水晶の涙

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38話

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 南下していくと右手にはシーカという町、左手には大きな橋があるという道しるべを見かけた。

「どっちへ行く?」

 アルスが聞いてくる。
 シュイナール王国に滞在していた時、ファインは鍛冶屋とたまたま次にどこへ向かうかといった話をしたことがある。アルスがドワーフと武器について話している時だったか。その際にファインが「目的地があるわけじゃねえんだ。だから特に決めてない」と答えると、この辺りの地域について詳しい話をしてくれた。

「ではもし南下されるのであれば、とりあえず。シーカの町はそれなりに大きいですがその先は険しい山です。行き止まりと考えたほうがいい。で、反対側は大きな橋があります。その先もマティアロー地方には違いないですが。そこからまた道が大きく分かれます。確か右方向へ行けば大きな国があるかと。エベール王国です。そこを超えてさらに進めばヴァレアグート地方へ向かうことになるでしょう。わりと暖かくて穏やかな地域が多いと私は聞いたことがあります。反対側はしばらくこれといって王国や町はありません。村ならちらほらとあるようですが、かなり大きな土地だと思われるため、それより先は私も詳しくは知らなくて。あ、あとですね、その辺りは珍しいことに気候が定まっていないようです。おそらく村すら少なくて加護がないのかもしれませんね。ですので四季というものを味わうことができます」
「四季? って春夏秋冬のことか。別にどこでもあるだろ」
「はい。ですが町や村の加護によってどこでも気温は一定でしょう、通常は。それがないんですよ。春や秋は暖かかったり涼しかったりですが、夏は暑く冬は寒いんです」
「色んな気候を同じ場所で知れるってこと? 確かに珍しいな」
「その分、旅をする場所としては不向きかもですが。かなり広大なところですので暑いと思っていたら寒くなるかもですね」
「なるほど……」

 その話を思い出し、ファインは「橋の方へ行こう」と提案した。大きな町も気にはなるが行き止まりなら戻ることになるし、王国でしばらく滞在していたのもあってまだ町へは立ち寄らず旅を続けてもいいような気がしたからだ。アルスに鍛冶屋から聞いた話をし「橋を渡った後、エベール王国へ向かってもいいけどその先がヴァレアグート地方ならオレらの故郷へ戻ることになるよな。だとしたら不思議そうな方へ向かってもいいかなって思うんだけど」とさらに続けた。

「そうだな、そっちのほうが面白そうだし」

 アルスも同意してきた。
 橋はシュロンの村へ着く前にも一度渡っている。その時も中々に大きな橋だったし、特に目新しいものでもなかった。渡り終えると岩山に囲まれた森に差し掛かる。

「森は聞いてなかったな」
「多分小さな規模なんじゃないか。あえて言うほどでもないくらい」

 アルスの言葉にファインは「そうだろうな」と頷く。多分小さな森で、そして平和なのだろう。鳥の鳴き声などをのどかに聞きながら気づけば森を抜けていた、みたいな感じなのだろう。
 そう思っていた時もありました、とファインはその後息を乱しながらアルスと共に大きな木のうろに隠れつつ思っていた。アルスも息を少し乱している。うろは幸い二人を一度に隠してくれるくらい大きかったが、逆に言うと目につく可能性もある。やり過ごせればいいのだが最悪の場合見つかるかもしれない。とはいえ息が整う時間くらいは稼げそうだ。疲弊し焦った状態で無理に逃げたり応戦しても厳しいだろうとファインは心の中で舌打ちをした。
 しばらくは確かに森の中は平和だった。多分本来ならそのまま強い魔物や獣もいないのどかな森で終わっていたのだろう。だが二人の前に突然どこからか現れたマントを羽織った男が立ちふさがった。

「オマエとオマエ、ボルフォルド様のアンデッドを殺したバカ共だろう?」
「……は?」

 男は茶色い髪に緑色の目をしていた。青いターバンのようなもので頭を覆っており、結い上げた長い髪をその上から垂らしていた。そして口元には尖った牙が見える。おまけに耳が心なしかではあるが尖っているような気がする。ファインたちとそう年の変わらなさそうな人間みたいな見た目でも、所々の様子が人間とは違うと物語っていた。何よりファインを落ち着きなくさせたのが漂わせている魔力だった。
 ボルフォルドのことは一瞬「誰だ?」と思ったがすぐに思い出した。年寄りのネクロマンサーだ。そのボルフォルドの魔力ほどではないにしても、目の前の男の持つ魔力も相当のものだとファインはすぐにわかった。

「……アルス。こいつヤバイわ」
「そうか……」

 ファインが何を言いたいかアルスはすぐに察したらしい。だが共に逃げようとファインが片足をほんの少し後退させた瞬間、男の片手が鋭い勢いで空を切ってきた。察したファインは瞬時に避けたがそれでも魔法による何かに腕を酷く切られた。

「ファイン!」
「なんだよ、オマエら弱いな? アンデッドをことごとく倒したらしいし楽しみにしてたのに。つまらねえ。俺がやる価値もなくね? でも倒さねえと怒られんのは俺だよな?」
「知るかよ!」
「へ、へへ。威勢だけはいいってか? じゃあご褒美に俺の使い魔に相手させてやろう。使い魔だからってバカにしたらあっという間にジ、エンドだぞ? そんなの楽しくねえよな? な?」

 男は明らかに楽しんでいる。それを忌々しく思いつつも下手に逃げることもできず、ファインとアルスは気を張りつめさせて男を睨んだ。
 男が何やら聞いたこともない呪文を唱えると、わらわらと魔物がどこからともなく湧いてきた。しかもどいつもこいつも強い。一体倒すのがやっとといった感じだというのに数はとても多い。男が一旦消えたのを幸いに二人は魔物たちから一旦逃げおおせ、木のうろに隠れているというわけだった。
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