猫と鼠

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32.わからない鼠

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 神野さんはなんでこんなことを……?

 僕は乱れた息を整えながら思っていた。とっても優しい人だと思っていたし、あんなことしてきた今でも「大丈夫? 痛いところある? 疲れた?」などと言って心配してくる。

 もしかして世間は僕が思っていたのと違って凄く乱れてるのか? 少しでも話がはずめばアレをする、とか? あはは、いやまさか。だって今まで僕はそんなのされたことないし、したこともない。
 ……ああでも話なんてはずんだこともなかった。

 確かに話がはずまなくとも外国の人みたいにボディランゲージが激しいからかベタベタ触ってくるような人は大学の時も、そして先生になってからの他校との交流会的な集まりなどでもいるにはいた。けれども、ここまでされたことはない。

「な……んで……?」
「ん? ああ、何でって……内藤さんがかわいいからかな。俺内藤さん好きみたいだし」

 かわいいと言われて喜ぶ男はそういないと思う。実際かわいい人ならどうかわからないけれども、僕みたいに地味でかわいい訳ないならなおさら。それでも好きと言われて僕は嬉しく思った。

「……ありがとうございます。こんな面白みのない僕に好意を持ってもらえて嬉しいです……」
「……あー。内藤さんって、んー。まあ、いいけどね。だからこんな美味しい思いできたのかもね、俺」

 頭を軽くさげると、そんな風に言われた。ちょっと言っていることがわからない。おかしいな、別に今時の若者用語を使われた訳でも不思議な表現をされた訳でもないのに。

「あの……どういう意味……」
「そのままだよ? まあいいや、とりあえず体も大丈夫そうだし、もう一回、しようね」
「え?」

 そして僕が抵抗する間もなく、またアレをされた。基本的に普段から運動らしい運動をしていない僕には少しハードすぎた。
 気づけば朝だった。いつの間に眠ってたのだろうとフラフラ体を起こすと、既に起きていた様子の神野さんにニッコリ挨拶され、作ってくれていたらしい朝食をその場に運んでくれた。

「大丈夫? ごめんね、内藤さん。でもまたしようね」
「……あの……。体はなんとか、大丈夫ですが、その、また、て?」
「だって内藤さん別に付き合ってる人いないんだよね? じゃあ問題ないよ。そう言えば今日は例の先生は来るのかな? 一応中のは出しておいたけど、残ってて出てきたら、ごめんね?」

 そうなの? そういうものなの?

 僕は頭を捻るしかできなかった。ついでに付け加えられたことも何を言っておられるのかわからなくて、そちらに関しても頭を捻らざるを得なかった。
 その後痛む体を労わるようゆっくり自分の家へ戻り、もう一度ぐっすり寝ようとパジャマに着替え、ぬくぬくと布団に入ったところで五月先生が来た。
 相変わらず五月先生を見ると僕は無条件で震える。それでも家へ行くから着替えるように言われると、考える間もなく先に体が動いていた。
 車の中で怯えつつ五月先生を見ると、何となくいつもと違うような気がした。いつもは怖いと言えども、にこやかに話しかけてくれる。でも今は運転に集中されておられるのか、どこか怒っているような風にも見えた。

「おっかえりー、早かったね! っていうかちょ、その人?」

 家へ着くと、とても明るい様子で知らない人が出迎えてきた。

 え? 誰?

 僕は怖いはずの五月先生の背後につい、隠れてしまった。情けない。人見知りしないようになりたい。先生として、というか大人として。

「元貴どっか出かけろよ……」

 出迎えてきた人はニコニコしているのに対し、五月先生は鬱陶しそうに答えている。

「嫌だよ、用事ないし。どうせ俺、ちゃんと夕方になれば出勤するからいいじゃない、それまで。ねえ、この人でしょう? いいねぇ」

 知らない人は、あの怖い五月先生を適当にあしらっている。凄い。でもなぜか僕を意味ありげに見てくる。

「あ、の……」

 いい歳してさすがに五月先生の後ろに隠れたままというわけにはいかないので、僕は何とか勇気を出しておずおずと声をかけようとした。

「いいですよ内藤先生。こいつのことは見えないものとして扱えば」
「え?」
「ちょ、酷い。和実ったら。にしても、いいねえ。……ね、俺、堂崎元貴って言うの。君の名前は? ていうか先生なの? まだ学生でもいけそう」

 知らない人は五月先生にムッとした表情を見せた後で、なぜかニッコリ笑ってきた。ただ、優しそうにニッコリ笑ってくるのに、でもなぜだろう。

 ……この人も、どこか、怖い。

 そしてなにげに幼いと言われた。自分でもわかっているけれども、やはり他の方からはっきり言われると少しショックだ。大人っぽくなりたい。

「……内藤貴生、と言います。堂崎さんですか、初めまして……」
「あはー、丁寧! よろしくね、きーちゃん」

 きー……ちゃん?

 僕がさらに怯えた様子を見せると、堂崎さんはますます楽しそうに僕を見てきた。

「反応楽しい! 何この人いい! ねぇ、こっち来て一緒に遊ぼうよ」

 そして僕を引っ張ってきた。一応靴は脱いで上がっていたものの、不意にひっぱられてバランスを崩しそうになる。

「おい、勝手に連れていこうとするな。だいたい何して遊ぶ気だ」

 だがその前に五月先生が、さり気に僕の体勢を整えるように支えながら堂崎さんにまた鬱陶しそうに言っている。

「そんなの決まってるだろ、楽しい遊びだよ、遊び」

 堂崎さんはニヤリと笑って五月先生を見た後で、また僕を引っ張ってきた。

 遊びって。僕をまさか子ども扱いしているのだろうか……?

「おい。よせ」

 僕の手を握って引っ張る堂崎さんに対し、五月先生も僕の肩を持って留めようとしてきた。

「……っぁ」

 その際に、僕は変な声を出してしまった。とっさに空いている方の手で口を抑える。顔が熱い。

「何だ?」
「今の何? どしたの」

 二人ともポカンとした様子で僕を見てきた。

 そりゃそうだよね、気持ち悪い声だったし。

 だって仕方なかった。何か知らないけど引っ張られたりした拍子に、僕のお尻から、何か……何か。
 五月先生が「言いなさい」といった顔をしている。

「……お尻、から……」

 何とかそうは言ったが、こんな情けなくて恥ずかしいこと言えるわけない。というか何なのだろう、本当に今のは。とりあえずトイレへ行きたい、というか下着を変えたい。

 ……どうしよう、知らない内にお腹壊してて、出してはいけないものが緩くなって出てたとかだったら、どうしよう。

 僕が青くなっていると五月先生がなぜか怖い顔をしながら僕を抱き抱えてきた。

「な、何す……」

 焦って抗議しようにも有無を言わさずといった感じでお風呂場まで運ばれた。背後でなぜか堂崎さんがおかしそうに笑っているのが見えた。
 そのまま服を脱がされお風呂場に入れられる。熱いシャワーが僕に降り注いできた。

「あ、あの……っ」
「まさか、中に出されたんですか?」
「え?」

 五月先生がやはりどこか怒っている感じがする。

 ていうか、どこの中に何を?
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