シロツメクサと兄弟

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24.接触と慣れ

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「兄ちゃん好きー!」

 そう言ってぎゅっと兄貴を抱きしめていた頃の俺カムバック。

 利央はそっと思った。律がそういう意味で好きだと自覚したものの、特にそれ以来何か行動を起こしてはいない。
 文化祭も終わり、そしてハロウィンという行事も終わり後はクリスマスと浮かれているクラスメイトを見ながら利央はぼんやり考えていた。
 ちなみに今までハロウィンに何かしたことない利央は、この学校の異様なまでの寛大さというか祭り好きに少し唖然となったのを思い出す。

 楽しいのはいいことだけれども。

 とはいえ仮装に凝る気はなかったので適当にパーティグッズを売っている店で牙だけ買ってそれを付けていたら、翼に「やる気ねぇ!」と文句を言われた。翼は文句を言うだけあってわりとちゃんとした仮装していた。

「悪かった。お前のように犬か何かの恰好をすべきだったか?」
「犬じゃねえよ狼これ! 狼男な!」

 相変わらずムキになって返してくるから、翼は他の奴らにからかわれるんだろうなと利央は冷静に思いつつ「なるほど、凄いな。似合ってるよ」と頷いておいた。
 翼の双子の兄である涼も相当やる気は感じられなかった。多分利央が買ったような売り場で適当に見つけてきた何らかの動物だろうと思われる耳のついたカチューシャはしかしそれなりに似合っているとは思った。
 その涼に何かあったのか、今日の翼はひたすらそわそわしていた。心配そうに度々教室を抜けており、利央も何かあったのかと心配していたらとある休み時間の後、利央がぼんやりとしていると真っ赤になって帰ってきた。

「翼? 涼に何かあったのか? ていうかむしろお前も」

 利央が聞くと「い、いや何でもねえし」と焦ったように言い、その後はどこか心あらずと言った様子だった。
 その日の夜、律はまた会社の飲み会に出ていた。海から「律が潰れ気味」と電話がかかってきて、今度こそ万が一女性に襲われないようにと、どのみち元々迎えに行こうと思っていた利央はその電話のあと速攻海に聞いた場所へ向かっていた。
 向かう途中で部活帰りらしい翼に会った。日中ほど変ではなかったが、少し話すと妙なことを聞いてきた。

「あ、そうだブラコン、ちょっと聞いていいか」
「俺は確かに兄貴が大事だが、お前にブラコンと呼ばれるのは何となく微妙だよ。何だ」
「……その、あの、さ……? 外国とかで兄弟でのキスってあるんだよ、な? その、口での、つーか」
「……は?」
「いや、ほら、その……なかった、っけ?」

 何言ってるのだと利央は唖然としたが、翼がどこか困ったような救いを求めるような目で見てきたので「あるな」と適当に答えた。

「そ、そうだよな、あるよな、あるよな?」
「……あ、ああ」
「そうだよな。いやーうんうん。いや、あれだ、お兄さん迎えに行かなきゃなのに引きとめるようで悪かったな」
「……いや。じゃあ行くわ」
「おう!」

 利央に肯定してもらったからか、翼はホッとしたように、そして嬉しそうに手を振っていた。

 ……兄弟で、キス?

 外国での兄弟といった区分など知ったことではない。とはいえ頬や耳元の空気にキスをする挨拶なら、兄弟だけでなく友だちにも挨拶としてするキスはあるだろう。

 だが、口?

