猫と鼠

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19.笑みを浮かべる猫

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 俺は実際何しに行ったのだろうな。

 不意に思った。まあ元々いたぶりに行ったわけだからその目的は果たせているのだが。相変わらずろくすっぽ手を出していない自分に驚く。いつもなら速攻落としているところなのだが。
 週末の夜、俺は目的の相手に自慰レッスンした後である意味カウンセリングを行い。そして食事をごちそうになった後その相手の家を出た。

 本当に何しているんだ?

 俺は自嘲気味に笑った。無理してそうなったのでないところがまた驚きだ。
 自慰については実際本当に楽しかったので問題ない。できればこれからも続けさせたいくらいだ。別に自分がその場で出さなくとも、ああいった遊びは楽しい。内藤先生自身は楽しいどころか息も絶え絶えに怯えて委縮していたけれども、それがまた楽しい。大いにいたぶり甲斐があるというか。
 わからないのはその後まるでカウンセリングのようになってしまったことだな。それも俺が内藤先生に聞いたからだ。なぜそんなことをしたのか。俺自身保健医だからだろうか。
 確かに普段ふざけていようが生徒と妙な関係になっていようが、その生徒が何らかの悩みを抱えていたらつい聞いてしまう。俺の性格だと本来なら「どうでもいい」「興味ない」「好きにしろ」とでも言いそうなものなのだが、そこは悲しいかな職業病だろう。でもまさか先生相手にまでな。
 まあ仕方ない。内藤先生は大人であって大人でないしな。

「……いじめっこ」

 呟いた後でプッと吹き出してしまった。何ていうか、かわいらしい話だ。どう考えても当時その「かんのくん」は内藤先生を意識しすぎたせいでギクシャクしたようにしか思えない。

 蛙とか……「いったいあなたは実はおいくつで、どこにお住まいだったんですか」と聞きそうになってしまったけどな。

 俺より若いくせに俺の子供時代よりレトロだなと、俺はまたそっと笑いを噛みしめた。
 その「かんのくん」はきっと自分が興味ある宝物的なものを内藤先生にあげようとしたのだろう。全くもってかわいらしい子どもじゃないか。
 とは言え、内藤先生自身にとっては違う風にとらえ、傷つき、今なおどこかで抱えている過去なのだろうけれども。

 ……何しに行ったのだろうと思ったが、収穫はあったかな。

 内藤先生のあの対人恐怖というか、おびえ具合の根本がわかったわけだ。

 うん、遠慮なくいかせてもらおう。

 別に今までも遠慮していたわけではないが、あの必要以上に人との接触を避ける先生がもしとてつもないトラウマを抱えていたのだとしたら下手なことはできない。
 だが、そういうことでもなさそうだ。わかってよかった。少なくとも問題なさそうだからな、俺が何かすることに関しては。
 俺はまた笑いを噛みしめようとして失敗した。

「せんせー気持ち悪い!」
「なんか絶対エロいこと考えてるよねー」

 どうやら俺が考えにふけっている間に、たまにやってくる煩いのが来ていたようだ。

 まったく。俺にも休み時間くれよ。

「食後の脳運動だ」
「何それ意味わかんないしー!」
「うるさい。声そろえてくるな。それに何しに来た。特に用がないなら帰れ。新井、鈴本」
「俺だってアキに変なことしかねないセンセーんとこ、別に来たくて来たわけじゃないもん」
「は? ユキ何言ってんのー? とりあえずあれだよ先生。健康診断の結果見たい」
「ってアキが言うから」

 本当にこいつら、いつもやかましいな。

 俺は髪色が黄色と赤の生徒二人を呆れたように見た。

「何言ってるんだ? 結果はまたどうせ後日お前らの手にいくだろうが。なんで先に見たいんだ」
「だって計ってる時とか喋ってたりしたせいであんま数値聞いてなかったしー。でも身長とか体重とかあと諸々の体力数値とかさー、ちゃんと聞いてればよかったって後で思ったんだけどねー? 俺が毎晩鍛えてる成果の証しなのに聞いてなかったの気づいたらどうしても知りたくなってさー」
「帰れ」
「えー!」

 まったくこいつらは。

 俺は相変わらずきゃんきゃん煩い犬猫どもをなんとか追い出した。こう煩いのが来るとなおさら、内藤先生の物静か、いや単におびえているとも言うが、な雰囲気がありがたい。
 あの後頂いた手料理も美味かったしな。よくあんな風に料理しているもんだと感心してしまった。本人曰く、いい気分転換だそうだ。

