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15.仕掛ける猫
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最近の内藤先生の反応がおかしくて堪らない。俺はそう思い、そっと笑いを漏らした。
とりあえず避けられているのはわかる。保健室に寄りつこうとしないのは元々ではあるが、職員室でも俺の姿が見えると隠れるように逃げてしまう。
「お前苛めすぎじゃねーの?」
飲みに行った時も堂本先生に苦笑される始末だ。他の先生方はさすがに気づいていないようだが、この学校で何年も付き合いがあり、よく飲みにも行く堂本先生は俺をそれなりに知っている。
「そうでもない。あの先生の性格を考慮して俺は優しく扱っている」
「お前の優しく、は心底疑わしいんだよ、このドSが」
実際優しく扱っているというのに、この言われよう。親しき仲にも礼儀ありという言葉を頭に叩き込む必要があるようだな。
この間も一緒に飲みに行ったが、その際に飲み屋で声をかけられその場限りだろうにやたらその女性の一人と親密にしていた堂本先生の画像でも早乙女先生に送ってやろうか。この二人は寄るとケンカばかりだが、お互い本当にそりが合わないのだか意識しているのだか。
堂本先生、いい大人のくせにところどころほんとガキみたいだからな。
その画像を見せつつ「早乙女先生のID、どれだっけ……」と俺が呟くと、堂本先生は大いに顔を引きつらせていた。
にしても。
俺は保健室の机の上を片付けながら、また笑いを漏らす。
そうやって俺の目から逃げようとする内藤先生ではあるが、こちらが先生を見ていない時にちらちらとこちらを気にするように見てきたりする。気づいてはいるが、基本スルーしている。どうせあちらを見ても慌てて視線を逸らすだろうしな。
多分理解の範疇を超えているがためむしろ気になるとか、そのあたりだろう。それでも意識には変わりない。マイナス面であろうが俺は構わない。一番やっかいなのは無関心だからな。
その点、内藤先生は俺を怖がり苦手としている時点で俺の事が頭のどこかにあるわけだ。
そんなあなたが、そしてそんな怯えた様子が、俺をその気にさせてくるんですよ、内藤先生。
出していた書類を全部鍵のかかる引き出しや書棚にしまう。
球技大会も無事終わったし、暫くは仕事も落ち着くな。次は六月の検診か。
そんな事を考えつつ、俺は白衣を脱いで備えつけのロッカーにしまった。職員用更衣室はあるが、ここに専用の部屋があるようなものなのでロッカーもここにある。
「さて、と」
俺は鞄を持ち、週末の学校を出た。夕方も遅い時間とは言え、日が長くなってきているので明るい。なかなか綺麗な夕暮れを堪能しつつ、俺はハンドルを握っていた。
道は一度通れば覚えている。だがこの間来た時はタクシーだったため、駐車するところが見つからず手間取ってしまった。有料駐車場があったのはいいが、少々アパートから離れている。
これからは来ようと思った時は電車かバイクだな。
ため息つきつつ歩いていると、前方に目的の人物が歩いているのを発見した。スーパーの袋を両手に持ってとぼとぼ歩いている。
「……何をやってんだか……」
俺はプッと漏れた笑いを抑えつつ、相手に近づいた。そして後ろからスッと手を伸ばし、片方の袋をゆっくりと持った。
「っえ?」
「こんにちは、いや、こんばんは、ですかね、もう」
俺の声を聞いて、振り返ろうとしていた内藤先生がまた「っひ?」といつものように悲鳴にもならない声をあげた。袋をギュッと持ちなおそうとしてきたのでさっさと奪う。
「遠慮なさらず。重そうなので持ちますよ」
「け、け、結構、で、す……! って、そ、その、な、な、何で、何で」
「ふふ、先生どもりすぎですよ。お気になさらず」
青くなり慌てふためいている内藤先生にニッコリ笑いかけると、俺は構わずアパートへ向かった。内藤先生もさすがに逃げ出すわけにもいかないからか、大人しく後をついてくる。
「沢山買いましたね。いつもこんなに買うんですか」
「……い、いえ。そ、その……きょ、今日は特価、で……」
主婦か。
突っ込みたかったが口はつぐむ。きちんと自炊をしていない自分が言う資格はないしな。
アパートに着き階段を昇ろうとすると「あれ?」という声がした。見れば軽そうな優男がこちらを不思議そうに見ている。
「お帰りなさい、内藤さん。お友だち?」
「えっ? あ、い、いやその、ぼ、僕の同僚の……」
「へー。ああ、今日はまた沢山買ってきたねー。今度よかったらごちそうしてね」
「ええ? ぼ、僕が、ですか……っ? ぁ……でも、か、管……いや神野さんには、お、お世話になってます、し、その、はい、機会があれ、ば……」
内藤先生はおどおどしつつも俺には見せないような笑顔となり、その優男に頷いていた。
何だ? どういう間柄だ? ただの隣人か……? ていうか……かんの、だって?
