけだけど……」
「そ、そうか。そうだよな!」

 今度は急に元気になってきた。まるで情緒不安定みたいな様子に、アルスはまたハッとなる。

 もしかして、イヴァンと出会ってそんな風になった、とか? どうしよう、俺、ファインに「ファインって男が好きなの?」とか聞いていいのかな。そんなこと、面と向かって聞いたらいくら身内みたいな関係でも失礼なのかな。だいたい気にするとこじゃないだろ俺。別にファインが男を好きだろうが女を好きだろうが、ワーグを好きだろうがオークを好きだろうが……いや、さすがにそこは気になるけど……じゃなくて、性的指向が何だろうがファインはファインだろ。俺が気にする必要ない。

 自分に言い聞かせるが、何故か妙にモヤモヤとする。もしかしたら下世話な好奇心が強いのだろうかとアルスは自分に少し引いた。せめてもう少しこういったことに疎くなければと思ってしまう。

「ああもう。俺、もっと恋愛とかも関心持っておくんだった」
「は? え? ちょ、アルス、いったいどうしたんだよ……な、何か、何かあったのかっ?」

 元気になったと思ったファインがまた何故か青ざめたような表情で、しかもアルスの肩を持ってがくがくと揺らしてきた。動揺しすぎではないだろうかとアルスでも思う。やはりファインは情緒不安定になっているのだろうか。もしくはいつもと変わらないファインに対し、アルスが意識しすぎてそう見えているだけなのだろうか。
 思わずフォルアに助けを求めようと、ある意味藁をもつかむ思いで視線を動かせば、いつの間にかフォルアはけっこう先にいた。それこそ二人のやり取りを全く気にすることもなく歩いていたのだろう。

「ファ、ファイン。フォルアがもうあんな先に……」

 まだ揺らされつつ言えば「それは別にどうでもいい。行先は広間っつか食堂だとわかってるしさすがにフォルアが迷うだろとか思わねえし。それよりもアルス、大丈夫なのか? 何かあったんじゃねえのか?」と心配そうにファインはアルスを見てきた。

「何もないよ。大丈夫。何で? 俺、何か心配させるようなことした?」
「だってアルスが恋愛に関心持っておくんだったとか言うから……」

 俺はどんだけそういうことに疎くて関心なさすぎだと思われてんのかな。

 とはいえ実際そうだったのでアルスに反論はない。そこまで心配するほどなのかと少々微妙な気持ちになるくらいだ。

「……えっと、じゃあファインはイヴァンのこと、ど、どう思ってんの?」
「オレ? 絡んできてうざいなとか筋肉具合がうるせえなとか」
「筋肉がうるさいって何」

 ファインの言葉にアルスは思わず噴き出した。あと何故かよくわからないが気持ちが妙に軽くなった気がする。ファインの言葉がいつもと変わらないファインだと思えたからだろうか。

「何かうるせえだろ、何か。とにかく、別に何かあったわけじゃねえんだな?」
「う、うん」

 イヴァンが同性愛者だとフォルアに聞いてちょっとびっくりしただけ。別にそれがどうこうってないけど、でも意識したことなくて過剰反応しちゃってたんだと思う。

 心の中でだけ付け足すとアルスはファインに笑いかけた。

「俺らも早く行こ。お腹すいた」
「……はは。まあいつものアルスか」

 ふと、お互い「いつものお前だ」と思って安心している気がしてアルスは口元が綻んだ。

「お腹すいたってだけでいつもの俺なの」
「そうだろ?」
「まあ、そうかもだけど」

 食堂ではセルゲイが先に席についていた。どうやらまだ何も食べていないようだ。

「セルゲイさん!」
「おはようございます、セルゲイさん。オレらちょっと訓練所に行ってて。先に食べててくださってよかったのに」
「おはようございます。いえ、ここへ着いてからほとんどご一緒できておりませんので私が待ちたくてね。訓練所はいかがでしたか」
「充実してたよ! 騎士の皆がさ、すごく鍛えられてていいなって思って。一緒に訓練参加させてもらって楽しかった」

 敬語じゃなくていいと言われたし、かなり慣れてきた気もする上に、むしろ少々久し振りに会った気がして変な懐かしさに、アルスは思わずとてつもなく気さくに返してしまった。さすがにまずかったかと慌てて手で口を押えるとセルゲイに笑われた。

「アルスくん、そういった話し方で構いませんよ。むしろ気さくに接していただいて私は嬉しく思いますし」
「で、でも失礼すぎるんじゃ……」
「大丈夫、他の貴族に対してはさておき、私たちは友だちではないですか。貴族や平民といった身分はこの際考えないでいただければ。それにアルスくんは何も失礼なことを口にしていませんよ」

 セルゲイがにっこりと微笑んできた。
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