水晶の涙

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81話

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 そもそも添付資料も他の依頼に比べて少々曖昧なところがある。薄い紫色でつるりとした形状とあるくらいだろうか。匂いや他の特徴は特にない。
 そんなきのこなら他にもムラサキシメジやムラサキフウセンタケ、ムラサキヤマドリタケ、ムラサキアブラシメジモドキ、ムラサキカスリタケなど意外にも多くある。ファインにすぐわかることはムラサキナギナタタケはつるりとした形状にまず当てはまらないから違うだろう、くらいなものだ。ちなみに大抵の紫系きのこは食用であってもあまり美味くないが、ムラサキヤマドリタケはしっかりと肉厚で見た目に反して味や風味がいい。煮込みに入れたりそれだけを焼いたりして食べられる。

 ……つるりというのがもしかしてぬめりを表してんなら、紫ってより緑っぽいけどモエギタケも当てはまりそうだよな。

 雨に打たれると変化するものの元々強いぬめりのあるきのこだ。見るからにテラテラと光っている。食べられるとも有毒とも聞く種類のため、ファインたちは見つけても手をつけたことがない。今回の依頼に関係はないが、もしかしたらつるりとした形状というのはモエギタケのようなぬめり気のあるものを指す可能性もある。

 つかそうだとしたら魅惑のきのこ、どんだけ下ネタっぽいんだよ……どんなきのこか知らねえけどアルスに悪影響与えるようなきのこじゃねえこと祈るしかねえな。

 微妙な気持ちで思っていると「ファイン、こっち来て」とアルスに呼ばれた。

「どうしたんだ」
「これ、それっぽくない?」
「んあ?」

 アルスが指差す先をファインが覗き込むと、少し桃色に近いものの薄い紫色をした、しかもやたらテラテラ光っているきのこが生えていた。見たことのない種類だ。あとはっきり言って卑猥に見える。今すぐアルスを連れて帰りたくなった。
 とはいえ引き受けた以上、仕事はきっちり終わらせたい。未完結で返却となると聞こえが悪いし仕事の記録は残るため、今後に影響しかねない。

「……アルス、お前は触んな」
「え、何で」
「その、あれだ。どんなきのこかわかんねぇからな。魔法の取り扱いに慣れてるオレのほうがこういうのはむいてるだろ?」
「よくわからないけど、ファインが言うならわかった」

 実際下手に触れるのは避けたい。触れただけで毒に侵されるきのこは今のところ聞いたこともないが、見たことがないきのこがこうして存在する以上、どんなことになるかわかったものではない。ファインは手袋をきっちりはめ直した上で袋を取り出して裏返し、そこに手を突っ込んでそのままきのこをつかみにかかった。栄養というか効能かもしれないが、とにかくどの部分が必要かも書かれていないため、根元からしっかり引き抜く。

「……何かエロいな」
「はい?」

 アルスの思いがけない一言のせいで、そんな配慮台無しに握りつぶしてしまうところだった。想像しただけで痛い、じゃなくてヒヤリとするところだった。一旦手を離して息を吐くと、ファインはアルスを振り返った。

「何て?」
「え? 何かエロいなって思って」

 これはアルスの皮をかぶった魔物だろうか、とファインは思わず口元を引きつらせた。

「お前、本当にアルス? 待てよ、まさかこのきのこ、幻覚や幻聴を見せたりとか……」
「何でそうなんの。だって色とかなんかぬめっとした感じとかがどうしてもな。それに触れようとしてるファイン見てたら前に俺が魔物にやられて凍えかかった時のこと思い出してちょっとエロいなって」

 今すぐ土に還ればいいのか耳も目も塞いで無になればいいのかアルスの言ったことでつい感じるアルスの変化を悲しめばいいのか喜べばいいのかのたうち回ればいいのか死ねばいいのか何もわからなくなった。

「ファイン?」
「……待って。オレにも理解度とか許容量とか色んなものに限界というものがあってだな……」
「悪い、ちょっとお前が何言ってんのかよくわかんないんだけど……俺、そんな変なこと言った?」
「だって! 以前のお前ならきのこ見てちんこなんかに結び付けなかった……!」

 泣きそうな気持ちで言い返せばアルスはぽかんとした後に思わずといった様子で笑ってきた。

「何言ってんだよファイン。大丈夫か? あ、でも本当にきのこの悪影響だったらどうしよ……大丈夫か?」

 そして途中から真顔になってきた。真顔になりたいのはこちらだとファインはそっと思う。

「大丈夫だ。何も影響受けてねぇ」
「ならいいけど……。さすがに俺にもついてるもののことにダメだし食らうとは思わなかったよ。一体ファインは俺のことどこまで無知だと思ってんの?」

 男でありながらちんこなんて存在から正反対の彼方にいる天使だと思ってるわ!

「……確かにオレやお前に生えてるもんだけど、別に普通にしてたらちんこのこと、エロいなんて表現しねぇだろ……多分……。ただの排泄器官なはずだろ……。あとオレのせいでしかないよな、あの時のことはあえて触れなかったけど本当に申し訳ありません……」

 土下座でもする勢いで言えばアルスはむしろ困惑したような顔をしてきた。

「何でそんなかしこまった勢いで謝ってくるかな。俺の命、助けてくれたんだぞ? 俺が何度でも礼言い尽くしても足りないとかならわかるけど、ファインが謝ること、何もないじゃないか」

 だって真剣にお前を助けようとしたのとは別に、欲情もしたもの……! おまけにお前寝てから何度か抜いたもの……!

 ファインは思わず顔を手で覆いたくなった。
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