シロツメクサと兄弟

Guidepost

文字の大きさ
上 下
35 / 44

36.気づく

しおりを挟む
 仕事納めの日、律はまた海と飲みに行っていた。
 飲みに行くと話した時に利央があからさまに嫌な顔をしたのがおかしくて律はまた思い出してそっと笑う。
 律も好きだと打ち明けてからも特に今のところさほど二人の間に変わった感じはない。キスされても変な抵抗が自分的になくなったようには思えて、それは何となくよかったかなと律はまた笑った。

「何、さっきから。いいことでもあった?」

 海が苦笑しながら律を見てきた。何度か連れて来てもらっているバーで、海は先ほどからバーテンダーと話をしていた。いつも相手をしてくれる元貴は、まだ早い時間なのに珍しく他にもいる客を相手にしている。

「え、あ、いや。ち、がうよ。気のせいだよ」

 律の耳が少し熱くなる。それに気づいた海がニッコリ笑ってきたのが嫌な感じだ。

「亨兄、来られなくて残念だったね」

 話を逸らすかのように何とか笑って律は海を見た。

「母親に捕まったら、ねえ。もう大掃除だとかは終わってるだろうけど、今頃は久しぶりに家族でご飯食べてるんじゃない」

 海はおかしそうに笑っている。
 今日は仕事が入っていない亨も来る予定だったのだが、母親に捕まり家の掃除を手伝わされる羽目になったらしい。翔は律たちと同じく今日は仕事納めだったろうし、父親もそうだと思われる。だからか、渋々母親の手伝いをするのだと律にも連絡が来ていた。

「いつもチャラそうなのにこういう時は親に優しいところ、俺好きだなあ」

 律が言うと海も、律とは違う意味だと知らなくても聞いただけでもわかる様子で「俺も好き」とサラリと頷く。

「……藤堂さんってなんて言うかほんと大人だなぁ」
「何が……?」

 いきなり本当に何を言ってるのだという顔を海はしている。それがおかしくてまた笑いながら「何となく」と答える。
 ふと向こうにいる元貴と客の声が聞こえてきた。

「じゃあそろそろ帰る」
「ええーもう帰っちゃうの? もうちょっといてもいいでしょ」
「そんな事は彼氏に言え。あと来てやっただけでも感謝しとけ」
「ほんっと偉そうだよね。相変わらず学校でも遊び倒してんだろ」
「失礼なこと言うな。俺は真面目に仕事をしてるぞ。たまにやってくるヤツらに関しては仕方ないだろ」
「仕方ないとか言いながらどうせ楽しんでるんだよね、全く。そんななら俺も相手してくれていいんだよ?」
「別れたヤツと楽しむ趣味はない」
「ノリ悪い」

 前に皆が言っていた元貴の元彼なのだろうか、とその会話を聞きながらそっと思っていると、客が帰ったようで元貴がこちらへやってきた。

「海さんお疲れー。律さんもお疲れ様」

 ニッコリ笑う元貴に、律も「お疲れ様です」と笑いかける。海も「お疲れ」と言った後、元貴に笑いかけた。

「どうしたの、元彼来るなんて珍しいよね」
「元々は別の用事でこの近く来てたみたいでさ。一杯だけって寄ってくれたんだよ」
「ドエスの元彼、いい人だね」
「でもつれないよ、体の相性はほんっとよかったんだけどねー」

 元貴が言うのを聞いて律は顔を赤くする。それに気づいた元貴がニッコリ律を見てきた。

「その反応。誰かいい人でもできたんですか?」
「え、と」

 律は赤くなって俯く。言ってもいいものなのだろうか。普通秘密にしておくような間柄ではないだろうか。

「元貴は肝心なことに口が堅いし、いい人だよ」

 そんな律に気づいたのか、海がボソリと呟いた後に「お替わり入れてよ」と元貴に言っている。

 確かにいい人だと律も思っている。ただ普通に考えなくとも、自分たちの関係は人に言うような関係ではない気がする。
 とはいえ、海も亨も、そしてもちろん翔も知っている。
 ゆっくりとだが飲んでいる酒のせいもあり、律もよくわからなくなってきて「いいの、かな」と首を傾げた。

