シロツメクサと兄弟

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36.気づく

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 仕事納めの日、律はまた海と飲みに行っていた。
 飲みに行くと話した時に利央があからさまに嫌な顔をしたのがおかしくて律はまた思い出してそっと笑う。
 律も好きだと打ち明けてからも特に今のところさほど二人の間に変わった感じはない。キスされても変な抵抗が自分的になくなったようには思えて、それは何となくよかったかなと律はまた笑った。

「何、さっきから。いいことでもあった?」

 海が苦笑しながら律を見てきた。何度か連れて来てもらっているバーで、海は先ほどからバーテンダーと話をしていた。いつも相手をしてくれる元貴は、まだ早い時間なのに珍しく他にもいる客を相手にしている。

「え、あ、いや。ち、がうよ。気のせいだよ」

 律の耳が少し熱くなる。それに気づいた海がニッコリ笑ってきたのが嫌な感じだ。

「亨兄、来られなくて残念だったね」

 話を逸らすかのように何とか笑って律は海を見た。

「母親に捕まったら、ねえ。もう大掃除だとかは終わってるだろうけど、今頃は久しぶりに家族でご飯食べてるんじゃない」

 海はおかしそうに笑っている。
 今日は仕事が入っていない亨も来る予定だったのだが、母親に捕まり家の掃除を手伝わされる羽目になったらしい。翔は律たちと同じく今日は仕事納めだったろうし、父親もそうだと思われる。だからか、渋々母親の手伝いをするのだと律にも連絡が来ていた。

「いつもチャラそうなのにこういう時は親に優しいところ、俺好きだなあ」

 律が言うと海も、律とは違う意味だと知らなくても聞いただけでもわかる様子で「俺も好き」とサラリと頷く。

「……藤堂さんってなんて言うかほんと大人だなぁ」
「何が……?」

 いきなり本当に何を言ってるのだという顔を海はしている。それがおかしくてまた笑いながら「何となく」と答える。
 ふと向こうにいる元貴と客の声が聞こえてきた。

「じゃあそろそろ帰る」
「ええーもう帰っちゃうの? もうちょっといてもいいでしょ」
「そんな事は彼氏に言え。あと来てやっただけでも感謝しとけ」
「ほんっと偉そうだよね。相変わらず学校でも遊び倒してんだろ」
「失礼なこと言うな。俺は真面目に仕事をしてるぞ。たまにやってくるヤツらに関しては仕方ないだろ」
「仕方ないとか言いながらどうせ楽しんでるんだよね、全く。そんななら俺も相手してくれていいんだよ?」
「別れたヤツと楽しむ趣味はない」
「ノリ悪い」

 前に皆が言っていた元貴の元彼なのだろうか、とその会話を聞きながらそっと思っていると、客が帰ったようで元貴がこちらへやってきた。

「海さんお疲れー。律さんもお疲れ様」

 ニッコリ笑う元貴に、律も「お疲れ様です」と笑いかける。海も「お疲れ」と言った後、元貴に笑いかけた。

「どうしたの、元彼来るなんて珍しいよね」
「元々は別の用事でこの近く来てたみたいでさ。一杯だけって寄ってくれたんだよ」
「ドエスの元彼、いい人だね」
「でもつれないよ、体の相性はほんっとよかったんだけどねー」

 元貴が言うのを聞いて律は顔を赤くする。それに気づいた元貴がニッコリ律を見てきた。

「その反応。誰かいい人でもできたんですか?」
「え、と」

 律は赤くなって俯く。言ってもいいものなのだろうか。普通秘密にしておくような間柄ではないだろうか。

「元貴は肝心なことに口が堅いし、いい人だよ」

 そんな律に気づいたのか、海がボソリと呟いた後に「お替わり入れてよ」と元貴に言っている。

 確かにいい人だと律も思っている。ただ普通に考えなくとも、自分たちの関係は人に言うような関係ではない気がする。
 とはいえ、海も亨も、そしてもちろん翔も知っている。
 ゆっくりとだが飲んでいる酒のせいもあり、律もよくわからなくなってきて「いいの、かな」と首を傾げた。

「そろそろ少しだけ甘口欲しいとこでしょ」

 元貴はニッコリ海に言いながらチェリーが浮かぶ濃い琥珀色をしたカクテルを海に差し出す。何種類かのおそらく酒を容器に入れた後に軽くステアしてからカクテルグラスに注いでいた。

