依存体質

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夜明け前

宿屋にて1

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【宿屋にて1】


ハルカに背負われて宿屋へ入る。

「あらハルカちゃん。おかえりなさい」

カウンターから、恰幅の良い女性が声をかけた。

「はい。アンナさんただいま帰りました」

ハルカがアンナの近くに言って、部屋の鍵を受け取る。

「後ろの子はどうしたんだい?」

アンナは怪訝そうな様子を見せる。

「知り合いの子供で、ちょっと預かることにしたんです」

愛想笑いで誤魔化しながらハルカが答えた。
ハルカはこの宿屋を拠点にしているらしいので、大っぴらに奴隷を購入したとは言いにくいのだろう。

いや、この世界の価値観分からないけど。

アンナは次に僕に視線を向ける。
探るような好奇心の塊みたいな視線だ。

拒否反応というわけではないが、反射的にハルカの首筋の後ろに顔を埋めるようにして隠す。

隷属の首輪も髪に隠れて見えにくいし、背負われてからの定位置になっていたりする。

「あら、そうなのね。その子もすっかりハルカちゃんに懐いてるみたいだし、同じ部屋で良いかしら?」

「はい、大丈夫です」

了解したよとばかりにアンナがうなづく。
そして、カウンターの後ろの時計を指差す。

「言わなくても分かると思うけど、夕食の時間は19.00から20.00までだよ。
あと2時間くらいだから忘れないようにね」

この世界の時間は日本と変わらない。
曜日も日付も月も……。
さすがに年号は変わるが。

「分かりました。
それではまた」

ハルカは軽く頭を下げて、宿屋の階段を登っていく。

鍵を受け取る時に部屋番号は204号室と書いてあったので、きっとそこに向かっているのだろう。

階段を登り、廊下を少し進むと204号室の部屋の前に来た。

ハルカは僕を背負ったまま、片手で器用にドアを開ける。

落ち着いた雰囲気の部屋だった。
洗面所にトイレ。
シャワーまであったので、やはりそこそこ良い宿屋なのだろう。

部屋の中央では。天井に取り付けられたランプが、大きな木製のベッドを照らしていた。

ハルカは背負っていた僕をベッドにゆっくり下ろすと、グッと伸びをした。

「ふぅ~、帰ってきたね!」

帰る。
ハルカにとってはここが拠点なのだから帰ってきたという感覚なのだろう。
だが、僕は初めての環境に落ち着かない気持ちでいっぱいだった。

「んー、でもヒナタくんはあれだよね。
いらっしゃい……なのかな?」

ハルカはそう言って可愛らしく首を傾げる。
そして暫く、口元に手を当てて悩む素ぶりをした。

「うん。
とりあえずそのベッドに横になってくれる?
靴は……履いてないから、そのままで大丈夫だね」

言われた通りにベッドに横になる。
足をハルカに向ける形になり、部屋に入った時とは別の意味で落ち着かなかった。

「よし、それじゃあちょっと足を触るね」

そう言って僕の足を持ち上げる。

「足は完全に動かない感じかな?」

問いに僕はうなづく。

持ち上げた足が暫くいじられるようにペタペタと触られたり、軽く曲げられたりした。

「骨が折れてるとかじゃなくて、純粋な栄養不足による筋力の欠如と、元々の虚弱体質ってところかな?」

ハルカはそう結論づける。
僕が元々体弱かったことを見抜けるなんて、ハルカは医師なのだろうか?
と思った。

「なら、普通の治癒魔法で良いね。
ちょっとだけ変な感じになるけど我慢してね」

そう言うと、何やらハルカの手から暖かい緑色の光が出てきて、僕の足を包んでいく。

それはお風呂に入る感覚に似ていて心地が良かった。

10秒くらい、感覚としてはもっとだが、足が光に包まれていた。

光が消えて、僕は無意識に足を動かしていた。
なぜだか分からないが足が動くような気がしたのだ。

すると、今まで全く反応しなかった足が弱々しく上下に動く。
上下運動を繰り返していると、だんだんと弱々しさも消えてスムーズに動くようになっていた。

僕は嬉しくなって自然と笑顔が溢れてしまう。
もしかしたらと思い、ベッドから降りてみる。


すると、僕は立っていた。
自分の足で二本の足で、地面を踏みしめていた。

少し不安定だけど、僕の体重を二本の足は支えていた。

生まれて初めて、自分の足でしっかりと立っていたのだ。

