猫と鼠

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36.怪訝に思う鼠

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 あれほど僕に構ってきていた五月先生がそっけなくなった。

 ……こんな風に言うとまるでそれに対して僕がショックを受けているみたいだな。

 あれほど僕にどんな意味であろうが感心を寄せて来ていた五月先生が何となく無関心になった。

 ……どうだろう? ちょっとは感じ変っただろうか。

「内藤先生どうした、何やら真剣に考えてるみたいだけど? 悩みごとか? それともカリキュラムか何かでか?」

 堂本先生にそう声をかけられ、僕はハッとなった。

 むしろ僕は何に対して考えていたんだ……。

 別にショックを受けていない云々よりも、自分一人で表現の仕方について真剣に考えていた、その自分がどうにもバカバカしいと思った。

「あ、いえ……。何でもありません、大丈夫です」
「そう? だったらいいけど」
「はい、ありがとうございます……」

 頭を下げてから、僕は少し熱くなった頬にパタパタと手で風を送った。そしてまた考える。
 保健室に呼ばれなくなったし、僕のアパートにも来なくなった。そしてマンションに連れ込まれなくなった。

 ……それはもしかして堂崎さんがいるから……だったり、し、て?

 僕はあのよく喋っていた明るい堂崎さんを思い浮かべた。普通に考えて、僕と話したりするよりあの人といるほうが楽しいと思われる。五月先生も堂崎さんと久しぶりに会って改めてそう思ったのかもしれない。それは当然だと思うし、仕方ない。

 ……というか、僕は確か五月先生が怖かったから構われるのが嫌で逃げていたのではなかっただろうか?

 だというのになぜこんな風に落ち着かないのだろう。変なこと教えてもらったせいだからだろうか。

「自分でするところを診察してあげますよ」
「見ててあげますからご自分で弄ってみてください」

 そんな風にして僕にやり方を教えてくれていた五月先生を、こんな場所で思い出してしまった。職員室で考えることじゃない。僕はまだ熱い顔を人に見られないよう、いつも以上に俯きながらそこを出た。
 丁度昼休みで、生徒たちは教室や外でお弁当や買ってきたパンなどを食べている時間だろう。職員室のある一階は微かにグランドから生徒たちの声だろうか、少しぼやけた感じで聞こえてくるものの静かだった。靴箱が並んでいる玄関を挟んで向こう側だったら、各文化部の部室があるからもう少し人はいるかもしれない。
 僕はとりあえずトイレへ入った。便器の前に立ち、用をたすためズボンのチャックを開ける。自分のモノをつかみながらまた五月先生を思い出した。

「ほら、そうじゃなくて、ここを、ね……」

 五月先生は僕にやり方を教えてくれるだけじゃなく、なぜか性行為までをも教えてきた。男同士なのに。あれよあれよという間に、気づけば僕はかなりいいようにされていたと思う。

 挙句の果てに、こうして五月先生から呼ばれなくなり、期間が空くとどうにもソワソワしてしまうんだけれども、どうしたらいい?

 僕はため息ついた後でトイレから出ると、ちらりと左側を見てからまた右を向き、職員室へ戻った。

 別に……用事はないし、だいたい怖いから。

「これで全部、だな……。よし、ちょっと保健室に持って行って……ってそいや資料室行くの忘れてた」

 興野先生がうっかりしていたといった表情を浮かべながらそんなことを言っている。

「あ、あの! よ、よかったら僕がそれ、持って行きましょうか?」
「へ? ええ、いいんっすか? いやー助かるんだけど、ほんといいんっすか?」
「はい。あ、その、僕今は手が空いていますから……そ、その、お気になさらず」

 ポカンとして僕を見てきた興野先生に、僕はハッとなり少し俯きながらそう続けた。

 そう。手が、空いているから。だから。

 僕は興野先生から集められたプリントを受け取ると、また職員室を出た。ひたすら歩くことに専念する。

 用事があるから、向かうんだ。用事があるから。

「ど、どうしたんですか……?」

 保健室まで来たものの、ドアを開けるのに逡巡してうろうろしていると、ドアが開いて中から出てきた生徒に驚かれた。
 この生徒は知っている。僕が今担任をしている生徒の双子の片割れであり、一年の時に担任をしていた生徒だ。夏川くんだ。

「あ……いえ」
「おい、夏川。そんなに急いで出なくてもいいだろう。俺は何もせんぞ?」

 中からそんな声が聞こえた。僕は少し固まったように立ちつくす。

「……あ、いえ……、遠慮しておきます」

 夏川くんは中を向いて苦笑した後、僕に頭を下げてから出て行った。双子でもお兄さんの方は少し大人しめで丁寧だな、などと思いつつも僕は変にソワソワする。

 ……僕を保健室に呼ばなくなったのは……?

「誰かいるのか?」

 相変わらずドアを開けたまま立っていると五月先生がそう言ってきた。僕はそのままつい逃げようとしてしまい、手にプリントの束を持っていることを思い出した。
 さっきの僕は一体何考えていたのだろう。なぜわざわざここに来る用事などを。

「おい、誰…………内藤先生。どうし……ああ、プリントですか。わざわざすみません」

 五月先生がこちらを覗きこむようにしてきて、僕に気づいた。そしてこちらへ近づき手を伸ばしてプリントを受け取ろうとしてきた。
 前なら「ここへ持ってきてください」などと言って僕をあえて逃げられないようにしてきたというのに、今は入り口で受け取ろうとしている。
 僕はそのまま中へ入り、プリントを机の上へ置きに行った。なぜわざわざそんなことしたのか自分でもわからない。あれほど僕に絡んできたくせに、急に相手しなくなった五月先生に腹立てているのだろうか。

 ……僕が?

「……なぜ来たんです」

 プリントを置いて唖然としている僕の背後で五月先生がため息交じりに言ってきた。むしろ迷惑がられていた、ということだろうか。
 僕は急に居たたまれなくなり、熱くなってきた顔を俯けながらこの場を去ろうとした。すると五月先生がその行く手を阻むように僕を抱きよせてくる。僕はやはりビクリと体を震わせた。

 ……どういうことなんだろう? 迷惑なのに抱き寄せるのか……?

 もともと五月先生はよくわからないけど、今の五月先生は今までの中で一番わからない。

「……しばらくの間あなたを断とうとしてたんですがね。目の前に現れられるとそれもできないじゃないですか」
「……どういう、意……」

 聞こうとしたらそのまま顔をあげられキスされた。本当に何を考えておられるのかわからない。
 しばらくとうのは、堂崎さんがいる間と言う意味だろうか。それとも他の生徒たちにちょっかいをかけるためなのだろうか。というか僕はそもそもなぜ気にしているのか。
 そう思った時、僕の顔をあげてきた五月先生の手に包帯が巻かれているのに気づいた。唇が離れた時、僕は思わずその手をつかんだ。

「……はぁ」

 五月先生がまたため息ついてきた。
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