シロツメクサと兄弟

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37.行動

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 わかっていたことだが、やはりというか律は酒にやられて帰ってきた。利央はジロリと海を見る。
 もちろん律の会社の同僚であり、律が親しい相手であり、こうしてわざわざ送ってきてくれる人であるので感謝すべきだとは利央もわかっている。
 にしてもいつもより酔っている気がするのは気のせいだろうか。

「……送ってくれてありがとう。いつもすんません」
「利央くん棒読み」

 律を抱えていた海は、利央に律を奪われた後言われた言葉に対し、楽しげに笑っている。

「何かいつもより酔ってねえ?」
「あー、んー、まあ、ほら、年末だし仕事納めだし休みだし」
「理由になってそうだけど全然それ理由になってないから」
「まぁまぁ。ああそうだ、今度皆で温泉でも行こうよ。きっと楽しいよ。じゃあ、またね。よい年を」

 海は言いたいことだけ言うとニッコリ笑い、亨が運転してきた車に乗り込んだ。亨は寒いからだろうが、外に出てくることすらしない。だが海ごしに覗きこんで口パクで「またな」と言ってきた。
 一応送ってくれたのだしと車が行くまでは見送った後、利央は律を抱え直す。

「兄貴、ほら。家の中入るぞ。大丈夫?」
「ん。ごめん、だいじょーぶ」

 先ほどまではヘラヘラと酔っ払っているようだった律は、今は妙に大人しい。具合でも悪くなってきたのだろうかと心配しつつ、利央は「歩ける?」と聞きながら律を支えた。

「ん」

 律はぎゅっと利央を抱きしめてきた後にゆっくりと歩きだした。抱きしめられたことに赤くなりつつ、利央はどうしても嬉しさが隠せず思わず空いている片方の手で口を押さえる。

「……? りお、気分悪いの?」
「え、いや、違うし。それは兄貴のほうだろ。ほら、早く水でも飲んで……もう風呂は明日入るか?」

 酔っているなら危ないしとドアを開けつつ利央が言うと「いや、今入る」と律は妙に神妙に言ってくる。

「でも危ないだろ」
「俺、酔ってないし」

 嘘つけと思いながらも、利央は黙って律を誘導した。酔っている人ほどそう言うよなと苦笑しつつ、洗面所まで一緒についていく。

「ほんと大丈夫?」
「うん。全然大丈夫」
「マジで? 何なら俺一緒に入ろうか?」

 赤い顔をしたまま頑なに大丈夫だと言い張る律に、冗談のつもりで笑いながら言うと少し固まられた。

 だよな、そりゃまだそこまではな……。

 そう思いつつも少しだけがっかりするが、利央も本気で言ったのではないので気にしないことにする。

「ほんと気をつけてな。あまり遅いと様子見に来るから」

 とりあえず手を離しても少しふらふらしつつ、本人が言うように思っていたよりしっかりしている様子だったので、利央はそのまま洗面所を出た。そして居間に使っている和室で水を用意して待つ。
 本当は浴室の前で待機していたいが、さすがにちょっと引かれるだろうと我慢している。
 ちゃんと律の布団はまたここに敷いてあるし、律が眠るのを見届けた後で自分の部屋へ戻ろうと利央は思っていた。

「……ていうかほんとここで寝てるの多いし、もうここでいいんじゃないの」

 付き合いで飲みに行くようになってしばらく経つが、相変わらず酒に弱いままの律を思って利央は独り言を言いながら笑う。
 律に迷惑かけたいと思わないので、酒をわざわざ飲みたいとは思わない。それでも正月に出向く神社でお屠蘇くらいは飲んだことある。あれもある意味飲酒ではあるが、がぶがぶと飲むものでもないし儀式の一種であるので周りの大人も気にしていない。律はあれすら一口飲んだだけで微妙な顔をしていた。本人曰く辛くて喉が焼けるようなのだそうだ。
 利央は特に何とも思ったことないので、多分成人して酒を飲むようになっても律のようにはならないだろうなとほんのり思っている。

