シロツメクサと兄弟

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25.そっけなさと愛情

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 最近、何だか利央が優しくなったような気が律はしている。一時期は切ないほどそっけなかったのになと思い、そっと笑う。
 とても小さな弟だった頃の利央はそしてかわいかったよなあと、仕事が終わり家に帰ろうと自転車を漕ぎながらさらに思い出していた。今でも律からしたら天使のようにかわいいと思いつつも、実際男前で背も高い利央は小学生の頃までは本当に小柄でかわいらしい顔立ちしていた。
 両親が健在だった頃も何かにつけて「兄ちゃん兄ちゃん」と律の後を追いかけてくる。律が小学生半ばに利央が幼稚園に入ったのだが、それまでは本当にずっと利央の世界は律だったようだ。
 何でだろうと子どもながらに疑問に思うくらい、小さな利央はいつだって律を必死になって追いかけてはぎゅっと抱きついてきた。そしてその様子が本当にかわいらしくて律も利央が大好きだった。
 たまに利央と父親が、母親の取り合いをしていることもあった。その父親が「りおー、お父さんと風呂入るかー?」と聞いてもいつだって利央は母親と、ではなく「兄ちゃんと入る」と答えていた。そしてその後で寂しがって母親に慰められている父親を律は思い出してふ、と笑った。
 その両親が亡くなった後、利央は夜眠れなくなったり怖い夢を見てうなされたり、実際に親を恋しがって落ち込んだりもしていたが、それでもやはり「兄ちゃん兄ちゃん」と懐いてくれていた。
 幼稚園、小学校といった場所で友だちのできた利央の世界はもっと小さかった頃に比べたら広がっただろうが、それでもずっと律が一番だと、大好きだと言ってくれていた。
 だが中学に入る少し前くらいから、利央がどこかそっけなくなってしまった。律が話しかけても「別に」とか「さあ」くらいしか返してくれなくなった。確かにそうなる前からも昔のように天使の笑顔で「兄ちゃん」とは言ってはくれなくなっていったのだが、あまりの変貌ぶりに律は翔に泣きついたこともある。

「俺の天使が俺を嫌いになってしまったみたいなんだ……」
「マイエンジェルはやめろ」
「……何で英語で言い直すの?」
「さあ? 気分とかテンション?」
「……。ってそんなことどうでもいいんだけど! どうしよう翔。俺、りおに嫌われた」
「んでそーなんだよ。お前俺らよりいち早く社会人してるくせにどういうことだよ」
「それこそどういう意味、っていうかどう関係あるの」

 ぽんぽん言い合った後に律がむっと翔を見ると「ほんとお前なー……」とむしろ呆れられた。

「何つーか、いざとなるとすげぇ頼りがいありそうだっつーのに、普段俺すら心配になるくらいぽやっとしてるからな、お前」
「はっきり言ってくれてありがとう。俺そんなぼんやりしてるつもりはないけど。それにだからそれとりお、どう関係あるんだ」
「あー、まあお前、早くにおじさんおばさん亡くしちゃったもんな。中学ん時お前真面目だったし。あれだ、ただの反抗期とか成長期だろ」
「俺、反抗されてんの……?」
「いやまあ、別に利央もお前がマジでうぜぇってんじゃねえだろ。現にちょっと遊びに行くんでも相変わらずちゃんとお前に報告してんじゃねえか。親とかにそんなことする中坊そうそういねぇぞ」
「だったら何だよ……ちょっと前までは俺のこと好きって、すっごいかわいい笑顔で言ってくれてたのに……」
「あいつ中坊のくせに俺からしたら超生意気なくらい男前なんだけど! 昔の面影追いすぎ律。最近のアイツの雰囲気で「兄ちゃーん」なんて甘えてきたらな、俺だったらむしろドン引きするわ」

 当時確かに利央は背も少しずつ伸びてきていた。律の急激な成長期は中学を卒業して社会人になってからだったというのに現代っ子だからだろうか。利央は中学に入ってから随分雰囲気は変わってきていた。

「……そういや昨日久しぶりに俺のこと呼びかけてくれたと思ったら『兄貴』だった……兄ちゃんじゃなかった。ヤクザみたいでちょっとショックだった……」
「ヤクザはやめて! あーまあ呼び名はそう変わらねぇけどな。俺は昔から今でも兄ちゃんだしなー。でもまあアレだ。気にすんな。利央もお前のおかげでちゃんと成長してるってことじゃねぇか」
「……そ、か」

 よくわからない慰め方をされ、とりあえずはそうなのかと納得をしてみたものの、当時律は結構寂しさを覚えていた。そのままもしかしたら兄離れをして、一日ほとんど口を利かないどころか顔すら見なくなるとかになってしまうのだろうかと切なく思っていた。
 とはいえ結局、利央はそっけなくはなりつつも律を無視したり姿を見せなくなりはしなかった。それどころか料理を作ると言い出したり中学を出たら働くとか言い出したりして別の意味で律を戸惑わせた。
 料理に関しては小学生の頃にも自分がすると言っていたのだが、その時は多分好奇心で言っているのかなくらいに思っていた。だが中学生である利央がまだ好奇心で料理を作りたいと思っているとも思えず、もしかして自分のために言ってくれているのかと勝手に想像して喜びつつも、律は首を振った。

