猫と鼠

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40.心配する猫

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 俺が相変わらず内藤先生を避けていると、あり得ないことに内藤先生は直々に俺のマンションまでやって来てしまった。一体どういう風の吹きまわしだと少し焦る。

『……あ、あの! な、内藤です』

 俺がカメラ越しにインターフォンに応答すると、ワタワタと焦りながらもはっきりとそう言ってきた。

「内藤先生、一体どうされたんです……。なぜここに」
『す、すみません……、き、気になって……』

 何が?

 俺は唖然としながらカメラを見た。本当にこの人はたまにわからない。貴重な休日を費やして、俺がここにいるかどうかもわからないのにわざわざやって来るほど、何が気になると言うのか。

「何が気になるんです?」

 俺がだがそう聞いても黙っている。というか返答に困っているのだろうか。内藤先生自身も、もしかしたらよくわかっていないのかもしれない。
 俺はため息ついた。

「……手のことでしたら本当に問題ありませんよ。たまたま切ってしまっただけです。それと、ちょっと今ごたついてましてね。本当は内藤先生を堪能させていただきたくて堪らないんですが、ちょっとそれどころじゃなくて」

 俺がそう言うと、インターフォン先で内藤先生が息を飲むのがわかった。反応もよくわからないな。

「……まあ先生が俺を怖がって逃げておられるのはわかっていますし、今は俺という脅威がないこと満喫されているといいですよ。いずれまた助けて欲しいと思われるほど、俺はあなたを構いだしますから」
『……』
「だから内藤先生。わざわざお越しいただいて、俺も本当に嬉しいんですがね。申し訳ありません、今日はこのままお帰り頂いても構いませんか?」

 なるべくここへ来て欲しくないんだ、はっきりあの気持ちの悪い男の件が片付くまで。
 今は鳴りを潜めているようだが、完全に諦めたという保証がない。

『……すみませんでした……』
「いえ、俺のほうこそ。お越しいただいたのに上げもせずに本当にすみません。あと、お送りもできずに」
『いえ……その……僕が勝手に……』
「……お気をつけて帰ってください」
『はい……し、失礼します』

 そしてインターフォンは切れた。モニター画面も暗くなる。
 本当はここへ上げてそのまま内藤先生を堪能したいし、帰るなら無事アパートまで送り届けたいと思う。だがほんの少しの接点も今は持ちたくなかった。まだ日も暮れる時間じゃないし、だいたい内藤先生は男だ。ちゃんと帰られるだろう。
 とはいえ、やはり落ち着かない。なぜ、ここに来たんだ。もしそれを万が一あのストーカーもどきに見られていたらと思うと本当に落ち着かない。
 こんな顔も見せ合っていないやりとりだし、大丈夫だとは思うのだが。
 俺は暫く考えると電話を取り出した。数回呼び出しがした後で相手が出る。

『はい、神野です』
「どうも。五月です」

 名乗ったが『サツキ……さん?』と反応が微妙だ。まあ名前を言った瞬間歓迎されても気持ちが悪いが。

「……内藤先生の同僚ですよ」

 ただそう言うとすぐわかったようだ。息を飲んだような反応の後で淡々と言ってきた。

『何の御用かな。ていうか、何で俺の連絡先知って?』
「あなた管理人でしょうが。自宅も勤務先もわかってるんです。調べたらあなたの隠してもいないような番号くらいすぐわかります」
『うわーストーカーみたい』
「……今その言葉はあまり聞きたくないですね。しかもあなたに言われるのはね。まあ、いい。そのストーカーのことでちょっと」

 俺は簡単に話を伝えた。
 俺の知り合いがストーカーに狙われた関係で、俺までつけ狙われていたこと。
 一応相手にはっきりと言ったし今のところ鳴りを潜めているようだが、終わったかどうか定かではないこと。
 とりあえずその相手については今調べているところだが、そんな状態のため内藤先生を避けていたら、なぜか彼がさきほどここへ来たこと。
 家に入れもしていないが、やはりここに来られたのが落ち着かないこと。

「なので暫くしたら帰ってこられると思うんですが、一応注意を払っておいて貰えないでしょうか」
『……何で内藤さんはあんたのところに……』

 管理人もそこがどうにも気になったらしい。俺も知りたいわ。

『まあ、わかりました。注意しておくよ。何だったら俺の家に来てもらってもいいしね』
「……それでも構わないんで、よろしく頼む」

 俺はそうとだけ言うと電話を切った。あんな気持ち悪いストーカーもどきに万が一狙われるくらいなら、あの忌々しい管理人に食われるほうがよっぽどましだ。
 俺はようやく少しだけだが、安心した。管理人を信頼してはいないものの、管理人という仕事を務めているわけだしな。
 特に何もすることないような管理人という仕事だが、実は結構大変だったりする。住民の管理だけでなく、建物の色んな意味での維持。そして住民に何かあった場合の諸々の対処や責任なども負わざるを得ない。住民も皆が皆、内藤先生のように品行正しく大人しいわけではない。過去には色んな事件にも出くわしているかもしれない。ただのいざこざから不審死まで、さまざまなことが起こりうる。それらもひっくるめて、管理するのだ。
 一見優男風ではあるが、そういった色んな出来事を、あの男は飄々と対処してきているような気がなんとなくだが、する。
 だから一応は安心した。しかし問題がなくなったわけではない。そう思っていると今度はこちらの電話が鳴った。

「……はい」
『例の男の素性を調べさせた。口で言うのもなんだしな、書類を速達で送っておいたよ』
「……ありがとうございます」
『構わん。その代わりと言っちゃなんだが、近々家に帰ってこいよ? たまにはこちらでゆっくり過ごせよ』
「……はぁ。俺にも仕事がありますんで」
『ったく、何で保健の先公なんぞにな。まあいい。とりあえずそこを引きはらえって言ってんじゃねぇんだし。遊びに来いってことだ。なぁ?』
「……わかりました」

 俺は電話を切ってからため息ついた。

 あのクソストーカーもどきめ。俺にこんな労力を使わせやがって。絶対に許さん。
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