猫と鼠

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9.狙いすます猫

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 新学期も滞りなく始まり中間試験も終わり。そんなある日、木村先生が「もしご都合よろしければ、今日にでも皆さんで飲みに行きましょうか」と皆に声をかけてきた。
 このおじいちゃん先生は物静かであまり話すタイプでないというのに、なぜか皆に一目おかれている。現に俺様タイプの堂本先生ですら「おぅ、いいね、じいちゃん先生!」と言い方は一目置いている風ではないが、ニコニコして答えている。

「内藤先生も行くっすよね」

 興野先生がその後で楽しそうに内藤先生に声をかけていた。

「ぇ、あ……、でも……」
「何すか?」
「いえ、その、僕はあまりお酒が得意じゃなくて……」

 内藤先生は俯き気味におずおずと口にした。まるで叱られそうなのを怯えている小動物だ。俺が内心そっと笑っていると早乙女先生が「五月先生もいらっしゃるでしょう?」と聞いてきた。まあ仕事も一段落しているし、それに内藤先生が行くなら、行くに越したことはないな。

「ええ、そうですね。お邪魔します」
「邪魔だなんて。邪魔っていうのは堂本先生みたいなのを言うのよ」
「んだと早乙女先生。俺からしたらアンタのが邪魔だし、俺三木先生と飲むからアンタの邪魔しねぇし」
「え? 私? でも私は途中で失礼させてもらいますけど」
「えー何でだよ、ゆっくり飲もうよ」
「何言ってんのよ、奈々子は新婚さんなんですからね。ばっかじゃないの?」

 俺の前でいつものように言い合いを始めやがった二人にため息つき、俺はとりあえず職員室を出た。
 放課後、先生方はしなければならない業務をとりあえずきりのいいところまでやり終えると、皆で居酒屋へ向かった。しょっちゅう行くわけではないが、先生方が飲みに行く時いつも利用する居酒屋なので、予約もすぐに取れたようだ。

「そんじゃ、かんぱーい!」

 よく世間では学校の先生は飲むとたちが悪い、と言われているようだが、全くもってその通りだ。日頃のストレスや鬱憤が酒により浄化されるんだろうな、となるべく暖かい目で見てやって欲しい。

 ……とは言え、ほんと煩いな。

 俺は飲んで暫くたつとワイワイ騒ぎ出した先生方を苦笑しながら見る。酒に弱い先生もこの時ばかりは存分に楽しもうと思っているのか、飲める限り飲んで楽しむ人が少なくともウチの学校には多いようだ。まあ堂本先生に至っては、酒が強いくせに騒ぐのが好きだから騒いでいるだけだろうが、な。
 俺は内藤先生をチラリと見た。高樹先生と興野先生に何やらからかわれているのか、赤くなって困ったように俯いている。まあ赤くなっているのは困っているからというより、酒のせいだろうけれども。
 弱いならウーロン茶にしておけばいいものの、多分あの二人に対して断れなかったのだろう。テーブルの上でビールジョッキを両手に抱えている。
 俺は「ちょっと失礼」と俺の両方に座って喋っていた早乙女先生と三木先生に断りを入れると内藤先生に近づいて行った。皆、もう好き勝手に飲んで喋ってはウロウロしているので、俺が内藤先生に近づいて行くのも誰も怪訝そうには見ない。 

「楽しんでますか?」

 丁度別の先生が来て話しかけたことで高樹先生と興野先生がそちらへ向いている際に、俺はさりげなく内藤先生の隣に座った。

「た、のしい、です、よ?」

 どう見ても楽しんでいるようには見えない表情で内藤先生は俺を見てきた。既に酔っているのだろう。遠慮がちなのは変らないが、いつものようにビクビクとしていないのは残念だ。でもその分、美味しそうな顔つきになっている。

 興野先生たちが男、イけるのかどうか知らないが、俯いていてくれててよかったな。

 こんな顔、下手に見せたらどう考えても危ないだろう。

「それはよかった。こういうところは楽しまないとですからねぇ?」
「ぁ、は、ぃ……」

 一応頷いてきたものの、内藤先生はまた俯きだした。気持ち悪くなったのだろうかと思っていると、今度は急に俺を見てきて目に涙を溜め始めた。さすがに驚いていると、内藤先生は俺にしがみつくようにして泣きごとを言ってきた。

「僕、僕やっぱり、だ、め、です……っ。こぅいぅところはぁ、どうしていいかわからないんで、すっ」
「ちょ……」

 すると周りに座っていた先生方がおかしそうに「五月先生が内藤先生泣かしたー」など小学生のようなことを言ってくる。今の流れを知っているからこそあえてそんな事を言うのだろうが、少し離れた席にいた先生たちは、少々ポカンとした様子でこちらを見てるじゃないか。
 俺はため息ついた。そして俺に抱きついてきている内藤先生を引きはがし、支えるようにして立ち上がる。

「どうやら内藤先生、かなり酔っておられるようです。お酒が得意じゃないとおっしゃってましたし少々心配なので、俺、このまま先生送ります」
「お気をつけて」

 ほとんどの先生は俺が保健医ということもあり、疑問もなくニコニコ送りだしてくれた。中には俺が帰るのを残念そうに見てくる先生もいらっしゃるが、すみません。どのみち俺はもう他に興味ない。

「送り狼、変なことすんなよ!」

 そして堂本先生は少し黙れ。



「内藤先生? 大丈夫ですか? ほら、家、どこです」

 タクシーに乗ると、俺は何とか内藤先生から家を聞き出す。一応職員名簿から住所はだいたい把握してはいるが。

「ん……、それか、らぁ……駅沿いの道路からまぁっすぐ行ってー、あれ……? どっち、でしょ、ぉ……? あ、右れす……」

 真面目な内藤先生は、酔っぱらっても基本まじめだった。回らない頭を何とか動かし、困りつつも説明してこようとする姿がまたこちらをそそってくる。
 運転手さんは、そんな内藤先生を見てから俺に同情したような目を向けてきた。

 ああ、運転手さん。同情するなら、このかわいらしい、檻にとらわれた鼠にしてあげるといいですよ?
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