猫と鼠

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39.猫と鼠を窺う者

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 俺は別に気持ち悪いヤツなんかじゃない。今までだって普通に生きてきたし、付き合ったことだってある。
 顔は確かに地味だけれども、これでもとある組の一員でもある。そりゃ下っ端だから全くもって存在すら把握されていないようなレベルだしシノギだけではやっていけなくて朝の早くから青果市場で働いている。俺の見た目が派手ならば水系で働けばいいんだろうが、生憎自分でも地味だとわかっている。
 それでもこの勤務先でよかったと思えるのが、勤務時間だった。朝は本当に早いが、その分終わるのも早い。おかげで夜は自由にできる。その時間を使って兄貴分の仕事を手伝ったり飲みに行ったりしていた。
 俺は男の方が好きだった。おおっぴらにしてはいないけれども。女どもは昔から俺をバカにしていたし、存在がイラつく。だから男の方がよかった。
 飲みに行くのも、誰かと行く時は別だが一人だとそういった系統の店を選ぶ。そういうバーは出会いの場としても使われているため、結構あやかれたりした。つっこまれるのはごめんだが、つっこむのは堪らなくよかった。
 よくある公園系のハッテン場とかはまさに見た目重視か、本気で盛ってる相手が多く、俺のような地味はお呼びじゃないか、逆にこちらがドン引きするかが多いのだが、こういうバーは交流の場でもあるからか、俺でも結構楽しめた。
 だがあまり問題を起こすと出禁を食らうこともある。だから暫く通っては違う店へ行く、というのを繰り返していた。
 そして出会ったのが元貴くんだった。一見チャラい外見は普通だったら知り合いにもなれないようなタイプに見えたが、所詮バーテン。俺みたいな地味な相手でもにこやかに低姿勢で対話せざるを得ない。
 だが話してみて、そのチャラい外見にそぐわず中身はけっこう真面目なのだと知った。それに俺をとっても優しく見つめてくれる。もしかしたらこいつは俺に気があるのではないかと思うようになった。
 チャラいが整った顔立ちに、細身だがそれなりにしっかりした筋肉もついている。バーテンなどといった仕事をしているしあまり最初はいいように見ていなかったが、改めて見ると中々の上玉だった。そんな相手が俺に気があるのかもしれないと思うと、それを思うだけで興奮した。
 だがバーテンだからか、なかなか俺にはっきりとアプローチしてこない。仕方ないから俺から話しかけたりするようにした。そして思ったが、やはり恥ずかしがりのような気がする。渡してくる酒のグラスに添えられた手に俺の手を重ねると、恥ずかしそうに目を伏せていた。

 いい感じだった。俺たちはいい感じだったんだ。

 なのにある日突然、鬱陶しいヤツが現れた。偉そうなヤツで、どうみても元貴くんをムリヤリ縛っているようにしか思えない。元貴くんは「俺の大切な彼氏なんですよ」などと言っていたが、何となく俺に助けを求めているような気がした。そいつと一緒に帰っていく元貴くんを見て、俺は思った。
 絶対そいつから助けてやる、と。
 そいつさえいなければ、多分元貴くんはもっと早くに俺のものになっていたはずだ。だが「別れる手伝いをする」と、ヤツがいない時に元貴くんに言ったら、切なげな顔をした後で顔をそらしていた。
 やるしかない。とはいえ、俺に大したことはできないことくらい承知している。チャカは持ってないし、せいぜい小さな刃物くらいだ。ドスと呼ぶのもはばかるような。かといって兄貴分に助けなど求められないのもわかっている。
 とりあえず自由のきく午後から深夜の時間を使って、二人の後をつけたりしてようやくヤツが住んでいる場所をつきとめた。元貴くんが最近家に帰ってないようなのも、ヤツが自分の家に連れ込んでいるからだともわかった。
 偉そうなマンションに住みやがってと、余計に腹立つ。所詮学校の教師か何かみたいなくせに。絶対に俺の方が格上だ。教師みたいなしょぼいヤツに負けるわけない。
 ある日、俺はとうとう待ち伏せした。元貴くんが早番の日だからきっと一緒に帰ってくるはずだ。マンション入口のオートロックなど、誰かが中に入る際に一緒に入ってしまえばザル。
 俺は駐車場に潜んだ。マンションの玄関はドアまでに門があるが隠れておける場所がなかったからだ。少し離れたところなら大丈夫かもしれないが、さすがに刃物を持ったままそこに佇むわけにいかない。
 そして車が止まり。ヤツが出てきた瞬間を狙って刺しに行った。上手くすれば結構な痛手を与えられるかもしれないし、それができなくとも教師ごとき、怖気づいて逃げるだろうと踏んでいた。
 だが結局逃げたのは俺だった。

 あいつ、何なんだ? なぜ刺されてああも偉そうなままでいられるんだ?

 駐車場のカメラは迂闊だった。確かにあんな大層なマンションだったらついていてもおかしくない。あいつは偉そうに「本気で気持ちの悪い奴」だの「バカ」だのと言ってきた。中でも最後の言い方が一番気に食わない。

「警察に捕まった方がよかったと思えるほどの恐ろしい目にあわせてやる」

 何でただの教師が淡々とそんなこと俺に言う?

 だが俺は逃げ出すしかできなかった。腹立つ。刺しに行った時、元貴くんがヤツを心配したような声を車内で上げていたのも腹立つ。

 何なんだ、ただのビッチだったのか?

 金持ちであろうヤツの下でいい思いできればそれでいいと思うような、女のクソみたいなビッチだったのだろうか。

 あいつら、許さない。

 とはいえ、元貴くんは俺を好いてもいるであろう人だし、それに最近はいつもヤツか他のバーの従業員がついているから隙がない。
 だがヤツにだけは仕返ししたい。何かいい方法はないだろうか。
 俺はあの後も時間を見つけてはバーにも行かずヤツの周辺を探っていた。そしてある日、ようやく見つけた。
 最初はただ怪訝な様子で見ていただけだった。ヤツのマンションの入口の、オートロック解除用でもあるインターフォン前で逡巡している気の弱そうな、だけれどもかわいい顔をした男。
 俺はそいつが中に入れてもらうか、別の住民が出入りする際に開いた隙に、同じように入ってやろうと電話をかけるふりして近くに立っていた。

「……あ、あの! な、内藤です」

 押した部屋番号を俺は見た。ヤツの部屋だ。ということは、この男はヤツの知り合いか何かか。

「す、すみません……、き、気になって……」

……何だろう、この男。

 インターフォンを前にしているだけだというのにワタワタしながら、顔が赤い。

「……すみませんでした……。いえ……その……僕が勝手に……。はい……し、失礼します」

 ……ヤツの男か何かか?

 あいつ、元貴くんをいいようにしながら、こんなかわいらしい気の弱そうな男までたぶらかしてんのか。
 内藤と名乗った男は、インターフォンを切った後ため息つくと、その場から離れていった。
 こうしてはいられない。俺は嬉々として内藤さんとやらの後をつけることにした。
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