水晶の涙

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44話

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 その後も延々と歩いても川ひとつない。ここは地獄かとそろそろファインは思いそうだった。だがそんなファインが我慢できたのは、もちろんアルスのおかげだ。
 夜も暑いという恐ろしい地域であり、テントを張っても中で休む気にもなれないファインに対し、アルスが「俺にくっついて眠るといい」などと提案してくれたからだ。

「でもそれじゃあお前が暑くて不愉快だろ。眠れないだろ」
「俺は大丈夫だよ。暑いことは暑いけど耐え難いほどじゃないし。俺の魔力はあまりないけどほら、幸い属性的には火は水より弱いだろ? だから俺の低い能力でもお前、涼しいと思えるだろうし」

 確かに弱い属性に対しては影響を受けやすい。アルスがあれほどシュロンやシュイナール王国付近で寒さにやられていたのもあの地域の属性が雷だったからだ。ちなみにファインたちの村、アイトールや親方の住むトーレンス王国といったあの辺りの加護属性は風だった。アルスの持つ水属性は風に影響は受けないしファインの持つ火はむしろ風に強い。だからこそ、今は無きアイトール村を出てボロボロになりながらも子どもという状況で何とか王国まではやって来れたのかもしれないとも思っている。
 ということでありがたく夜、眠る時はアルスにくっついて眠ることになった。これほど幸せな状況になるというのなら、地獄のような夏という気候でも何とか我慢できるというものだ。おまけに理由が理由なのでフォルアにも変な言い訳をせずに堂々とアルスにくっついていられる。もっとも、フォルアならファインがアルスにくっつこうが、絶対にできないけれども、やらしいことをしでかそうが変わらずぼんやりしてそうでしかないが。
 やらしいことに関してだが、ジャックフロストと戦った後のあの夜のことはなるべく思い出さないようにしている。でないといつ何時ファインのファインが「夏」の暑さのように猛威を振るうかわからない。なるべく一人で抜くネタにも使わないようにしている。というかそもそもフォルアが加わってから中々一人でできていない。暑すぎるからというのもあるが、下手にこっそり物音を立てると速攻でフォルアが無言のまま指先を魔力で光らせた片手を上げるといった反応を見せてくるのだ。怖さしかない。あり得なさしかない。下手をすれば一人で致している時に間違えて殺されかねない。そんな恥ずかしい死だけは絶対に避けなければならない。よって中々できずにいる。

 ……だからこそ、なおさら思い出さねえようにしねーと。

 アルスにくっついているという幸せいっぱいな状況で横になりながらもファインは必死になって(トールシャーフが一匹、トールシャーフが二匹──)と数えたりしていた。おかげであまり寝不足ではないし、結果オーライかもしれない。ちなみにアルスによって眠れないパターンに関してはファインの中では眠れずに体力をゴリゴリ削るといった状況に当てはまらないのだが、アルスにとってはファインが少しでも寝不足だと心配でならないようだ。多分これは親方であるルートに拾われる前にボロボロになったことを覚えているからだろうと思われる。
 ただ、アルスにくっつくとどうしても幸せなだけでなく不味い反応になりそうで、くっつきつつもあまりくっつかないようファインは涙を飲んでがんばった。

「にしてもいつになったらこの地域抜けるんだろな……広すぎじゃね?」

 今日も今日とて果てしなく広がる光景しか見えない。川などもないため、アルスが苦手ながらに何とか水魔法を使って飲み水は確保できているものの、水属性でなければここを歩くのはそれも夏に歩くのは無理なのではないだろうか。

「もしかしたらここを通る人は馬車とか、もしくは馬やラバとかを使うんじゃないかな……」

 脳筋のはずのアルスが珍しく冴えていることを言ってきた。というか気づかなかった自分が信じられないとファインはそっと思う。暑さは脳をも攻撃してくるのかもしれない。

「クソ、歩いてやり過ごすべきじゃなかったってことか」
「もしくは魔法で移動とか?」
「いや、それは相当魔力に自信があるやつじゃねーとちょっと緊張しそうだ」

 魔法を使って移動することもできるが、少しでもミスをすると体の一部がどこか別の異次元に持っていかれてしまう。少なくともファインには到底使えない技だ。

「……俺が……」
「いや! フォルアもやめておこうっ? 魔力は強いけどフォルアもちょっとやめておこう!」

 大事なことなのと必死なのもあってファインは二度繰り返した。確かにフォルアくらいの魔力の持ち主なら簡単に使えるのかもしれない。だがファインは前に思い切り飛ばされたことを全くこれっぽっちも忘れていない。ついうっかり体の一部がなくなった、なんてことを笑って済ませる精神は持ち合わせていない。

「……だったら北へ、行く」
「北? 何で?」

 アルスが怪訝な顔で聞くとフォルアも首を傾げてきた。以前なら「何で言い出しっぺのお前も一緒になって怪訝そうなんだよ」とでも突っ込んでいたかもしれないが、ファインも学習はする。フォルアらしい反応なので仕方がない、と。

「北に何かあるのか?」
「海」
「海か。涼しそうなイメージはあるけど、普通に肌が焼けるだけじゃね?」
「渡るとここと違って……町とか国」
「あーなるほどな。土地の加護のある場所ってことか。でもさ、フォルア。海を渡るのはちょっと厳しいと思うぞ。泳いでってことだろ。オレもアルスも泳ぎはできるけど……」
「ふね、作ればいい」
「何て?」
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