「それは何?」

 律が聞くと「チョコレートマンハッタンです」と元貴がニッコリ笑ってきた。甘くもあるが辛くもある、やはり度のきつい酒らしい。

「堂崎さんにしても亨兄にしても、ほんと色んなお酒知ってるね」
「まあ、それが仕事ですし、やっぱり好きなもので」

 優しい笑みを浮かべながら言う元貴を見ながら、律はやっぱりこの人も好きだなあと改めて思った。弟が好きなのだと言ってもきっと翔や海、亨のように、各々考えがあったにしてもとりあえず受け入れてくれるような気が、律もした。

 俺の周りには俺が好きな人が沢山いる。俺は本当に人に恵まれていると思う。

 そしてそういった人達に思う「好き」と利央に思う「好き」は、やはり違う。
 もちろんそれは弟だからというのもある。だが本当に弟というだけなら、夢の中とはいえ抱き合ったりしないし例え夢だからしたのだとしても目が覚めた後は微妙な気持ちにしかならないだろう。

「堂崎さん。俺ね、好きな人、多分できました」

 好きな人、と口にした時は少しだけふるりと震えた。だがそれは怖いからというよりは嬉しくて幸せだからなのだと律は思った。

「おめでとうございます。付き合ってるの?」

 元貴がニッコリ聞いてくる。

「……あの、うん。好きな人さ、その、あの、お、俺の弟、なんです……!」

 弟なのだと打ち明けるのは、やはり少し気合いがいった。普通は誰かに言っていいことではないはずだ。だが少し赤くなりながらも律は元貴を見ながら打ち明ける。元貴は一瞬ポカンとした。

「……両思い?」

 そしてポツリと聞いてくる。

「……うん!」

 ますます耳が熱くなるのを感じながら、律はニッコリ頷く。すると元貴も改めて「おめでとう、律さん」と優しい笑みを浮かべて律を見てきた。
 しばらく温かい雰囲気が流れた後に、海がニコニコ聞いてきた。

「で、もう結構な関係とか?」
「え」

 途端、律は笑顔が固まったようになる。

「え? あれ? もしかして清い関係ですか?」

 元貴も楽しげに聞いてきた。

「え、ええ? あの、え」
「まあ、とりあえず飲もう。うん、飲もう」

 真っ赤になっていると海がニッコリ酒を勧めてきた。
 その後しばらくして、とりあえず海と元貴にキスまではしていることが簡単にばれる。

「せっかく同じ家にいるのに、キスだけなんですねえ。環境羨ましいくらいなのに。もったいない!」
「そうなんれすか?」

 律は既に少し呂律が怪しくなっている。利央くんが怒る顔、目に浮かぶなと海が苦笑している。

「でもまあ、明日から休みだしな」

 海は律に水を飲ませつつさらに微笑んできた。

「にしても利央くんなんて青春まっさかりの高校生だし、よく本人、我慢してるなー」
「ああそうか、高校生なんですね。まあでもほら、兄弟ですし今さら高校生に手を出した云々なんて小さな次元ですし、ここはやっぱりお兄さんから、ねえ」

 海の言葉を聞いて元貴も煽る。元貴が言った「お兄さんから」という言葉に律はとりあえず反応した。

「そっか……俺が兄ちゃんれすもんね。そっか。そうれすよね。……うん」

 海も元貴も元々男に対してしか恋愛感情は湧かない。とはいえ世間ではまだまだ少ないため中々相思相愛という状況になるのは難しい。だから機会があれば気軽に付き合うし体の関係だってもつ。
 そんな感覚のせいもあるからか、兄弟という本来なら禁忌でしかない関係だろうがせっかく相思相愛なら深く愛し合えばいいという風に考えてしまうのかもしれない。
 そして経験どころか付き合ったことも、誰かを好きになったことすらない律は、酔っているのもあるが信頼している相手に言われるとそんな気しかしなくなる。

「利央くん、真面目だからなー。俺、また怒られるかな、嫌われるかな」

 海はそう呟きつつもおかしそうに笑いながら「きっと夕食も食べただろしな。亨に迎えに来てもらうか」と、電話を取り出した。
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