シロツメクサと兄弟

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40.幸せと疑問

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 関係を持ったあの日はほぼ一日中、二人でだらだら横になって過ごしていた。
 死んでしまうんじゃないかってほどつらそうにしていた律が心配で申し訳なくてそして愛おしくて、利央は甲斐甲斐しく食べ物や飲み物を運んできたりした。

「りお、俺を壊れモノか何かだと思ってる?」

 酷いことしたはずなのに、律はおかしそうに笑っていた。

「りお、俺ね、やっぱりりおのこと、凄く大切な弟だって思ってる」

 だがそんな風に言われた時は、目の前が一瞬真っ暗になりそうだった。それが表情に出たのだろうか。利央が黙っていたにも関わらず律は苦笑しながら「そんな顔するな」と利央の頬に手を添えてきた。

「違うよ、ちゃんとりおのこと、好きだよ。そうじゃなくて……何て言うかな、大好きだけれどもそれでも弟としても好きなんだ」
「うん……俺も、うん。……兄貴は兄貴だよ」

 ホッとして利央はニッコリ頷いた。とはいえ利央は兄として正直なところ今はもう見ていない。もちろん尊敬している大切な家族ではあるが、恋人としてしか見ていない。

 兄貴はそこまで俺のこと、好きじゃない……?

「りお。ちゃんと、好きだよ」

 律はそんな利央の考えを読んだかのように、もう一度言い聞かせるように言ってきた。

 じゃあ何でわざわざ「弟」だと……?

 律は自分で恋愛の経験もないし色々わからないから、と言っていた。だが今は妙に自分の方が色々わかっていない気がして、利央は少し情けなく思った。すると律がギュッと抱きしめてくる。そうして優しく撫でられるとどうしても新たにまた、性的に反応してしまう。

「兄貴、その、離して……」
「何で。りお、俺のこと好きなんだろ? 俺も好きだよ」

 それは「弟だけれども、そういう意味でもちゃんと好きだから裸ででも抱きしめられるよ」という意味なのだろうか?

 そうあえて言うことで、むりやり思い込もうとしているのだろうかと、つい勘繰ってしまう。

「りお、余計なこと考えなくていいよ」

 好きだと利央が打ち明けた当初、律はあんなに動揺していたのに、今では何となく逆みたいだ。

「……何か情けない」
「何言ってんだよ。さっき散々俺に情けない思いさせてきたくせに」
「させてない」
「したよ。だって俺、お兄ちゃんなのに弟に翻弄されちゃったんだよ。情けないよ。でも嬉しかったし、お前として、よかったと思う」

 お兄ちゃん……弟……。

 何となく一瞬、先ほど律が言っていたことがわかったような気がしたが、気のせいだった。やはり何故律があえて言ってきたのか、やはりわからなかった。

「……俺もその、嬉しかった。でも俺だって余裕なかったし」
「あれで?」
「なかったよ」
「そっか」
「そんで今も。そんなにくっつかれたら、俺自制できなくなるだろ」
「いいよ」
「何が」
「できなくても」

 抱きしめられながら言われ、利央は自分の顔が熱くなるのがわかった。

「兄貴、何言って……! そんなの。そんなのできるわけないだろ。あんなにつらそうだったのに」
「だったらもう俺としないの?」
「…………それは」
「じゃあ、慣れていきたい。ね?」

 そのまま二人はお昼ご飯を食べるのも忘れ、ずっと利央の部屋に籠っていた。



 利央にとって冬休みは最高の冬休みになった。ほとんど律と二人でゆっくり過ごしたように思う。たまに翔が邪魔して、いや邪魔しに来ているわけではないが、利央的に邪魔してきたのだが、海や亨は何も言ってこなかった。変に気を利かされている気がしてそれはそれで微妙な気分にはなった。
 あの日、律が何故急にそんな気にと思っていたのだが、海が焚きつけたらしいと後日律に聞いた。もちろん本人は「焚きつけてきた」とは当然言っていない。海や飲みに行った先でバーテンダーをしている人の話を聞いて、これではいけないと思ったからと言っていた。
 それを聞いた時、利央は少し生ぬるい顔になったが敢えて黙っていた。

 ……絶対あの二人には……もしかしたら翔にも、バレてんだろうな。

 そう思いつつも、別に律とそういう関係になれたことを隠すつもりは特にないので構わないのだが、海に踊らされている感じがして微妙になる。

 ……兄貴もいざとなると凄くしっかりしてて大人びてるのに、どうしてもそういうところはほんっと相変わらずだよな……。

 そういうところがまたかわいいのだがと思っていたら、その本人に「どうかした?」と聞かれた。なのでおもいきり抱きしめて「何でもない」と言っておいた。
 この抱きしめたりといった行為も利央は大好きではあるのだが、ある意味最近は困る。油断しているとすぐに自分が変な気分になってしまうからだ。大事にしたいとか言っておきながら、初めて律を抱いてからもう、どれくらい痛い思いをさせたかわからない。それが全然大事にしているように思えなくて申し訳なくなる。なのに欲しくて堪らなくなる。
 だからあまり抱きしめたりといった接触はしないようにしようと思うのだが、やはり好きだからついしてしまう。そして悪循環になる。
 ただ、最近は律も少し慣れてきたのか、そこまでつらそうではないのが幸いでは、ある。

「兄貴、ほんと、つらくない、か……?」

 一度行為の途中でそっと聞くと「つらく、ない。気持ち、いいよ……」と何とも表現し難い様子で言い返して来られて、ますます自制が利かなくなったこともある。
 本当に自分は恵まれているんだろうなと利央はつくづく思う。親はいないが、その分律がずっといてくれた。その律をそういう意味で好きになってしまったというのに、それを受け入れてくれるどころか律も「好き」だと言ってくれた。そして体すらも許してくれている。

 ……俺、何もあげられてない。

 そしてそこへ行きつく。やはりこれからは自分が律を幸せにできるよう、ますます精進しようとそして改めて心の中で誓う。
 とはいえ自分は本当に幸せだと利央はしみじみする。男同士というだけでなく兄弟での恋愛だけに、誰にも自慢どころかのろけるわけにもいかないのだが。
 隣の兄弟や海は知っているが、彼らにはむしろ言いたくない。
 冬休みが終わり、学校が始まってからのとある日、どこかに行っていたらしい相変わらずの翼が憤慨したように教室に戻ってきて利央に詰め寄ってきた。

「涼にせーやキスしてくんだけど、どう思う? 兄弟でならまだしも友だちでってどうよ」

 この双子の片割れは昔からさほど兄である涼と一緒にいなかったはずなのに、高校に入ってからどうにも妙である。
 周りにもブラコンとからかわれている。本人は大いに否定しているが、利央から見ても今は明らかにブラコンに見えている。最初は利央にも激しく否定していたのだが、何故だろうか、最近は徐々に妙な親近感でも持たれているのか、こんな風に言ってきたりもする。
 とはいえ。

「兄弟でなら、まだしも……?」

 利央は静かに繰り返す。もちろん引きはしない。こちとらキスどころか幸せなことに身も心もお互いのものだ。

 とはいえ、翼、どうした。もしかして……こいつ……?

 そんな風に思いながらも、さすがに微妙な話題だけに、利央はただ首を傾げるだけにしておいた。
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