シロツメクサと兄弟

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31.説得とキス

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 利央の「好き」の意味をどうやら把握したらしい律はどうしていいかわからないといった風だった。
困らせたい訳ではないと、利央は切なく思う気持ちを隠しつつも「兄貴はいつも通りでいいから」と伝えた。

「そ、うなの?」
「うん。無理強いさせたいんじゃないから。兄貴は、いつも通りでいいよ」
「……俺『は』?」

 ニッコリ言う利央に律が怪訝そうに見てくる。

 本当に、困らせたい訳ではないんだけれども……。

「ああ、だって俺は兄貴にキスしたり抱きついたりするし」
「え」
「だって俺は兄貴が好きなんだから、そうやって日々気持ちを伝えたいし。兄貴はでも無理に対応しなくていいし、嫌なら嫌って言ってくれていいよ」
「え、じゃあ、嫌、だ」
「何が?」
「え」
「兄貴は何が嫌なの? ……俺?」
「違……! 俺はだって、りお大好きだし! あ、いやその、そういうんじゃなくてその、弟、弟としてその……」

 しどろもどろになる律に利央が吹き出す。

「何で笑うの」
「だって。兄貴がかわいいから、かな?」

 弟として利央を大切に、大事に思ってくれているのは利央も昔から凄くわかっている。

「俺のが兄ちゃんだよ……」
「わかってるよ。で、何が嫌なの?」
「そ、その、キ、キ、キス、と、か」
「何で?」

 困った顔をしながら何とか言えた律に、利央はサラリと聞き返す。

「何でって……だってその、兄弟ではキ、キスは……しない、だろ……」
「それだけ?」
「それだけって……! け、結構な理由だと思うけど……」

 男同士で、とは思わないんだ?

 普通はここも外せないと思うのだけれどもとそっと笑いを堪えた。亨達の影響なのだろうかと利央は思いつつ、もしそうなら変なところで役に立ってくれた海と亨に少しだけ感謝する。

「世間でどうこう、何て俺は知らない。兄貴がどう思うかが気になるんだ。兄貴が本当に俺が嫌なら、しないよ……」

 本当の気持ちとはいえ、こう言えば律が困るのを利央はわかっている。困らせたいわけではないと殊勝なことを思いながらも、現にこうしてわかっていて言っている。

「……りお……俺はだって……、りおは大好きで……、でも兄弟、だから……」

 俺って性格、悪かったんだな。

 そっと自嘲気味に笑いながら、利央は律の髪に触れた。

「無理やりしたいんじゃないのは本当だよ。でもキス自体それほど嫌じゃないなら、許してくれたら嬉しいな」

 優しく言うと律はますます困ったように少し俯いている。

 ……ごめんね、兄貴。俺が兄貴のそういった部分につけこんでるの、自覚してる。それでもやっぱり、本当に嫌がってくれたら……いっそ止められたかもだよ?

 卑怯かもしれないだろうけれども。

「考えてもみてよ。外国だったら別にキスくらい、気軽にしてると思うんだけど」
「俺、日本人だし……」
「大丈夫、俺これでもところ構わずキスするような亨兄たちとは違うよ。ただ家だけ、家でだけは、許してくれたら嬉しい」

 ジッと律を見つめると、やはり困ったような顔をしている。だが暫く考えた後で「……それくらいなら」と呟いてきた。

「ほんと? ……ありがとう、兄貴」

 利央は嬉しさを全面に出して笑うと、律を抱きしめた。そして唇にキスをしてからもう一度「ありがとう」と囁いた。
 実際受け入れてもらったのではない。それでも真面目な律が、兄弟だというのにキスを許してくれたというだけでも利央にとって大きかった。



「あ、そうだ。ごめん言うの忘れてた。今日、会社の忘年会なんだ。少し遅くなると思う」

 クリスマスも差し迫ったある日の朝、律は家を出際に言ってきた。
 キスを許してくれて以来、一見律は普通に接してくれている。それでもどうしていいのかわからなさ過ぎてだろう、一度休日に珍しく朝から隣の家に行っていた。多分翔に相談したのではないだろうかと利央は思っている。
 律が誰かに相談することに関して、利央は何とも思わない。むしろそれで周りにも知られるならそれはそれで、とも思っている。自分からバラす気はないが、それはあくまで律を思ってなので、律がいいなら好きにバラしてくれて全く問題ない。
 その後も暫くたまに挙動不審になってはいたが、最近は少し慣れてきたのか、それとも利央が実際キス以外何もしないしそれ以上付き合って欲しいとも言わないからか、いつもの律になりつつある。

「クリスマスも来てないのにもう年を忘れるんだ?」
「あはは、まあそんなもんだよ」

 じゃあ行ってくるね、と律が言いかけている唇を利央は塞ぐ。

「……いってらっしゃい」

 ニッコリと笑うと「うん……」と呟きながら律は出ていった。
 いつもの律になりつつはあるが、それでもキスをした時は反応に困っている風なのは否めない。さすがにそれには慣れないか、と利央は掃除をかけようと部屋へ戻る。
 律はまだ仕事だが、利央はもう冬休みに入っていた。その後昼食をとりながら、食材を見に買い物へゆっくり出かけるかと思っていると電話がかかってきた。

「翔、何」

 スマートフォンの表示に「翔」と出ていたのでどうでもいい気持ちを隠さずに出ると『もっと愛込めて出ろ』と聞こえてきた。

「……そんなくだらないこと言うだけだったら切るよ」
『俺がそんな奴だと思ってんのか』
「……現にそんなヤツだろ」
『りお、テメェほんっともう。兄は悲しいぞ』
「……切るよ」
『待て! 待て待て。ったく。ちょっとは乗れよな。いやほら、今日って律、忘年会だろ?』
「何で知ってんだよ」
『今メール送ったら返ってきた』
「……で、何」
『夜さ、俺今日残業しねぇしさ、メシ一緒に食おうぜ。俺ん家来い』

 利央は隠すことなくため息ついた。

『何だよそのため息は』
「めんどくさい」
『お前、ほんっと律絡んでねぇとアレだな! つか律についても聞きたいから、来い。いいな? 七時頃来いよ。飯は家族で食うけど後で俺の部屋で飲……おっとお前未成年か。あれだ、菓子食おう』
「……バカにしてんのか?」
『違ぇ! とりあえず来いよ。じゃあな』

 言いたいことを言うと、翔は利央の返事を待たず電話を切ってしまった。

「……ったく」

 律のこと、と言っていた。

「説教でもされんのかな」

 そう思いつつ、どうせ律もいないからいいか、と利央は伸びをした。
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