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10.朦朧とする鼠
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僕は基本的にお酒が得意ではない。あまり美味しいものとも思っていない。家でも飲まないし、外でも付き合い自体があまりないから飲まない。
だけれども数少ない友だちと一緒に少しだけ飲んだことはあるので、得意ではないことは知っている。その友だちは理由はわからないけれども「お前は飲まない方がいいな」と言っていたので、素直にありがたくその意見を尊重させてもらっていた。
ほとんどない学校の付き合いにどうしても参加する場合も、大抵僕は一人だったからとりあえずウーロン茶でやりすごしていた。
つまらない男なのだろうとわかっている。以前唯一付き合った女性からも「お酒すら飲まないの?」と呆れたように言われた。そう言われても仕方ないだろうなとしみじみ思うほど、彼女はお酒も強かったし、それにまずとても明るい人気者の女性だった。だいたいなぜそんな彼女が僕に付き合って欲しいと言ってきたのかは、未だに謎だ。
一度だけ、何とか頑張って聞いてみたことがある。なぜ僕と付き合いたいなんて思ったのか、と。そうしたらニッコリ笑って「顔がまず好みだったの。あなたいつも俯き加減だから、皆はあまり気づいてないけどね」などと答えてきた。冗談を返されたのかなと返答に困っていると「性格もいいけど、でももうちょっと自分を出して欲しいんだけどね、これじゃあつまらない」と言われたのを覚えている。
ハキハキ自分の考えを話す、とても魅力的な人だった。付き合っている間も、ただひたすら圧倒されていた。そんなだから、当然いわゆる手を出す、何て考えることすらできなかった。
結局は「私のこと、やっぱり好きじゃないんだ」と言われて別れる結果になった。好きじゃないわけじゃない、いや、多分好きだったのだと思う。でもただただ圧倒され、僕はついていけてなかった。こんな僕に好意を示してくれた人だと言うのに。
それでも尚、僕は僕のこのつまらないであろう性格を変えるなどできるわけもなく。
そんなことがあったから、僕は人と接するのがますます苦手になってしまったのだろうか?
いや、どうだろう。
僕は元々子どもの頃から大人しい性格ではあったと思う。周りがワーっとなっていてもその中へ入っていけなかった。それでも今よりかはまだ人と接するのがそこまで苦手ではなかったように思う。ただ大人しかっただけだったと思う。
でも小学生の頃、僕はある少年に苛められたことがある。
同じクラスだった彼は最初の頃、何かと僕に構ってくれていた。僕もそれが何だか嬉しくて、滅多に笑うことないながらに笑顔を見せられるようになった気がする。だがなぜかその後、彼はだんだん僕を苛めるようになってきた。
いわゆる今よくある苛めとは違うと思う。彼に苛められても、他の人が便乗することはなかったし、彼から酷い暴力を受けたこともない。
ただ、虫や爬虫類が苦手だった僕に、蛙や芋虫、カタツムリといったものを渡してきたり、帰り道に出会うと「バーカ、弱虫!」などと言ってからかってきたりされたのは今でも覚えている。
そう。多分あれ以来、ちょっと人と接するのが苦手になったような気がする。
あれ以来というか、幼い頃からだけに人格形成や人生のほぼ大半を占めているとしか思えないけれども。
五月先生が怖いのは、もしかしたら僕に優しく声をかけてきた上で苛めてくるからだろうか? あの彼を彷彿とさせる何かがあるとかだろうか? 性格も顔も何も似たところなどないとは思うのだけれども。
それとも最初に変な場面に遭遇しちゃったから妙に怖くて、そして五月先生も最初が最初だからこちらに変に絡んでくるのだろうか。
保健室に入ったところで、見てはいけないものを見てしまったある日を僕は思い出す。それまでは五月先生に存在を気づかれもしていなかったと思う。
でもあの日以来、五月先生はただひたすら笑顔で何やらしてくる。そして僕はそれが怖くて仕方なく、ひたすら隙あらば逃げようとしている。
やっぱり見ちゃったから、なのかなぁ。でも五月先生はそんなこと、気にもしていないようだった。そう言えば生徒に凄くモテているんだったっけ……。日常茶飯事、なのだろう、か……?
だとしたら本当になぜ僕に構ってくるのだろう。おまけに五月先生に構われて以来、他の先生から声をかけられることさえ増えたような気もしないでもない。今まで本当に誰の目にもとまらない、そんなつまらないちっぽけなヤツだったんだけどな、僕は。
だから飲み会の時も最近たまに話かけてくれるようになった興野先生や高樹先生に、お酒を勧められてしまった。いつもなら陰でこっそりウーロン茶を飲んでやりすごしていたというのに。
断れない僕は、飲めもしないのにビールを少しずつ飲んだ。やはり美味しいとは思えなかった。それにこういう賑やかな場では、本当にどうしていいのかわからない。
僕はだんだんとぼんやりしてしまった。そんな中、五月先生が話かけてくれたような気がする。でももう、ぼんやりしてよく覚えていない。
覚えていないといえば、あの子どもの頃の苛めっ子くんは何て名前だったっけな……。
確か……。
確か……。
「……神野、く……ん……」
「……こんな時に他の人の名前ですか。いい根性だ」
あ、れ……?
