猫と鼠

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37.攻撃される猫

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 元貴は実際本当に参っているようだった。基本的にいい加減でヘラヘラしているタイプなのだが、こうも落ち込んでいる様子を見ると、な。

「来るなってはっきり言ったらだめなのか?」
「一応お客だし、それに他のお客の手前口汚い言い方できないだろ。とはいえ優しく言ってみろよ、また変に勘違いされるじゃない。かといってわざわざ呼び出して言うのもこれまた勘違いされそうだし、だいたい怖い」
「怖いって柄か」

 俺が呆れたように言うも、ムッとしたような表情で見返してきただけだった。やはり結構怖いらしい。

「……お前のとこ、そういう系のバーだろ。バーテンダーに彼氏いてよかったっけか?」
「え? 何なのいきなり。別に俺らが商品じゃないからね。普通に付き合ってて問題ないよ。……ああ。今の彼、普通の社会人だし店には来たことないよ。それにあんなヘタレ連れてきても役に立たないから」

 元貴はあらぬ方を見ながら言った。それに関しては、少し笑いそうになる。元貴なりに今の彼氏を大事にしているように思えた。

「……俺が彼氏の役をしてやろう」
「え? っちょ、何言ってんの? い、いいよ! いくら和実でも危険かもなんだよ? 何なの和実ドSの癖にデレ期なの?」

 元貴は引いたような表情を浮かべて言ってきた。心配してくれてるんだか貶してるんだか。まあ失礼なヤツではある。

「訳のわからんこと言うな。だらだらとここに居座られても堪らんからな。俺のもんにまで手を出されちゃ堪ったもんじゃない。とっとと片づけて出ていってくれ」
「何だよそれ! それにきーちゃんはだってかわいいじゃない。ほんと今度三人でしない?」
「……殺すぞ」
「あは。…………ありがと、ね」

 そうして俺は元貴のバーへ毎夜飲みに行くことにした。ストーカーのように元貴の周りをうろうろしているヤツは、教えてもらわなくてもすぐにわかった。一見真面目そうなパッとしないヤツだが、元貴を見る目がおかしい。
 とりあえず彼氏だとアピールしておこうと俺はあからさまな態度を出しておいた。他の従業員は元貴から聞いているようだし、一応カウンターの隅なので他の客に不快のない程度だとは思っている。

「元貴、仕事が忙しくて最近放置しててすまなかったな。とりあえずやることは片付いたからこれからは毎晩来てやる」
「嬉しい、和実。ほんと寂しかったんだからね。……ねぇ、今日も帰ったら俺をかわいがってね」
「こんなとこで言うなよ。……ああ、ちゃんと泣いて許しを乞うくらいかわいがってやる」

 決して大きな声ではない。むしろわざとひそひそと話した。

 にしてもほんとこいつ、そういう商売しても売れるんじゃないのかってくらいだな。何て目で見てきやがる。

 ストーカーもどきにはさすがにそんな目を向けはしていないだろうがな。

「……あの……まさか元貴くんとこの方って……?」

 今もそんな元貴の表情に釘付けになりながら、だが青白い顔色を浮かべつつストーカーもどきが恐る恐る聞いてきた。

「ええ、俺の大切な彼氏なんですよ」

 元貴は有無を言わさないほどきっぱりと答えていた。俺はただそいつを見て黙って少しだけ頭を下げておいた。
 数日経ってもだがそいつは相変わらず店に、というか元貴に会いに来ているようだ。ようだ、と言ったのは、俺が来る頃にはいなくなっており、俺自身はわからないからだ。
 シフトが朝方の場合には、俺も仕事があるので申し訳ないが同僚に送ってもらえるよう、店のオーナーに頼んでいた。どのみちストーカーもどきも仕事は朝早くから始まるようだ。様子を聞いていると多分。それもあり、来店するのも必然的に早いようだ。
 元貴が早番の時は俺が一緒に帰ることにしていた。

「和実が仕事でどうしても少し遅くなるのをいいことにさ、あいつ『ムリヤリ付き合わされてるんだったら、俺、別れる手伝いするから』なんて言ってきたんだよ? あいつマジおかしい」
「ストーカーって凄いな」