 利央は首を傾げつつ海に教えてもらった店へ自転車を飛ばした。

「おお、早かったね利央くん」
「兄は?」
「まあ、相変わらず潰れてはないけどぼんやりしてるよ。律が会社に乗ってきてる自転車はさ、明日にでも会社の車で家に運んであげるから、明日は律、その自転車で出勤するといいんじゃないかな」

 海は苦笑すると一旦店にひっこみ、ぼんやりとしている律を連れてきた。

「……すみません」

 海に借りを作ったような気がしてすっきりしないながらも、利央は一応頭を下げる。
 電話では海もどうせタクシーを使うか亨に迎えに来てもらうかするから律も一緒に、と言われていた。本当はそれが一番いいのだろうが、考えることなく「迎えにいきます」と利央は言っていた。

「気にしないで利央くん。いつも俺が律誘っちゃってるからねえ。ごめんね」
「いえ」

 海は知れば知るほどいい人だ。だというのに未だにこうして警戒し、釈然としないのは、海が男として大人として、ふざけつつも恰好いいからなのだろうなと利央はこっそりムッとしつつ思っている。要は嫉妬かよと自分に呆れつつも、利央は酔ってぼんやりとしている律を自転車の後ろに座らせた。二人乗りは違反だ、などと気にしてられない。

「兄貴、落ちずに乗ってられる?」
「うん、大丈夫……ごめんな、りお」
「いいからちゃんとつかまってて」

 律の腕を自分の腰に回させる。すると律は酔っているからかそのままギュッと顔を利央の背中に押しつけてきた。落ちないよう素直に利央の言うこと聞いてしがみついてくる兄がかわいくて、利央は海へのよくわからない嫉妬もどきも吹き飛び、一気に嬉しくなる。
 自分よりもかなり年上の、ある意味親代わりだった兄にかわいいと思うのは変かもしれないが、それでも間違っていないと思う。

 ……ほんと、しっかりしているかと思うとどこか抜けてるし、かわいい。

 かわいいけれども、絶対に色々と敵わないのだがと思いつつ利央はゆっくり自転車を漕いだ。

 二人乗り駄目なの知っているけど見逃して。

 内心改めて、誰に対してともなく思いつつ利央はこの幸せな時間を噛みしめていた。
 十八になったらというより大学生になったらアルバイトしてお金を溜めて、まずは車の免許を取ろう。そしてもっとお金を溜めて車をがんばって買う。そうしたらいくらでも律を迎えに行くしそしてどこへでも連れて行ってあげられる。
 いつもなら先のことを考えるのすらもどかしいくらいだが、今はそんなことを考えるのも楽しかった。
 家へ着いてもまだフラフラしている律を、居間に座らせお茶を手渡す。

「飲みなよ」
「ん、ありがと」

 律はニッコリ笑ってお茶に口つける。唇がコップに触れるのを見て、利央は翼が言っていたことを思い出した。

「……なあ、そいや兄貴」
「ん?」

 飲み終えてコップを置いた律はまだ少しぼんやりとした顔を利央に向けてきた。

「兄弟ってキスするもんかな?」

 口に、と心の中で付け加える。

「は?」

 酔っているしな、とどんな反応が返ってくるか少しそわそわしていると普通に怪訝な顔された。そりゃそうかと思いつつ、何となくがっかりする。
 もう少しかわいい反応が返ってくるのを無意識に期待していたのだろうが、よく考えなくとも相手は兄であり男だ。仕方ない。
 けれども。

「ほら、挨拶みたいな、さ」
「どこの国の話?」

 律は呑気に笑っている。

 そりゃあそうか。

 利央は律の反応を見ながら改めて思った。兄弟でキスなんて普通しない。おまけにどこの兄が弟に対して身の危険を感じるというのだろう。
 利央は今の律が見せた反応で思った。多分いきなりはよくないだろうなと、そして律に笑いかける。

 ゆっくり、慣れてもらおう。
 ゆっくり。

「兄貴、風呂入ってこいよ。それとも明日の朝にしてもう寝るか?」

 いつものように聞く。だがその際に、優しく律の髪に触れた。
 頭を撫でるように。
 恋人にするように。

「ん……? ああうん、かなり覚めてきたし、入ってくるよ」

 律はそれくらいでは気づきはしないのか、ニッコリしながら利央を見てきた。
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