「りお起きてた」

 声がしたので振り向くと、まだ赤い顔をしたままの律がのろのろと部屋に入ってくるところだった。

「兄貴が無事出てくるか気になって」
「大丈夫だったろ」

 律はニッコリと「いつも布団までありがと」と布団の上に座りながら笑っている。

「ん。水、飲みなよ」
「ありがとう」

 利央から受け取り、律は素直に飲む。飲み終えたグラスを利央はまた受け取り、とりあえず座卓に置いた。

「気分は悪くなさそうだな。そんじゃゆっくり休んで……」

 言いながら利央が立ち上がると「待って」と律が利央の手をつかんできた。

「? どうしたんだよ」

 怪訝に思って律を見おろすと、俯き気味でどこか困っている様子である。赤い顔色は酒のせいだとわかっているが、そんな風な様子を見せられると少し困った。だが大事で大好きな律がそれこそ困っている様子に無視はできない。

「何かあった?」

 内心の動揺を抑えて静かに聞くも「ん……あの……」と律の様子はやはりおかしい。

「兄貴ちょ……」

 ちょっと様子おかしいけれども具合悪いのか。
 そう聞こうとしたのだが途中で言葉は止まってしまった。握られた手はそのまま引かれ、引き寄せられるようにして律に抱きしめられる。
 完全に座っていた律と立ち上がりかけていた利央では元々身長すら利央の方が高いので余計差ができてしまい、抱きしめられると言っても律の顔が利央のみぞおちあたりにきた。

 これ、どうしろ、と……!

 利央が固まっているのと同じように律も固まっている気がする。本当にどうしたのだろうかとぎこちなく下を向くと、しばらく無言だった律が「……どうしたら、いいんだ」と呟いている。

 むしろ俺が言いたいよ。

 利央はそっと律の肩を持って自分から離し、その後に改めて自分も座った。

「どうしたんだよ兄貴……悩みごとなのか……?」
「いや、違」

 そっと首を振る律の顔は先ほどよりも赤くなっている気がした。酒が今頃ひどく回ってきたのだろうかと利央はそっと手を伸ばして律の頬に触れた。

「水、もっと飲む?」

 すると律が利央の手に顔を擦り寄らせてきた。

 さっきから俺の限界への挑戦か。

 利央が何とか無になろうとしながら思っていると「りお……」と律が囁いてきた。

「その、ごめんな。りお、高校生なのに……」

 何の話だ。

「俺、お兄ちゃんだから……その、でもお兄ちゃんだけどその、色々わかってないけど、その、でも多分大丈夫」

 だから、何の話だ。

 無になろうとしているせいか無言のままだが、利央の内心は欲望と疑問がせめぎ合っていた。

「ちゃんと、するから……」

 唖然としていると、律は言いながら利央を押し倒してきた。

「兄貴……? あの、ほんと、どうし……」
「しよう。ちゃんと、きっとする」

 いや、不安しかない、じゃなくて本当にどうしたんだ……!

 利央の内心は今や混乱しかなくなっていた。とりあえずまず自分が落ち着こうと深呼吸を一度すると、押し倒されていたにも関わらず簡単に律を抱きしめながら起き上がる。

「兄貴……あの、何があったか知らないけど……無理するな」

 それに兄貴が上?

 それは敢えて言わないが冗談じゃない。

「無理じゃないよ。俺、ちゃんとその、りおとできる」
「……じゃあさ、明日言ってみて」
「え?」
「兄貴だって今まだ酔ってる。酔ってないって話は聞かないからな? 明日、酒が抜けた状態で言って」
「でも」
「嬉しいよ。兄貴。でも酔った勢いでとかは、俺、したくない」

 利央が言うと律は俯く。そして「ごめん」と謝った上でぎゅっと利央の腕を持ってきた。

「うん、でも明日、ちゃんと言う、から、覚悟、してて」

 俯く律の耳はますます赤い。利央は微笑んだ。

「うん。楽しみにしてる。好きだよ、兄貴」

 利央は俯いた律の頭に見えているつむじにキスした。
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