「そろそろ少しだけ甘口欲しいとこでしょ」

 元貴はニッコリ海に言いながらチェリーが浮かぶ濃い琥珀色をしたカクテルを海に差し出す。何種類かのおそらく酒を容器に入れた後に軽くステアしてからカクテルグラスに注いでいた。

「それは何?」

 律が聞くと「チョコレートマンハッタンです」と元貴がニッコリ笑ってきた。甘くもあるが辛くもある、やはり度のきつい酒らしい。

「堂崎さんにしても亨兄にしても、ほんと色んなお酒知ってるね」
「まあ、それが仕事ですし、やっぱり好きなもので」

 優しい笑みを浮かべながら言う元貴を見ながら、律はやっぱりこの人も好きだなあと改めて思った。弟が好きなのだと言ってもきっと翔や海、亨のように、各々考えがあったにしてもとりあえず受け入れてくれるような気が、律もした。

 俺の周りには俺が好きな人が沢山いる。俺は本当に人に恵まれていると思う。

 そしてそういった人達に思う「好き」と利央に思う「好き」は、やはり違う。
 もちろんそれは弟だからというのもある。だが本当に弟というだけなら、夢の中とはいえ抱き合ったりしないし例え夢だからしたのだとしても目が覚めた後は微妙な気持ちにしかならないだろう。

「堂崎さん。俺ね、好きな人、多分できました」

 好きな人、と口にした時は少しだけふるりと震えた。だがそれは怖いからというよりは嬉しくて幸せだからなのだと律は思った。

「おめでとうございます。付き合ってるの?」

 元貴がニッコリ聞いてくる。

「……あの、うん。好きな人さ、その、あの、お、俺の弟、なんです……!」

 弟なのだと打ち明けるのは、やはり少し気合いがいった。普通は誰かに言っていいことではないはずだ。だが少し赤くなりながらも律は元貴を見ながら打ち明ける。元貴は一瞬ポカンとした。

「……両思い?」

 そしてポツリと聞いてくる。

「……うん!」

 ますます耳が熱くなるのを感じながら、律はニッコリ頷く。すると元貴も改めて「おめでとう、律さん」と優しい笑みを浮かべて律を見てきた。
 しばらく温かい雰囲気が流れた後に、海がニコニコ聞いてきた。

「で、もう結構な関係とか?」
「え」

 途端、律は笑顔が固まったようになる。

「え? あれ? もしかして清い関係ですか?」

 元貴も楽しげに聞いてきた。

「え、ええ? あの、え」
「まあ、とりあえず飲もう。うん、飲もう」

 真っ赤になっていると海がニッコリ酒を勧めてきた。
 その後しばらくして、とりあえず海と元貴にキスまではしていることが簡単にばれる。

「せっかく同じ家にいるのに、キスだけなんですねえ。環境羨ましいくらいなのに。もったいない!」
「そうなんれすか?」

 律は既に少し呂律が怪しくなっている。利央くんが怒る顔、目に浮かぶなと海が苦笑している。

「でもまあ、明日から休みだしな」

 海は律に水を飲ませつつさらに微笑んできた。

「にしても利央くんなんて青春まっさかりの高校生だし、よく本人、我慢してるなー」
「ああそうか、高校生なんですね。まあでもほら、兄弟ですし今さら高校生に手を出した云々なんて小さな次元ですし、ここはやっぱりお兄さんから、ねえ」

 海の言葉を聞いて元貴も煽る。元貴が言った「お兄さんから」という言葉に律はとりあえず反応した。

「そっか……俺が兄ちゃんれすもんね。そっか。そうれすよね。……うん」

 海も元貴も元々男に対してしか恋愛感情は湧かない。とはいえ世間ではまだまだ少ないため中々相思相愛という状況になるのは難しい。だから機会があれば気軽に付き合うし体の関係だってもつ。
 そんな感覚のせいもあるからか、兄弟という本来なら禁忌でしかない関係だろうがせっかく相思相愛なら深く愛し合えばいいという風に考えてしまうのかもしれない。
 そして経験どころか付き合ったことも、誰かを好きになったことすらない律は、酔っているのもあるが信頼している相手に言われるとそんな気しかしなくなる。

