16 / 45
16.動けない鼠
しおりを挟む
なぜ五月先生がここに。
僕は考えが纏まらないまま震える手で何とか家のドアの鍵を開けようとした。だが鍵が穴に上手く入らない。
「貸して」
それを見かねたのか、五月先生が手を伸ばしてきた。それすらもが落ち着かなくて、僕は鍵を大人しく奪われた後でその場から飛び退るように退いた。そんな態度を取ってしまったにも関わらず、五月先生は黙って鍵を開け、そしてドアを開けると黙って僕を見てきた。
「?」
「どうぞ」
ここは僕の家ですが、などと思うよりも何よりも、あの五月先生にドアを開けられ、掌で僕を中に誘導してきたことの方が気になったし恐ろしかった。それでも入らないわけにいかないので「す、すみません」と謝りながら恐る恐る自分の家に入る。
するとやはりというか、五月先生も中に入ってきた。
本当になぜ、五月先生が……?
僕は気になりながらも、とりあえず手を洗った。どうしても外から帰ってくると手を洗う習慣からは逃れられない。
「いいことですね、ちゃんと手を洗うのは」
それを見た五月先生がニッコリ言ってくる。そして「俺も手を洗わせてもらっても?」などと言われたので頷いた。
買い物から帰ってきて、五月先生と手を洗う。そのどこかシュールでもある光景に微妙になりながら、僕の頭の中はまだぐるぐるしていた。
本当に、いったい、なぜ。
「あ、あの……」
「ん? ああとりあえずはお買いものなさってきたものをしまわれてはどうです? 手伝いますよ」
「へ? あ、ああ、い、いえ! け、結構、です、ので」
僕は焦りながら慌てて野菜などを冷蔵庫にしまったりした。その間、後ろから感じる視線に落ち着かないまま。
一応全部あるべきところにしまい終えると、僕は勇気を出してもう一度五月先生を見た。
「……っあの」
何の用ですか。意味わからないですし、できれば帰ってください。
「はい」
五月先生はニッコリ僕を見てきた。
「……っあの……お、お茶でも、いかが、です……」
僕の、バカ。
とてつもなく自己嫌悪に陥りそうになっていると、五月先生がさらに笑って近づいてきた。
「あなたは本当に。ふふ」
そして僕のすぐそばまで近づく。
「っひ?」
やはりこの人は苦手だ。何でこんなに近づく必要があるのだろう。人と人との距離、パーソナルスペースをこの人は完全に無視してくる。それに何を考えておられるのか、本気でわからない。
僕が耐えがたい思いになって目をそらせると、五月先生の手が伸びてきて僕の頬をつかんできた。
「っな、何、を?」
「駄目ですよ、先生。人と話をする時は目を合わせないと」
それを言うならまずもっと対話するための距離感を大切にしてください……!
そう思っても、もちろん口になど出せるわけもない。僕は否応なしに両頬を五月先生の大きな手でつかまれ、先生の顔を見る羽目になった。
……凄く男前だと思う。
綺麗で整った男らしい顔立ち。そして実際男らしいであろう先生が羨ましい。
僕はと言えば……そう、一人で抜くことすら、ままならない。男として、どうなのだろう。
この場の雰囲気にそぐわないことが頭をよぎる。
「ねえ、内藤先生」
「は、はひ?」
間抜けな声が出た。本当にこの先生の前で僕は普段以上に情けないところしか見せていないような気がして死にたい。
「先生に聞いて思ったんですが」
な、何だ、ろう。
だいたい僕は五月先生に何か、言っただろうか。
「内藤先生って、普段からご自分でして、あまりイったこと、ないんですか」
本当に、いったい、何なんですか……っ?
僕は何だか泣けてきそうになった。この人本当に怖い。そして僕は本当に情けない。
「どうなんです?」
「っぁ、あなたに、関係、ない、で……す」
何とか、言えた。
「そんなことないですよ?」
だがあっさり返された。
「ぅう」
「ねえ、内藤先生」
本当に、何なのだろう。僕は恐る恐る五月先生を見る。どのみち顔をつかまれていて逸らすこともできない。
「先生がするところ、見ててあげますよ」
「……は?」
「俺が診察、してあげます」
「な、にを」
この人何言って……?
唖然としていると体を抱えられ、そのまま座らされた。そして背後から抱きすくめられる。
包み込むように抱かれ、僕は固まった。怖いし落ち着かない。
……ほんと、落ち着か、ない……。
「ほら、してみて?」
「な、に言って、何言ってるんですっ? そ、そんなこと、できるわけ、ないじゃ、ないじゃないですか……!」
顔が熱い。この人の考えていることが心底わからない。
「できますよ……」
五月先生は後ろから僕の耳元でそう囁くと、耳や首筋に唇を這わせてきた。
「っひ、ぁ?」
僕はもっと顔が熱くなる。心臓がドキドキ脈を打ち過ぎて爆発してしまうかもしれない。
怖い、そして逃げたい。なのに僕は動けなかった。恐ろしいからだろうか。
それとも?