軽く歩いてみる。
よろけそうになるが問題なく歩けた。
自分の足で進んでいた。

ベッドの周りをぐるぐると歩き回った後にハルカを見る。
ハルカは、驚きでいっぱいの僕を、とても優しい顔で見ていた。

気がついたら涙が溢れていた。
涙は両目からぼろぼろとこぼれ落ちる。
瞬きもせずに涙を流した。

悲しいのか嬉しいのかは分からなかったし、目が乾いただけかもしれなかったけど、なぜか涙が出た。

日本にいた頃に、テレビやブログで泣くように指示された時には上手く出てくれなかった涙が、宝石のようにキラキラと光を反射して滴り落ちる。


「あ、……あり……がと」

ただでさえ声が出にくいのに、涙声になっていたので、口から出たのはやはり途切れ途切れの言葉だった。

ハルカは泣いている僕を見て、一緒驚いていたが、すぐにまた優しい表情に戻り、僕の頭を撫でてくれた。


何分くらいそうしていただろうか。
僕が泣き止むと、ハルカも撫でるのをやめる。

少し名残惜しく感じた。

「大丈夫?落ち着いた?」

ハルカの問いに、うなづいて返す。

「それじゃあ、ご飯までにもう一つ済ませちゃおうか」

ハルカはそう言うと、ポーチから金色の鍵を取り出した。
奴隷商人から受け取っていた隷属の首輪の鍵だ。

それをどうするのだろうかと思っていると、僕の首輪に近づけてきた。

僕は反射的に首輪を庇うようにして、手で首輪を隠してしまう。

「どうして首輪を隠そうとするの?」

ハルカは驚いた感じだった。

「奴隷なんてヒナタも嫌だろうし、すぐに解放するつもりだったんだよ」

そう続ける。

僕はそれが怖かった。

奴隷から解放される。
普通に考えれば良いことで素晴らしいことなのだろう。

けれどそれは、ハルカとの繋がりが切れてしまうということだ。

動物の赤ちゃんの多くは生まれた直後に、自分の足でしっかりと立つと言う。

僕が初めて自分の足で立てたのはさっき。
つまり僕はさっき生まれて新たな生を受けた……これから僕の人生が始まるという考え方も出来る。

そうした場合に、そのキッカケとなり優しいハルカは僕にとって絶対に必要な存在だった。

出会ってから今までは本当に短時間だった。
けれど、僕は自分の足で立つことによって完全にハルカに依存してしまった。

一瞬の出来事だったのだが、ハルカが好き~や恩を感じて……ではない。
一方的な依存。

動物的な思考で、親を投影してるのかもしれないし、キッカケとしての象徴を見ているのかもしれない。

けれど皮肉にも、完全に自分の足だけでは歩けなくなってしまったのだ。

だから、ハルカとの繋がりを感じられる首輪を外されることは身を剥がれるようなことだった。

僕の拒絶に困惑しながらも、もう一度鍵を近づける。

「……い………やっ!」

僕は首を強く横に振って抵抗した。
奴隷から解放なんてされたくなかった。

ハルカは困ったように僕を見ていた。
僕は最低だ。

あんなに僕に良くしてくれたハルカを困らせるようなことをしているのだから。
僕だけの為に。

「もしかして、奴隷から解放されたら私がヒナタのこと捨てると思ってる?」

ハルカの問いに恐る恐るうなづきを返す。

するとハルカは笑った。

「あはは、そんなわけないよ。
ヒナタの足を治したのだって、一緒に旅をする為だからね。
さすがに金貨500枚で買った奴隷を即座に解放するほど、私は気前よくはないよ」

茶目っ気を含めながら続ける。

「首輪を外そうとしたのは奴隷を連れてる~なんて見られるのが嫌だったから。
アンナさんにバレたら問い詰められること間違いないしね。
それに、ヒナタは首輪がなくたって別に逃げたりしないでしょ?」

いたずらっぽくハルカが僕を見るので、慌ててコクコクとうなづいた。

「この帽子もあるし、首輪は外させてくれるかな?」

ベッド脇に置いてあった麦わら帽子を僕に被せて、僕を真っ直ぐに見る。
僕もうなづく。

ハルカはそれを見て満足そうな表情をすると、鍵をあっという間に通して、首輪を外してしまった。

1年間つけていた首輪が首から外れた。
ガチャリと音を立てて、黒い首輪が床に落ちた。

首元がスースーして、変な感じだが慣れるように頑張ろうと思った。

首元に手をやってさする僕を、やはりハルカは優しそうな表情で見つめるのだった。







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