「料理とかは俺がするし、りおは行きたいなって思える高校を見つけて欲しいし、そこへ向けて勉強して欲しい」
 そう答えると利央は少し不満そうな顔をしつつもわかってくれた。
 これも変わった一つの反抗期的な何かとか成長期の何かなのかなと怪訝に思いつつも、律はホッとしてもいた。兄離れは寂しいけれども、至らない兄である自分に不満を持ち、利央がぐれてしまったりせずにちゃんと前を見てくれるようなしっかりとした弟で本当によかったと思えた。
 利央が目指す高校に無事受かった時は、思わず安心したのと油断したので律は情けないことにがっくりときてしまったのだが、中学生になってからそっけなくなってしまった利央がとても心配してくれて看病してくれた。

「りおが看病してくれたよ」

 それを翔に報告したらとてつもなく生温い顔をされたのを覚えている。

「何」
「いや、まあうん、よかったな……」
「うん。そっけないけどやっぱり、りおは優しくていい子だなってあらためて実感したよ」
「そっけないっつーけどな、お前さぁ、よそ見てみろ。もっとアレなヤツらまみれだからな。利央のはそっけないとか俺なら言わねぇ」
「そうかな……」
「利央がお前にクソ兄貴死ね、くらい言ってきたら俺に報告しろ」
「っそんなことりおが言うわけないよ!」
「……お前ら兄弟はほんっと何つーか。まあ、いいことだと思うし、うん、いいことだと思うわ」
「投げやりだよね?」
「気のせいじゃね?」

 高校に入ってから、結局利央は家の事を主にしてくれるようになった。今度こそ料理させてくれと、しつこいほど言ってきた利央にそれでも駄目だと言うことはできなかった。
 律にしてみれば高校生として利央には勉強や遊びを満喫して欲しいと思っている。だから家事することによって負担になってもらいたくなかったのだが、熱心に言われて折れるしかなかった。
 でもそのおかげで律は随分楽になったし、そして家事してくれているのと関係があるのかわからないが、そっけなくなったと思っていた利央がまた少し近くなった気はしていた。
 何かあれば律を心配してくれるのは中学の時も思えばしてくれていたのだが、最近は律が飲みに行くのも増えたからだろうか、むしろどちらが兄かわからない勢いで心配されている。
 特に最近、冒頭で述べたようにさらに利央が優しくなった気がしていた。

「おはよう、りお」

 朝いつものように台所で朝食の準備をしてくれている利央へ挨拶に行けば、前なら「おはよう」と返してくるだけだったのに、最近は利央もニッコリして「おはよう」と言いながら律を抱きしめたりしてくる。毎回ではないが、手が空いている時はそうしてくる利央に「どうかしたの?」と聞くと「何も」としか返されなかったため、深く気にしないことにした。

 むしろ嬉しいし。

 昔「兄ちゃん大好き」と言いながらぎゅっと抱きついてきた利央を思い出す。昔とは体格が違うし、身長も追い越されてしまっているので抱きつくというよりは自分が抱きしめられるような感じにはなってしまうのだが。
 利央の方が早く出るため、玄関で「いってらっしゃい」と見送る時も「行ってくる」と言いながら利央は律の頭に触れてきたりする。優しく髪を撫でるようにしてくるそれはどこかくすぐったく、こそばゆい感じもしないではない。それにますますどちらが兄かわからない感じがするため。怪訝な顔をすると「兄貴の頭が見えるからつい」と言われた。
 そういうものなのだろうかと思いつつ、そっけないよりはこうして甘えてくれる方がやはり律は嬉しいので「そっか」と微笑む。
 夜、仕事から帰った時もこの間「おかえり」と抱きつこうとしてきたからそれだけは阻止した。

「どうかしたの、兄貴」
「いや、仕事帰りは俺汗かいてるし機械の油臭いだろうから。りお汚れるよ」
「そんなわけないだろ」
「あるから。とりあえずお風呂入りたい」

 いつも仕事から帰ってきたら律は速攻で風呂に入る。それを知っている利央は「うん、お湯沸いてるよ」とだけ言うと特にそれ以上何も言うことなく台所へ引っ込んでいった。だから律も特に気にしていなかった。
 そして今。

「おかえり」

 いつものように仕事を終え帰ってきた律を出迎えてきた利央はニッコリと笑っている。

「うん、ただい……」

 ま、と言おうとした律はそのまま言えずにポカンとする。

「仕事帰りはあまり抱きつかれたくないみたいだから、兄貴。それの代わり」

 利央はニッコリ言うとまたいつものように台所へ引っ込んでいく。

「え? あ? う、ん?」

 律はまだポカンとしていた。

 今、りお、俺の鼻にキス、しなかった? え、何で? ていうか、何で。

 何故抱きしめるからキスになるのか、何故弟がキスをしてくるのか、それも何故鼻に。
 どれを主に疑問に思えばいいのかすらわからずに、律はとりあえずハッとなり風呂場へ向かった。
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