がんじがらめに体を拘束されているわけでもないのに、振りほどき逃げることすらせず、僕はただただ体を震わせ、されるがままになっていた。
僕は考えが纏まらないまま震える手で何とか家のドアの鍵を開けようとした。だが鍵が穴に上手く入らない。
「貸して」
それを見かねたのか、五月先生が手を伸ばしてきた。それすらもが落ち着かなくて、僕は鍵を大人しく奪われた後でその場から飛び退るように退いた。そんな態度を取ってしまったにも関わらず、五月先生は黙って鍵を開け、そしてドアを開けると黙って僕を見てきた。
「?」
「どうぞ」
ここは僕の家ですが、などと思うよりも何よりも、あの五月先生にドアを開けられ、掌で僕を中に誘導してきたことの方が気になったし恐ろしかった。それでも入らないわけにいかないので「す、すみません」と謝りながら恐る恐る自分の家に入る。
するとやはりというか、五月先生も中に入ってきた。
本当になぜ、五月先生が……?
僕は気になりながらも、とりあえず手を洗った。どうしても外から帰ってくると手を洗う習慣からは逃れられない。
「いいことですね、ちゃんと手を洗うのは」
それを見た五月先生がニッコリ言ってくる。そして「俺も手を洗わせてもらっても?」などと言われたので頷いた。
買い物から帰ってきて、五月先生と手を洗う。そのどこかシュールでもある光景に微妙になりながら、僕の頭の中はまだぐるぐるしていた。
本当に、いったい、なぜ。
「あ、あの……」
「ん? ああとりあえずはお買いものなさってきたものをしまわれてはどうです? 手伝いますよ」
「へ? あ、ああ、い、いえ! け、結構、です、ので」
僕は焦りながら慌てて野菜などを冷蔵庫にしまったりした。その間、後ろから感じる視線に落ち着かないまま。
一応全部あるべきところにしまい終えると、僕は勇気を出してもう一度五月先生を見た。
「……っあの」
何の用ですか。意味わからないですし、できれば帰ってください。
「はい」
五月先生はニッコリ僕を見てきた。
「……っあの……お、お茶でも、いかが、です……」
僕の、バカ。
とてつもなく自己嫌悪に陥りそうになっていると、五月先生がさらに笑って近づいてきた。
「あなたは本当に。ふふ」
そして僕のすぐそばまで近づく。
「っひ?」
やはりこの人は苦手だ。何でこんなに近づく必要があるのだろう。人と人との距離、パーソナルスペースをこの人は完全に無視してくる。それに何を考えておられるのか、本気でわからない。
僕が耐えがたい思いになって目をそらせると、五月先生の手が伸びてきて僕の頬をつかんできた。
「っな、何、を?」
「駄目ですよ、先生。人と話をする時は目を合わせないと」
それを言うならまずもっと対話するための距離感を大切にしてください……!
そう思っても、もちろん口になど出せるわけもない。僕は否応なしに両頬を五月先生の大きな手でつかまれ、先生の顔を見る羽目になった。
……凄く男前だと思う。
綺麗で整った男らしい顔立ち。そして実際男らしいであろう先生が羨ましい。
僕はと言えば……そう、一人で抜くことすら、ままならない。男として、どうなのだろう。
この場の雰囲気にそぐわないことが頭をよぎる。
「ねえ、内藤先生」
「は、はひ?」
間抜けな声が出た。本当にこの先生の前で僕は普段以上に情けないところしか見せていないような気がして死にたい。
「先生に聞いて思ったんですが」
な、何だ、ろう。
だいたい僕は五月先生に何か、言っただろうか。
「内藤先生って、普段からご自分でして、あまりイったこと、ないんですか」
本当に、いったい、何なんですか……っ?
僕は何だか泣けてきそうになった。この人本当に怖い。そして僕は本当に情けない。
「どうなんです?」
「っぁ、あなたに、関係、ない、で……す」
何とか、言えた。
「そんなことないですよ?」
だがあっさり返された。
「ぅう」
「ねえ、内藤先生」
本当に、何なのだろう。僕は恐る恐る五月先生を見る。どのみち顔をつかまれていて逸らすこともできない。
「先生がするところ、見ててあげますよ」
「……は?」
「俺が診察、してあげます」
「な、にを」
この人何言って……?