「利央くん、真面目だからなー。俺、また怒られるかな、嫌われるかな」

 海はそう呟きつつもおかしそうに笑いながら「きっと夕食も食べただろしな。亨に迎えに来てもらうか」と、電話を取り出した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

闇に咲く華

吉良龍美
BL
心を閉ざした律は、ひとりの男に出逢う。それは禁断の『恋』 母親に捨てられ、父親に引き取られた律。 だが、父親には律が生まれる前から別の家庭を持っていた。 孤独の中でただ生きてきた律はある男に出逢う。 熱い抱擁、熱い情欲の瞳。 出逢ってはいきない男に出逢った律は、そうとは知らずに惹かれていき……。 冷えきった心ごと、熱い身体で抱き締めて欲しい。

有能社長秘書のマンションでテレワークすることになった平社員の俺

高菜あやめ
BL
【マイペース美形社長秘書×平凡新人営業マン】会社の方針で社員全員リモートワークを義務付けられたが、中途入社二年目の営業・野宮は困っていた。なぜならアパートのインターネットは遅すぎて仕事にならないから。なんとか出社を許可して欲しいと上司に直談判したら、社長の呼び出しをくらってしまい、なりゆきで社長秘書・入江のマンションに居候することに。少し冷たそうでマイペースな入江と、ちょっとビビりな野宮はうまく同居できるだろうか? のんびりほのぼのテレワークしてるリーマンのラブコメディです

フローブルー

とぎクロム
BL
——好きだなんて、一生、言えないままだと思ってたから…。 高二の夏。ある出来事をきっかけに、フェロモン発達障害と診断された雨笠 紺(あまがさ こん)は、自分には一生、パートナーも、子供も望めないのだと絶望するも、その後も前向きであろうと、日々を重ね、無事大学を出て、就職を果たす。ところが、そんな新社会人になった紺の前に、高校の同級生、日浦 竜慈(ひうら りゅうじ)が現れ、紺に自分の息子、青磁(せいじ)を預け(押し付け)ていく。——これは、始まり。ひとりと、ひとりの人間が、ゆっくりと、激しく、家族になっていくための…。

【完結】遍く、歪んだ花たちに。

古都まとい
BL
職場の部下 和泉周(いずみしゅう)は、はっきり言って根暗でオタクっぽい。目にかかる長い前髪に、覇気のない視線を隠す黒縁眼鏡。仕事ぶりは可もなく不可もなく。そう、凡人の中の凡人である。 和泉の直属の上司である村谷(むらや)はある日、ひょんなことから繁華街のホストクラブへと連れて行かれてしまう。そこで出会ったNo.1ホスト天音(あまね)には、どこか和泉の面影があって――。 「先輩、僕のこと何も知っちゃいないくせに」 No.1ホスト部下×堅物上司の現代BL。

初体験

nano ひにゃ
BL
23才性体験ゼロの好一朗が、友人のすすめで年上で優しい男と付き合い始める。

目が覚めたら、カノジョの兄に迫られていた件

水野七緒
BL
ワケあってクラスメイトの女子と交際中の青野 行春(あおの ゆきはる)。そんな彼が、ある日あわや貞操の危機に。彼を襲ったのは星井夏樹(ほしい なつき)──まさかの、交際中のカノジョの「お兄さん」。だが、どうも様子がおかしくて── ※「目が覚めたら、妹の彼氏とつきあうことになっていた件」の続編(サイドストーリー)です。 ※前作を読まなくてもわかるように執筆するつもりですが、前作も読んでいただけると有り難いです。 ※エンドは1種類の予定ですが、2種類になるかもしれません。

学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語

紅林
BL
『桜田門学院高等学校』 日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である

光る穴に落ちたら、そこは異世界でした。

みぃ
BL
自宅マンションへ帰る途中の道に淡い光を見つけ、なに? と確かめるために近づいてみると気付けば落ちていて、ぽん、と異世界に放り出された大学生が、年下の騎士に拾われる話。 生活脳力のある主人公が、生活能力のない年下騎士の抜けてるとこや、美しく格好いいのにかわいいってなんだ!? とギャップにもだえながら、ゆるく仲良く暮らしていきます。 何もかも、ふわふわゆるゆる。ですが、描写はなくても主人公は受け、騎士は攻めです。

処理中です...