シロツメクサと兄弟

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29.あらためて

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 今、りおは何した?

 律はポカンと立ちつくしていた。

 今……。

 だがハッとなって家にあがるとそのまま意識的に台所を素通りして洗面所へ向かう。

 とりあえず風呂に入って落ち着こう、俺。きっと暖かいお湯に浸かっていると考えがまとまる、かもしれない。

 服を脱いだところで、自分が息をずっと詰めていたことに気づいた。律は思いきり息をはく。かなり動揺しているらしい自分に「とりあえず風呂だ」と頭の中で言い聞かせた。
 実際湯船に浸かると体の強張りとともに気持ちもそれなりにほぐれるのがわかった。今度は小さく息をはき、気持ちいい湯を堪能する。
 そしてまた思い出す。

 キスされた。弟に。

 だが最近鼻にされたりこめかみにされたりしていたし、その後の利央はいつだって昔からの利央だった。だったらこれも同じようなものなのかもしれない。前に律が酔っていた時、利央は「兄弟ってキスするものか」と聞いていたような気もする。はっきり覚えていなかったが、今脳内に過った。

 その時俺、酔っていたのもあるし「どこの国の話?」って流していたけれども……国どころかここでの話だったのか……?

 確かその時利央は「挨拶的な」みたいなこと言っていた気がする。おかえりの挨拶ということだろうか。

 ……兄弟で?

 こういう場合自分はどう反応するべきなのだろうかと律は湯船に顔を沈めた。

 兄として。俺は……どうしたらいい?
 兄弟では挨拶でもキスなんてしないだろ、と笑って諭す? それとも困ったように言う?

 利央がわからない。だが顔を沈めたまま律は思った。弟はいつだってまっすぐでそしていつだって自分を「好きだ」と言ってきた。

 ……。
 …………熱い。

 律は堪らず顔を水面から出した。

「……ほんと締まらないな、俺」

 まともに悩むこともできないのかと苦笑する。

「……はぁ」

 兄として、本当にどうしたらいいのだろうか。弟は本当にどういうつもりでキスをしているのだろうか。
 自分とは違う意味で好きだと言う利央を思い、律はぼんやりとお湯に浸かっている掌を湯の中で垂直に立てた。

「はは、ちっちゃいな」

 目の錯覚で小さな子のような手に見えた。

「兄ちゃん、好き」

 ふと小さな頃の利央が過った。目に入れても痛くないと思えるほどかわいくて堪らなかった利央を思い出す。

 ……俺も、好きだ。

 兄として。弟の利央が大好きだ。

 そうじゃないのか? りおは、そうじゃないのか? 俺の事を……兄として…………。

「俺、兄貴好きだよ」

 りお。

「兄貴とは違う意味で」

 律はもう一度湯船に沈んだ。

 ……りお、兄ちゃんどうしたらいいのかな……?

「お風呂、長かったな」

 のぼせる勢いで風呂に入ったせいで律がぼんやりと和室に入ると、利央が笑いながら料理を運んできた。

「あ、あ、うん。寒かったから……外」

 律が何とか笑いながら言うと「顔、赤くなってる。浸かり過ぎ」と利央が律の頬に触れてきた。利央の指が律の頬を掠る。思わずビクリと体が揺れた。湯に浸かり過ぎたせいだと思うが、律の心臓がドキドキしている。

「……あ、悪い。くすぐったかった?」
「い、いや、大丈夫」

 そんな律の反応に気を悪くした様子もなく、利央は何でもなかったかのように残りの皿も運んできた。

「今日は牛肉の小間切れが安かったんだ。モヤシでちょっと量ごまかしたけど」

 いつもと変わらない様子で苦笑しつつ、利央は畳の上に座った。

「兄貴?」
「ああ、うん。美味しそう。いつもありがとう、りお」

 律も気を取り直してニッコリ座った。

 そうだよ、こうしてりおはいつもと変わらない。かわいい弟の、りおじゃないか。

 そう考えると一気に気分が楽になってきた。

「美味しいな。りお、だんだん料理上手くなるよね」

 実際小間切れだからかもしれないが肉も変に硬くなく、モヤシとの相性もばっちりで焼き肉風に味付けされた炒め物は美味しかった。利央はそんな律をジッと見た後で何やら考えるような表情をしている。

「りお?」
「……ん? うん、美味しいならよかったよ」

 律が呼びかけるとだがニッコリ律を見てきた。そして今度は何かに気づいたような表情をする。

「どうかした?」
「ああ。兄貴、ちょっとこっち」
「何?」
「いいから、ちょっとこっち」
「仕方ないなあ」

 利央に呼ばれ、律はニコニコ座卓の隣に座っている利央に体を少し寄せた。
 悩んでもすぐに忘れることはいいことだと自分でも思っていたが、もう少し持続すべきだとそして思い知る。

「ご飯粒、ついてる」

 そう囁いてきた利央に口元の横を舐められた。そしてまた唇にキスをされる。

「……っ? ちょ、待っ……唇にはご飯、ついてな……! いや、てゆーか今の、何……!」

 慌てて離れ、律はわたわたと利央を見た。

「え? まさかとは思うけど、兄貴もしかしてキス知らない、とか?」

「いや、そんなこと言ってるんじゃなくて……っ!」
「ああ、そうだよね。兄貴前に女の人にキス、されたって言ってたもんね?」

 慌てたように言い返すと、利央はジロリとそう言いながら律を見てくる。そして今度は自ら引き寄せてきた。

「消毒。今さらだけど」

 もう一度軽くだが律の唇にキスをしてきた。
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