 しぶといというかやはりどこかおかしいというか。そういうヤツは本当に何をしでかすかわかったものでないので、俺は内藤先生に会いに家へ行くのも、もちろん自宅に呼ぶのもやめていた。
 代わりに保健室にでも、と思ったが家で堪能できない分、万が一保健室で無茶してしまっては内藤先生の授業に差し支えが出るかもしれない。あの先生をいたぶって遊ぶのは楽しいし好きだが、授業とついでに料理をしている時だけはその妨げにならないようにしたかった。
 ニ、三日でカタつくだろうと思っていたが甘かった。一週間経ってもストーカーもどきは諦めた様子が見られない。
 内藤先生で遊べないしで俺はいい加減イラついていた。元貴の職場に迷惑をかけるだろうからと遠慮していたのだが、店ではっきりと言ってやろうと思う。外へ連れ出したら下手すりゃもめごとだと誰かに通報されたらかなわんしな。
 明日にでもそうしようと思いながら店を終えた元貴と一緒にマンションへ帰ってきたら、先に決行されてしまった。

「お前……こんなところまで?」

 俺はバーへ行っても何かあった場合のことを考え、一滴も酒は飲んでいない。だから行き帰りも車を使用している。その車を駐車スペースに止めて出てきたところで、いきなり現れた不審者に刺された。
 いや、刺されたというと語弊がある。何か来たのがわかりとっさに避けたのはいいが、どうしても無意識に身を守るため出てしまった手が切りつけられてしまった、と言うべきか。

「和実……!」

 まだ車内にいた元貴がそれに気づき、慌てて車から出ようとしてきた。

「お前は中に入ってろ……!」

 俺は低い声で言う。大きな声を出して騒ぎになるのはごめんだ。俺が対処できないような輩ならいっそ騒ぎになった方がいいかもしれんが、こんなカス相手に、鬱陶しい。

「お、お前が、悪いんだろ……! 嫌がる元貴くんを、む、ムリヤリ……」
「……っは。それでこそこそと俺らの後をつけ狙ってか、ここを調べた挙句こんなくだらんことしてくるのか。本気で気持ち悪いヤツだな。いいか? お前のやっていることは犯罪だ。そしてこの駐車場にはカメラくらいついていると思わなかったのか? バカが。俺が警察に言えばすぐ捕まることしてくれたんだよお前は。……これ以上元貴をつけ狙ってみろ。警察へ突き出すか、もしくはいっそ警察に捕まった方がよかったと思えるほどの恐ろしい目にあわせてやる。覚えておけ」

 まだしょうもない小さな刃物を持っている相手に、俺は淡々と言ってのけた。もちろん、何一つハッタリは言っていない。そのせいか、もしくは最初から怖気づいていたのか、ストーカーもどきは何も言わずに走って逃げて行ってしまった。
 いい加減この気持ち悪いヤツの素行を調べておくべきだな。俺がそう思っているとようやく車から出てきた元貴にとてつもなく心配された。
 家で手当てされながら「お詫びにすごくご奉仕するから」などとふざけたこと言ってきたので「いらん。いや、飯作って掃除してくれるほうの奉仕ならやっといてくれ」と答えたら思いっきりきつく包帯を巻かれた。

 とりあえずはこれで諦めてくれるならいいんだが。

 まだ暫くは様子を見ないとだ。その間に素行を調べるか。仕事中にそんなこと考えていた。
 保健委員をしている、双子の片割れが用事を済ませて保健室を出ていったであろう出入り口に内藤先生が立っているのに気づいた時は、内心結構驚いていた。

 とりあえずプリントを預かったらそのまま出て行ってもらうか。

 そう思って近づいていくと、その前に内藤先生が中へ入ってきて机の上にプリントを置いてきた。

 いつもならむしろ中に入るのをとてつもなく怯えるというのに、一体どうしたんだ?

 どうせならいつもの時にそうしてみせろよ、などと思いながら俺は内藤先生に近づいた。

「……何で来たんです」

 ため息つきながら言う。せっかく内藤先生に無茶しないよう、避けてあげていたというのにな。

 この人バカなのか? 俺が怖いなら避けられてるのを喜んで、そのまま遠ざかってろよ。

 すると内藤先生は顔を真っ赤にしながら俯いて逃げようとした。

 ……もう、遅い。

 俺はそんな内藤先生をつかんで抱き寄せる。久しぶりの抱き心地は悪くない。

「……しばらくの間あなたを断とうとしてたんですがね。目の前に現れられるとそれもできないじゃないですか」

 悪いが堪能させてもらおうと思っていたせいか、油断していた。内藤先生が俺の包帯に巻かれていた手に気づき、目を見開きながらつかんできた。
 せめて我を忘れるほど快楽に溺れさせるまで隠しておくの、忘れていた。
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