 にしてもそろそろ来る頃だと思うんだが。

 そう思っていると保健室のドアが開いて内藤先生が入ってきた。あの煩いのをとっとと追い出しておいてよかったと思っていると「あ、あの生徒たちにも、そ、その、何かを……」などおずおずと、とんでもないことを言ってきた。思わず笑っていると、内藤先生は所在なさげに入り口付近でもぞもぞとしている。

「ああ、どうぞそのまま鍵を閉めてこちらまで」
「……っなぜ鍵を閉める必要、あ、あるんです……っ?」
「ああ。休み時間はわりと生徒がちょろちょろと入ってくるもので。内藤先生って基本的にここに立ち寄らないじゃないですか。だからもし生徒が入ってきたら変に勘ぐるんじゃないですかねぇ。別に俺と先生の仲を疑われてもいいのならそのまま鍵をかけなくて結構ですよ?」

 俺も適当なことがよくベラベラと出るものだなどと思っていると、内藤先生が慌てたように鍵を閉めている。そこまで慌てなくても、むしろ失礼だなとまた笑いが漏れた。

「と、とりあえず返してください……っ」

 今朝内藤先生を見かけた時に、俺は「週末にあなたの家に行った際につい間違えてあなたの家の合い鍵を持って帰ってしまいました」と囁きに行った。途端内藤先生は青くなりながら「な、な……っ、か、返してくださ……」と怯えながら俺を見てきた。それがまたとても楽しいと思いつつ「保健室に置いてるんで、昼休みにでも取りに来てもらえませんか」と言ったため、彼は今ここにいる。

「ああ、そうでしたね。これです」

 俺はニッコリ鍵を見せた。もちろん間違えて持って帰ってなどいない。わざとではあるが、こうして遊ぶためであって合い鍵をさらに作ったりといった犯罪行為をするためではない。とはいえ、持って帰った時点で窃盗行為なのだが。
 内藤先生は躊躇しながらも俺に近づいてきた。俺は相変わらずニッコリしたまま手に鍵をぶら下げている。
 それをおずおず取ろうとしてきた途端、俺はもう片方の手を伸ばして内藤先生を引き寄せた。驚いた先生はそのままバランスを崩し、椅子の上に座っている俺に跨る羽目になる。

「な、にするんです……っ?」
「ふふ。ねえ先生。この合い鍵、もし俺がすでに複製を作っているんだとしたらどうします?」
「っえ?」
「俺ならやりかねないと思いませんか?」

 俺はからかうように俺の上に跨っている内藤先生を見た。先生は困ったように顔を少々歪めたが首を振る。

「いえ……。あなたが一体いつも何を考えておられるのか、ぼ、僕はわかりませんが、そ、そういうことは多分されないような、気がしま、す……」

 俺は一瞬ポカンとした顔をしてしまっていたらしい。珍しく内藤先生が驚いたように俺を見ている。

「っふ、ふふ、あはは。あなたこそ、よくわからないな。案外読めない人だ」

 そして今度は、急に笑い出した俺をいつもみたいに怯えたように見てきた。

「と、とりあえず鍵を返し……ていうか、そ、その前に降ろして、ください」
「うーん、どうしようかなぁ。ああ、鍵はお返ししますよ、ほら」

 俺は内藤先生のスーツの内ポケットに鍵を入れた。その際に先生の胸の上あたりに手が触れる。

「……っ」

 途端内藤先生がビクリと体を震わせた。

 ……今のは怯えて、じゃないよな。

 俺はニヤリと笑って耳元で囁いた。

「俺のレッスン、どうでした? 週末はお一人でされました?」
「……ひ? え? ぁ……、う……」

 内藤先生が真っ赤になる。かわいいな。そしてやったんだな。

「気持ちよかったです?」
「……ぅ」
「何です? ほら、ちゃんと言わないと俺、離しませんので。いつまでこの格好のままいられますかね」

 俺がニヤリと笑ったまま言うと、内藤先生はわたわた焦り出した。
 本当に言葉をそのまま素直に取る人だな。そんなこと、同じように仕事している俺もできるはずないのに、なぜすぐ気づかないのか。
 合い鍵を作るはずがないと思えるくせになぜそういう部分はわからないのか不思議で仕方ないと共に、本当におかしくてかわいい人だと思う。

「で……できません、でし、た……」

 ん?

 俺は言っている意味がわからずに内藤先生を見た。先生は真っ赤になったまま俯いている。

「……どういう意味だ?」
「……っく……。前は、前はたまにしかしなかったけど、一応自分でも、イ、イけた、のに……。どうしていいのかわから、ない……。一人だと、できな……い……。せ、先生の前では、できた、のに……」

 え、どういうことだ……?

 だが内藤先生の言うことがあまりに俺にとって嬉しく、そして楽しい内容すぎて俺はまた笑みを堪えるのに必死になってしまった。
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