何だろう、僕の部屋で五月先生がニヤリと笑った気がした。でもやはりぼんやりとしてしまって。何だか夢心地な気分が、する。それは、わかった。
だけれども数少ない友だちと一緒に少しだけ飲んだことはあるので、得意ではないことは知っている。その友だちは理由はわからないけれども「お前は飲まない方がいいな」と言っていたので、素直にありがたくその意見を尊重させてもらっていた。
ほとんどない学校の付き合いにどうしても参加する場合も、大抵僕は一人だったからとりあえずウーロン茶でやりすごしていた。
つまらない男なのだろうとわかっている。以前唯一付き合った女性からも「お酒すら飲まないの?」と呆れたように言われた。そう言われても仕方ないだろうなとしみじみ思うほど、彼女はお酒も強かったし、それにまずとても明るい人気者の女性だった。だいたいなぜそんな彼女が僕に付き合って欲しいと言ってきたのかは、未だに謎だ。
一度だけ、何とか頑張って聞いてみたことがある。なぜ僕と付き合いたいなんて思ったのか、と。そうしたらニッコリ笑って「顔がまず好みだったの。あなたいつも俯き加減だから、皆はあまり気づいてないけどね」などと答えてきた。冗談を返されたのかなと返答に困っていると「性格もいいけど、でももうちょっと自分を出して欲しいんだけどね、これじゃあつまらない」と言われたのを覚えている。
ハキハキ自分の考えを話す、とても魅力的な人だった。付き合っている間も、ただひたすら圧倒されていた。そんなだから、当然いわゆる手を出す、何て考えることすらできなかった。
結局は「私のこと、やっぱり好きじゃないんだ」と言われて別れる結果になった。好きじゃないわけじゃない、いや、多分好きだったのだと思う。でもただただ圧倒され、僕はついていけてなかった。こんな僕に好意を示してくれた人だと言うのに。
それでも尚、僕は僕のこのつまらないであろう性格を変えるなどできるわけもなく。
そんなことがあったから、僕は人と接するのがますます苦手になってしまったのだろうか?
いや、どうだろう。
僕は元々子どもの頃から大人しい性格ではあったと思う。周りがワーっとなっていてもその中へ入っていけなかった。それでも今よりかはまだ人と接するのがそこまで苦手ではなかったように思う。ただ大人しかっただけだったと思う。
でも小学生の頃、僕はある少年に苛められたことがある。
同じクラスだった彼は最初の頃、何かと僕に構ってくれていた。僕もそれが何だか嬉しくて、滅多に笑うことないながらに笑顔を見せられるようになった気がする。だがなぜかその後、彼はだんだん僕を苛めるようになってきた。
いわゆる今よくある苛めとは違うと思う。彼に苛められても、他の人が便乗することはなかったし、彼から酷い暴力を受けたこともない。
ただ、虫や爬虫類が苦手だった僕に、蛙や芋虫、カタツムリといったものを渡してきたり、帰り道に出会うと「バーカ、弱虫!」などと言ってからかってきたりされたのは今でも覚えている。
そう。多分あれ以来、ちょっと人と接するのが苦手になったような気がする。
あれ以来というか、幼い頃からだけに人格形成や人生のほぼ大半を占めているとしか思えないけれども。
五月先生が怖いのは、もしかしたら僕に優しく声をかけてきた上で苛めてくるからだろうか? あの彼を彷彿とさせる何かがあるとかだろうか? 性格も顔も何も似たところなどないとは思うのだけれども。
それとも最初に変な場面に遭遇しちゃったから妙に怖くて、そして五月先生も最初が最初だからこちらに変に絡んでくるのだろうか。
保健室に入ったところで、見てはいけないものを見てしまったある日を僕は思い出す。それまでは五月先生に存在を気づかれもしていなかったと思う。
でもあの日以来、五月先生はただひたすら笑顔で何やらしてくる。そして僕はそれが怖くて仕方なく、ひたすら隙あらば逃げようとしている。
やっぱり見ちゃったから、なのかなぁ。でも五月先生はそんなこと、気にもしていないようだった。そう言えば生徒に凄くモテているんだったっけ……。日常茶飯事、なのだろう、か……?
だとしたら本当になぜ僕に構ってくるのだろう。おまけに五月先生に構われて以来、他の先生から声をかけられることさえ増えたような気もしないでもない。今まで本当に誰の目にもとまらない、そんなつまらないちっぽけなヤツだったんだけどな、僕は。
だから飲み会の時も最近たまに話かけてくれるようになった興野先生や高樹先生に、お酒を勧められてしまった。いつもなら陰でこっそりウーロン茶を飲んでやりすごしていたというのに。
断れない僕は、飲めもしないのにビールを少しずつ飲んだ。やはり美味しいとは思えなかった。それにこういう賑やかな場では、本当にどうしていいのかわからない。
僕はだんだんとぼんやりしてしまった。そんな中、五月先生が話かけてくれたような気がする。でももう、ぼんやりしてよく覚えていない。
覚えていないといえば、あの子どもの頃の苛めっ子くんは何て名前だったっけな……。
確か……。
確か……。
「……神野、く……ん……」
「……こんな時に他の人の名前ですか。いい根性だ」
あ、れ……?
何だろう、僕の部屋で五月先生がニヤリと笑った気がした。でもやはりぼんやりとしてしまって。何だか夢心地な気分が、する。それは、わかった。
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