猫と鼠

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35.匂いを消す猫

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 とりあえず消毒と称して様々ところにキスしておいた。隅々まで。
 内藤先生はされるがままだった。そしてひたすらびくびく怯えていた。俺が元貴に対して怒っていたのを見たからか、やたらびくびくおどおどして硬直している内藤先生が楽しくて、だんだん苛立ちも消えてきた。

「俺以外にもキスされたり食われたりたくさん経験なさいましたね。どうでしたか?」

 キスを続けながら囁くと、涙目にもなっていた。内藤先生にしてみれば思い切り被害者だろうに、そうは思わずただただ言われたことに羞恥を感じると共に理解が追いつかなくてどうすればいいかわからない、といった感じか。
 俺はそんな内藤先生が楽しくて、そしてかわいくて、暫くひたすらキスを続け、囁き続けた。内藤先生はやはりされるがままで、怯えとそして快楽のせいで始終震えていた。
 このかわいらしい鼠が他の輩に食われるのはどうにも腹立たしいが、こんな反応を楽しめるならそう悪くもない。内藤先生自身が本気で嫌悪し、悲しむなら俺もそういった輩から死守してもいいが、この人はどうにもある意味貞操観念がないというか。あれほどまじめな人だというのに無自覚にもほどがある。初めてのキスを俺にされた時はあれほど動揺していたというのにな。

 ……何だ? 俺のせいか?

 まさか人との付き合いがこういうものだなどと思っていないだろうな。まあ別にそれはそれで内藤先生らしいボケ具合だから面白いが。そういうものだと思ったとしても、この先生から他の誰かを誘うなどということは天地がひっくり返ってもないだろうしな。せいぜいあのクソ管理人や元貴みたいに、たまたま内藤先生の美味しさに気づいた輩にちょっかいをかけられるぐらいで、基本的にはこの人空気だからな。
 あの忌々しい管理人に内藤先生を堪能させるのは俺が面白くないから歓迎しないが、住んでいるところも仕事もわかっている相手だしな。そういう面では俺は危惧しない。その辺のヘタレのように、取られるのが心配だからヤキモチを妬くといったかわいげある性格を、生憎と俺は持ち合わせていない。
 男の性分として独占欲というものはあるが、俺自身、このかわいらしい先生を誰かに取られる心配などしていない。
 だから気に食わないし面白くもないから他のヤツに堪能させるのは当然腹立つのだが、それに対して内藤先生を怒る気にはならない。
 とはいえ、内藤先生の美味しさに気づく相手がその辺の得体のしれないヤツなのだとしたら、さすがに俺も心配でならない。大抵はびくびく怯えて逃げるだろうが、いいように持って行かれると絶対にこの人抵抗できなさそうでしかない。得体のしれないヤツは何をしでかすかわからないし、下手すればどんな病気を持っているかすらわからない。
 そんな危険なヤツに食われるのだけは避けないとな。だとしたらやはりしっかり教育はしておくか。
 俺がそう考えているとも知らず、内藤先生は散々俺にいたぶられた後、適当に俺が買ってきたもので何やら美味そうなものを作っていた。いたぶっていた時はあれほどびくびくと始終怯えていたのに、やはり料理をしている時はとても落ち着いて寛いでいるように見えた。

「……あの……」

 食事中、内藤先生が言い辛そうにしながらも話しかけてきた。

「何です」
「……堂崎さんは、ご飯……食べないままでよかったんですか……?」

 ……そこ?

 多分昨日から色んな目にあってきただろうし、俺にも散々された後で、言い辛そうにしているから何だろうと思ったのだが。

 そこなのか。

 理系はよく何を考えているかわからないと言われるが、文系の方がわからないのでは。少なくとも目の前の文系を見ている限り思える。
 俺は笑いそうになるのを堪えた後で口を開いた。

「問題ないですよ。勝手にどこかで食ってるか、早めに職場へ向かってそこで何か食わせてもらってるだろうしな」
「職場で? ああ、レストランか何かですか……?」
「いえ。バーですね」
「ばー?」
「ふふ。お酒を飲むところですよ」
「……っああ! バー……」

 そうか。さすがにバーは知ってるか。

 当然この人は大人だし、先生をやっている訳だし、むしろ知らないことの方が少ないかもしれない。だというのにどうしても無知な子どもに向かい合ってる気分に、ちょくちょくなる。

「ええ。そこでバーテンやってます」
「へえ……すごいですね」

 何が?

 俺が怪訝な表情をしたのに気づいたのか、そのまま続けてきた。

「お酒作るの楽しそうですが……、何となくバーテンダーは色んな人と接しても、その、平然としておられるというか……。そんなイメージが、あります。無口なバーテンダーの方もいらっしゃるでしょうが……そうか、だからあんなによく喋ってたのか、な……」
「あー、元貴がお喋りなのは職業病ではなくて地ですよ」

 それこそ珍しく俺に、というか人に話をしている内藤先生をそっと驚いた目で見ながら俺は答えた。
「あはは、そう、ですか……。それでもやっぱり凄いです……。ちょっとついていけないところも……あ、いえ、すみません……。かなり明るい方でびっくりしましたが、それでも僕にはそういう部分は羨ましいですし、見習いたいです……」
「謝らなくてもいいですよ。あいつには俺もなかなかついていけませんから」

 俺がニッコリ言うと、内藤先生がチラリと俺を見てきた。

 何だ?

「……その、で、でもその、つ、つきあって……おられたん、ですよ、ね……?」
「ああ……。元貴が言ってましたか? まあ、そうですね。昔付き合ってましたね」
「……」

 俺が頷くと、内藤先生はぼんやりした顔で黙ってしまった。

 ……ヤキモチ?

 いや、まさかそれはないな。だいたい俺のこと、相変わらず未だに恐れているしな。
 何だろうな。人付き合いが苦手な内藤先生にとって、何か複雑になるような要素でもあったのだろうか。

「……今は全然そういった関係ではないですし、全然会ってもいなかったんですがね。おとついいきなりやってきましてね」

 俺がそう話し出すと、内藤先生はぼんやりした顔を俺へ向けてきた。俺が怖いなりに、どこか気にはなっているのか。ほんといちいちかわいらしい鼠だな。

「何でもストーカーみたいなヤツに悩まされているようです。それで一人暮らしの家に帰るのが嫌だったのでしょう」
「……っえ! そ、そんな。じゃあ職場に行かれるのだって……。け、警察、とか……」
「付きまとわれているくらいじゃ、警察は動きませんよ。職場には頼りになる仲間もいるだろうし、一人にならなければ大丈夫でしょう。今付き合っている彼氏の家だと彼氏が心配みたいでしてね。それで俺のところにきたらしい。ま、そんな感じです」

 俺が淡々と説明すると、なぜか少し青ざめた表情になっている。どうしたのだろうと思っていたら、口を開いてきた。

「そ、それじゃあ、さっ五月先生が……! 五月先生が危ないかもしれないってことじゃ……?」

 なぜそんなに動揺するのか。俺を恐れているというのに。相変わらずよくわからない人だ。かわいいからいいが。

「なぜ内藤先生が動揺されるのかわかりませんが、俺は大丈夫ですよ。ご心配いただいて、嬉しいですね」

 とりあえず俺はそう言うと、椅子から立ち上がっていつもと違う風に怯えた表情をしている内藤先生の額にキスを落としておいた。
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