「……神野、く……ん……」
そう呟いていた内藤先生を思い出す。俺はかんの、と呼ばれた相手をまた見た。すると向こうもこちらの視線を感じたのか見返してくる。そしてフッとどこか挑戦的な笑みを浮かべてきた。俺もニッコリ笑い返しておく。
とりあえず気に喰わない。『かんの』という名前の相手とこの優男が同一人物なのかという辺りは、内藤先生に後でゆっくり聞かせていただこうかな。色々と楽しませてもらいつつ。
「ほら、開けてくださいね、先生」
そのまま階段を上がり、内藤先生の玄関の前で俺はますますニッコリ先生を見た。その時に浮かべた大きな目に涙を浮かべつつ、真っ青になって「っひ、ぁ、は、はい……!」と悲鳴と返事が混ざったような声をあげた内藤先生を見て、俺はすでにかなりすっきりとはしていたが。
とりあえず避けられているのはわかる。保健室に寄りつこうとしないのは元々ではあるが、職員室でも俺の姿が見えると隠れるように逃げてしまう。
「お前苛めすぎじゃねーの?」
飲みに行った時も堂本先生に苦笑される始末だ。他の先生方はさすがに気づいていないようだが、この学校で何年も付き合いがあり、よく飲みにも行く堂本先生は俺をそれなりに知っている。
「そうでもない。あの先生の性格を考慮して俺は優しく扱っている」
「お前の優しく、は心底疑わしいんだよ、このドSが」
実際優しく扱っているというのに、この言われよう。親しき仲にも礼儀ありという言葉を頭に叩き込む必要があるようだな。
この間も一緒に飲みに行ったが、その際に飲み屋で声をかけられその場限りだろうにやたらその女性の一人と親密にしていた堂本先生の画像でも早乙女先生に送ってやろうか。この二人は寄るとケンカばかりだが、お互い本当にそりが合わないのだか意識しているのだか。
堂本先生、いい大人のくせにところどころほんとガキみたいだからな。
その画像を見せつつ「早乙女先生のID、どれだっけ……」と俺が呟くと、堂本先生は大いに顔を引きつらせていた。
にしても。
俺は保健室の机の上を片付けながら、また笑いを漏らす。
そうやって俺の目から逃げようとする内藤先生ではあるが、こちらが先生を見ていない時にちらちらとこちらを気にするように見てきたりする。気づいてはいるが、基本スルーしている。どうせあちらを見ても慌てて視線を逸らすだろうしな。
多分理解の範疇を超えているがためむしろ気になるとか、そのあたりだろう。それでも意識には変わりない。マイナス面であろうが俺は構わない。一番やっかいなのは無関心だからな。
その点、内藤先生は俺を怖がり苦手としている時点で俺の事が頭のどこかにあるわけだ。
そんなあなたが、そしてそんな怯えた様子が、俺をその気にさせてくるんですよ、内藤先生。
出していた書類を全部鍵のかかる引き出しや書棚にしまう。
球技大会も無事終わったし、暫くは仕事も落ち着くな。次は六月の検診か。
そんな事を考えつつ、俺は白衣を脱いで備えつけのロッカーにしまった。職員用更衣室はあるが、ここに専用の部屋があるようなものなのでロッカーもここにある。
「さて、と」
俺は鞄を持ち、週末の学校を出た。夕方も遅い時間とは言え、日が長くなってきているので明るい。なかなか綺麗な夕暮れを堪能しつつ、俺はハンドルを握っていた。
道は一度通れば覚えている。だがこの間来た時はタクシーだったため、駐車するところが見つからず手間取ってしまった。有料駐車場があったのはいいが、少々アパートから離れている。
これからは来ようと思った時は電車かバイクだな。
ため息つきつつ歩いていると、前方に目的の人物が歩いているのを発見した。スーパーの袋を両手に持ってとぼとぼ歩いている。
「……何をやってんだか……」
俺はプッと漏れた笑いを抑えつつ、相手に近づいた。そして後ろからスッと手を伸ばし、片方の袋をゆっくりと持った。
「っえ?」
「こんにちは、いや、こんばんは、ですかね、もう」
俺の声を聞いて、振り返ろうとしていた内藤先生がまた「っひ?」といつものように悲鳴にもならない声をあげた。袋をギュッと持ちなおそうとしてきたのでさっさと奪う。
「遠慮なさらず。重そうなので持ちますよ」
「け、け、結構、で、す……! って、そ、その、な、な、何で、何で」
「ふふ、先生どもりすぎですよ。お気になさらず」
青くなり慌てふためいている内藤先生にニッコリ笑いかけると、俺は構わずアパートへ向かった。内藤先生もさすがに逃げ出すわけにもいかないからか、大人しく後をついてくる。
「沢山買いましたね。いつもこんなに買うんですか」
「……い、いえ。そ、その……きょ、今日は特価、で……」
主婦か。
突っ込みたかったが口はつぐむ。きちんと自炊をしていない自分が言う資格はないしな。
アパートに着き階段を昇ろうとすると「あれ?」という声がした。見れば軽そうな優男がこちらを不思議そうに見ている。
「お帰りなさい、内藤さん。お友だち?」
「えっ? あ、い、いやその、ぼ、僕の同僚の……」
「へー。ああ、今日はまた沢山買ってきたねー。今度よかったらごちそうしてね」
「ええ? ぼ、僕が、ですか……っ? ぁ……でも、か、管……いや神野さんには、お、お世話になってます、し、その、はい、機会があれ、ば……」
内藤先生はおどおどしつつも俺には見せないような笑顔となり、その優男に頷いていた。
何だ? どういう間柄だ? ただの隣人か……? ていうか……かんの、だって?
「……神野、く……ん……」
そう呟いていた内藤先生を思い出す。俺はかんの、と呼ばれた相手をまた見た。すると向こうもこちらの視線を感じたのか見返してくる。そしてフッとどこか挑戦的な笑みを浮かべてきた。俺もニッコリ笑い返しておく。
とりあえず気に喰わない。『かんの』という名前の相手とこの優男が同一人物なのかという辺りは、内藤先生に後でゆっくり聞かせていただこうかな。色々と楽しませてもらいつつ。
「ほら、開けてくださいね、先生」
そのまま階段を上がり、内藤先生の玄関の前で俺はますますニッコリ先生を見た。その時に浮かべた大きな目に涙を浮かべつつ、真っ青になって「っひ、ぁ、は、はい……!」と悲鳴と返事が混ざったような声をあげた内藤先生を見て、俺はすでにかなりすっきりとはしていたが。
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