水晶の涙

Guidepost

文字の大きさ
上 下
42 / 168

42話

しおりを挟む
 何が起こったのかアルスの脳が把握するのに少しの間を必要とした。

「フォルア……君は一体……」

 信じられなかった。あれほどぼんやりとしていたフォルアが、歌を歌いながら優雅に流れるような、それでいて俊敏な動きであっという間にアルスが目視できていなかった魔物を二体倒したのだ。即座に理解できなくともおかしくないはずだ。その瞬間だけはフォルアの表情というか目付きも鋭くなっていた。だというのに今はもう、先ほどのようにぼんやりとした様子で「もっと弾く?」などと聞いてくる。繰り返すが、理解できなくともおかしくないはずだ。現にファインもまだポカンとしている。

「えっと、うぅん。また今度弾いて。今はいいかな。それよりもフォルア、今のは一体何」
「?」

 アルスが聞くもフォルアはぼんやりとした表情で首を傾げてきた。歌のことをとてつもなく聞きたいものの、他にもよくわからないことがありすぎて混乱している。

「君は剣士なの?」

 今度はふるふるとゆっくり頭を振ってきた。

「違うの?」
「……吟遊詩人」
「嘘つけ……! あんな強力な魔力と鋭い剣筋を持つ吟遊詩人なんて見たことも聞いたこともねぇわ……!」
「っちょ、びっくりした。急に我に返って叫ばないでよ、ファイン」

 突然我に返ったのか、いきなり叫んできたファインをアルスは微妙な顔で見た。フォルアに至っては驚き過ぎたのかポカンと口を開けた顔でファインを瞬きもせずに見ている。

「わ、悪い。にしてもマジでお前さあ、嘘つくにしてももう少し何かねえのか」

 申し訳なさそうにアルスに謝ってきた後でファインは微妙な顔でフォルアを見た。するとフォルアは無表情のまま背中の楽器を取り出し、無言のままファインの前に突き出している。

「いや、まあそりゃ楽器持ってるし歌も演奏もうめぇけど……ただの吟遊詩人は詠唱もなしに傷治したりあんな風に魔物倒したりできねえよ。いや、感謝はしてるぞ? してるけど、でも吟遊詩人はなさ過ぎる」

 ファインが言った後、フォルアは俯き出した。アルスもファインも慌てて「文句じゃないよ!」「べ、別にお前が何だっていいけどよ」などとフォローを入れた。だがじっとフォルアは俯いている。アルスは何となくフォルアの足元を見た。すると小さな虫が丁度フォルアの足元を通り抜けるところだった。

「虫かよ……!」

 どうやらファインもアルスと同じように足元を見たらしく、速攻で突っ込んでいる。

「どうしよう、独特の世界観でもあるのかな。それとも格闘の達人はこんな風に」
「ねぇわ。どんな達人だよ……。ああもう、話進まねえな。おい、フォルア」

 ファインが呼ぶと、ようやくフォルアは頭を上げてきた。

「お前は何で旅してるんだ? 何か目的とかあるのか?」
「……」

 やはりまた黙ったままか斜め上の答えが返ってくるのだろうかとアルスがつい固唾を呑んで見守っていると「歌で真実を伝えるためだ」と思いのほかはっきりと答えてきた。

「真実?」
「それに称賛と感謝を述べるためだ」
「?」

 言葉ははっきりしているのだが、意味が伝わってこない。アルスは怪訝な顔をファインへ向けた。だがファインも「オレにもわかる限界ってもんがある」と困惑している。

「だから弾き語りをしている。歌っている」
「ああ、それで吟遊詩人……」

 まだわかったわけではないものの、アルスとファインは同時に呟いていた。
 とりあえずアルスたちの出した結論は、わけがわからないがフォルアは悪い奴でない、だった。聞いて返ってくる答えがいまいちわからないのもはぐらかしているというよりは本当にフォルアは普通に答えているものの独特過ぎてか伝わってこないだけと思われる。

「あの、さ、フォルア」

 ファインがまた呼びかけるとフォルアは無言のままファインを見上げた。

「オレらはずっと旅を続けてるんだ。何でかとかはまあ、またおいおい話すけどとにかく、お前がもしよかったら一緒に旅するか? 一人だと大変だろ? 腕は申し分なさ過ぎるくらいだけど、なんつーかその、生活面というか、人間としてというかまあその」
「ファイン、がんばれ」
「アルス……その応援は別にいらないぞ……。まあとにかく! お前がいいなら一緒に旅しよう。ただ一人のが都合いいとかなら、ここか次に休めるところとかで別れよう」
「……行く」
「え? 行くってどっちに」
「フォルア、俺たちと行くってこと?」

 言葉数があまりに少ないのはそろそろ把握してきたのでアルスが聞き直すとコクリと頷いてきた。

「そうか! じゃあ改めてよろしくね、フォルア!」

 ファインと二人きりの旅も勝手知ったるといった感じで楽しいが、人が増えるのも絶対に楽しそうだ。相手が年の離れた大人だと気を遣ったりしそうだが、フォルアは成人しているとはいえ一つ年上の十六歳だしそもそも十六歳とは思えない。それに無口であまりに独特の性格をしていそうだとはいえ悪い人では絶対になさそうなのと何よりすば抜けた戦闘術を持っている。アルスは日々鍛えているのもあり、はっきり言ってわくわくした。教えてもらうにも口で説明するのは大いに苦手そうではあるが、見て覚えるという方法は嫌いではない。頭を使うよりは体を使って覚えるほうがアルスも性に合っている。

「……うん」

 ぼんやりとアルスやファインを見上げてきたフォルアだが、ここで初めてほんの少しではあるが小さく笑みを見せてくれた。ぼんやりしてはいるものの顔の造作はかなりいいため、余計にその小さな笑みは目立った。

「わあ、フォルアが笑ってくれた!」
「アルス……オレも確かにそれは思ったけど口にしなくていいからな?」

 ファインが苦笑しながらアルスを見てきた。
しおりを挟む

処理中です...