唖然としていると体を抱えられ、そのまま座らされた。そして背後から抱きすくめられる。
包み込むように抱かれ、僕は固まった。怖いし落ち着かない。
……ほんと、落ち着か、ない……。
「ほら、してみて?」
「な、に言って、何言ってるんですっ? そ、そんなこと、できるわけ、ないじゃ、ないじゃないですか……!」
顔が熱い。この人の考えていることが心底わからない。
「できますよ……」
五月先生は後ろから僕の耳元でそう囁くと、耳や首筋に唇を這わせてきた。
「っひ、ぁ?」
僕はもっと顔が熱くなる。心臓がドキドキ脈を打ち過ぎて爆発してしまうかもしれない。
怖い、そして逃げたい。なのに僕は動けなかった。恐ろしいからだろうか。
それとも?
がんじがらめに体を拘束されているわけでもないのに、振りほどき逃げることすらせず、僕はただただ体を震わせ、されるがままになっていた。
0
お気に入りに追加
32
あなたにおすすめの小説
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
ハルとアキ
花町 シュガー
BL
『嗚呼、秘密よ。どうかもう少しだけ一緒に居させて……』
双子の兄、ハルの婚約者がどんな奴かを探るため、ハルのふりをして学園に入学するアキ。
しかし、その婚約者はとんでもない奴だった!?
「あんたにならハルをまかせてもいいかなって、そう思えたんだ。
だから、さよならが来るその時までは……偽りでいい。
〝俺〟を愛してーー
どうか気づいて。お願い、気づかないで」
----------------------------------------
【目次】
・本編(アキ編)〈俺様 × 訳あり〉
・各キャラクターの今後について
・中編(イロハ編)〈包容力 × 元気〉
・リクエスト編
・番外編
・中編(ハル編)〈ヤンデレ × ツンデレ〉
・番外編
----------------------------------------
*表紙絵:たまみたま様(@l0x0lm69) *
※ 笑いあり友情あり甘々ありの、切なめです。
※心理描写を大切に書いてます。
※イラスト・コメントお気軽にどうぞ♪

初恋はおしまい
佐治尚実
BL
高校生の朝好にとって卒業までの二年間は奇跡に満ちていた。クラスで目立たず、一人の時間を大事にする日々。そんな朝好に、クラスの頂点に君臨する修司の視線が絡んでくるのが不思議でならなかった。人気者の彼の一方的で執拗な気配に朝好の気持ちは高ぶり、ついには卒業式の日に修司を呼び止める所までいく。それも修司に無神経な言葉をぶつけられてショックを受ける。彼への思いを知った朝好は成人式で修司との再会を望んだ。
高校時代の初恋をこじらせた二人が、成人式で再会する話です。珍しく攻めがツンツンしています。
※以前投稿した『初恋はおしまい』を大幅に加筆修正して再投稿しました。現在非公開の『初恋はおしまい』にお気に入りや♡をくださりありがとうございました!こちらを読んでいただけると幸いです。
今作は個人サイト、各投稿サイトにて掲載しています。
思い出して欲しい二人
春色悠
BL
喫茶店でアルバイトをしている鷹木翠(たかぎ みどり)。ある日、喫茶店に初恋の人、白河朱鳥(しらかわ あすか)が女性を伴って入ってきた。しかも朱鳥は翠の事を覚えていない様で、幼い頃の約束をずっと覚えていた翠はショックを受ける。
そして恋心を忘れようと努力するが、昔と変わったのに変わっていない朱鳥に寧ろ、どんどん惚れてしまう。
一方朱鳥は、バッチリと翠の事を覚えていた。まさか取引先との昼食を食べに行った先で、再会すると思わず、緩む頬を引き締めて翠にかっこいい所を見せようと頑張ったが、翠は朱鳥の事を覚えていない様。それでも全く愛が冷めず、今度は本当に結婚するために翠を落としにかかる。
そんな二人の、もだもだ、じれったい、さっさとくっつけ!と、言いたくなるようなラブロマンス。
エリート上司に完全に落とされるまで
琴音
BL
大手食品会社営業の楠木 智也(26)はある日会社の上司一ノ瀬 和樹(34)に告白されて付き合うことになった。
彼は会社ではよくわかんない、掴みどころのない不思議な人だった。スペックは申し分なく有能。いつもニコニコしててチームの空気はいい。俺はそんな彼が分からなくて距離を置いていたんだ。まあ、俺は問題児と会社では思われてるから、変にみんなと仲良くなりたいとも思ってはいなかった。その事情は一ノ瀬は知っている。なのに告白してくるとはいい度胸だと思う。
そんな彼と俺は上手くやれるのか不安の中スタート。俺は彼との付き合いの中で苦悩し、愛されて溺れていったんだ。
社会人同士の年の差カップルのお話です。智也は優柔不断で行き当たりばったり。自分の心すらよくわかってない。そんな智也を和樹は溺愛する。自分の男の本能をくすぐる智也が愛しくて堪らなくて、自分を知って欲しいが先行し過ぎていた。結果智也が不安に思っていることを見落とし、智也去ってしまう結果に。この後和樹は智也を取り戻せるのか。


ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる