依存体質

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夜明け前

召喚

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【目覚め】


目を開けた。
視界いっぱいに光の粒子が広がっていた。

「や、やったか!?」

どこか緊迫と期待が乗せられた声が聞こえた。

よく分からないが、だんだんと光の粒子が消えて視界に飛び込んで来たのは、今にも死にそうな中年男性の顔だった。

そして辺りを見回す。
僕がシミの場所まで覚えている、真っ白な病室ではなかった。

大理石の床にレッドカーペットが敷かれ、壁にはところどころに美しいステンドグラスや絵画。
天井からは豪奢なシャンデリアが吊り下げられている。

おまけに、レッドカーペットを挟むようにして鎧を着た騎士のような人たちが綺麗に整列していた。

そして騎士の列から辿っていくと玉座があり、人影があった。

あまりにも突飛な状況に思考が追いつかない。
僕は病室のベッドの上にいたはずだ。
それがなぜ、このような場所にいるのだろうか……?

僕が立っていた周りの魔方陣らしき紋様には未だに光の残滓がキラキラと残っている。

そして、最初に顔を見た死にそうな中年男性はフラフラとした足取りで騎士の列の最後尾へと向かっていった。

あれ……。
僕は立っているのか?

玉座に座っていた人影がおもむろに立ち上がり近づいて来る。
そして、おもむろに両手を広げて……。

僕は病院のベッドで……。

「ようこそ。勇者「ドサッ!!」」

ずっと寝たきりだったはずだから、立っていられるはずがないんだよね。
両手を広げて固まってしまった人をチラ見しながら申し訳なさが浮かんでくる。

それにしても勇者…?
物語やRPGに出てくる勇者のことだろうか?

僕は意識を手放しながらそんなことを考えていた。











だいたい、それが1年ほど前のことだ。
僕は今首輪を嵌められた状態で薄汚い牢屋に入れられている。

「ほらよ!今日のぶんのエサだ!」

見るからに不潔でガラの悪そうな牢番が、牢の隙間からガチガチに固まった固形物を投げ入れる。

僕は完全に動かなくなった足を引きずるようにして移動する。
そして、その固形物を手にした。

ガジガジと齧る。
腐った生ゴミの味がした。
吐きそうだが、慣れてきたし、生存本能がそれを許さずに次々と口へ運んでしまう。

食べたことはないが、カロリーメイトを極限までマズくしたものと言えば伝わりやすいかもしれない。

食べ終わるとごろりと横になる。
僕は奴隷だが、何もしなくて良いのだ。
しなくて良いというより、出来ないのだが。

周りの奴隷の人たちは、みんな強制労働の時間だ。
サボったりミスをすると、鞭や焼けた鉄の棒で殴られるみたいだ。

されたことがないので分からないのだが、焼けた鉄の棒で殴られると凄く苦しくて痛いらしい。

苦しいのも痛いのも苦手ではないけど好きではないから、今の環境に感謝しようと思う。

僕は愛玩奴隷という商品らしい。

僕のように働くことが出来ない奴隷は、人体実験用に買われることも多いのだが、若い女性たちだと愛玩用としての人気がある。

僕は男なのだが、外見は良いということで

「変態貴族に高く売りつけてやるからな」

とよく言われていた。
それは構わないのだが、奴隷として強制労働をしていないぶん、商品価値を高める為に最低限の教養というものを与えられた。

とはいえ、愛玩用奴隷にとって最低限とは読み書き~と言ったレベルなのだが……。


隣の牢屋に、強制労働を終えた奴隷たちが帰ってきた。
牢番に番号を点呼させられて、奴隷のエサを受け取っている。

牢屋と牢屋の間には隙間の多い鉄格子があるだけだ。
奴隷にプライバシーなんてものはない。

幸いなことに僕の牢屋は一番端っこだったので、接しているのは隣の集団牢屋一つだけだ。

集団牢屋にはだいたい6人ほどがいて、定期的に人が入れ替わる。

僕が集団牢屋ではないのは、ストレスの溜まっている奴隷たちに集団暴行されて死なない為だ。

いつも乱暴な牢番がヘコヘコしながら案内している奴隷商人によると、僕の商品価値はかなり高いという。
それは何だか少し嬉しかった。

コンコンコン。

隣の集団牢屋から、仕切りの鉄格子をノックする音がした。

今までにも何回か同じようなことがあった。
隣の部屋の僕のことが気になるのだろう。

手の力だけで這いずるように移動して仕切りに近づく。

そうして見上げると、首輪の番号からして、どうやら新入りの奴隷らしかった。
僕に興味を示したとして、毎日過酷な強制労働と劣悪な環境の中では自分が生きることだけで精いっぱいになる。

だから話しかけてくるのは決まって新入りの奴隷だけだ。

「よぉ、辛気臭え顔してんな」

いきなり失礼なことを言ってくる彼を上から下まで眺める。

体つきは大柄の部類で、赤の短髪を綺麗に刈りそろえている。
新入りということで、身なりはさほど汚くない。
ほどほどに整った顔立ちは、まだ引き締まっていて意志の強さを感じさせる。

腕や胸にはかなりの筋肉がついていてかなり鍛えられていたのだろう、力強そうだ。

ひ弱な僕とは真逆で羨ましくなる。
だから少し嫌がらせをしたくなった。

「ふふ、ようこそ地獄へ。歓迎するよ」

そう言ってにっこりと微笑むが、どこか弱々しげな笑みになってしまう。

すると彼は一瞬驚いたような顔をして、ニヤリと笑う。

「あぁ、よろしくな。俺のことはマルコって呼んでくれ」

「分かった。よろしくマルコ。僕はヒナタで良いよ」

今度はマルコがジロジロと僕の方を観察するように見てくる。
僕は立てないので自然と寝転びながら……つまり圧倒的に見下ろされてる感が凄かった。

「ヒナタって元々は貴族の坊ちゃんだったりしたのか?」

僕を観察し終えた第一声がそれだった。
確かに戦争とかで捕虜になった貴族とかはよく奴隷落ちさせられてる。

「ううん、違うよ」

「そうなのか。なんか奴隷らしくないと思ってな」

僕の否定に驚いた様子を見せた。


「それを言うならマルコだって奴隷らしくはないね。新入りだからだろうけど」

目線で分厚い筋肉を指す。
するとマルコは苦笑して

「俺は元々傭兵だったんだけどな。ドジやって捕まっちまったのよ」

「なるほど傭兵だったんだ。僕の場合は……」

と言いかけて言葉を切る。
マルコが、うん?と言った表情を浮かべるが、すぐに、あぁと納得した感じを出す。

「まぁまぁ、奴隷になるってことはワケ有りなんだろうさ。話したくないことを無理に話さなくても良い」

「いや、別に話したくないわけじゃないんだ。ただ説明の仕方を考えていただけ」

そう。
言っても信じてもらえないだろうというレベルだからだ。
奴隷という底辺まで落ちているのに、今更隠す必要もない。

「勇者召喚って知ってる?」

尋ねると、マルコは当たり前だという風に頷く。

「あれだろ、白の国が黄の国との戦争に勝つために異世界から超人的な力を持った人間を呼び出すとかいうやつ」

「うん。その通りだね」

「それがどうかしたのか?」

僕はマルコに目線を合わせて言う。

「その勇者って僕のことなんだよね」

「は?」

案の定、マルコがフリーズしてしまった。
僕なんかが勇者に見えるはずがない。

世間一般的な勇者のイメージというのは、先ほどマルコが言った超人的な力を持つ人間というものだろう。

ましてや奴隷として牢屋に入れられているなんて、誰が想像するものだろうか。

10秒ほどの時を得て、マルコが再起動した。

「本当なのか?」

「うん。今は奴隷だし元勇者だけどね」

「なんで奴隷なんかに……」

訝しむような視線を向けられる。
まぁ、そう簡単には信じられないよね。

「勇者召喚されたは良いんだけど、僕って体が弱いから使いものにならなかったんだよね。そしたら怒った王様に奴隷として売り飛ばされちゃったんだ」

勝手に呼んどいて酷い話だよね、と付け加える。

「そうだったのか……。色々と大変だったな」

「あはは、それはお互い様だよ」

「まぁそうだな」

目を合わせて互いに苦笑する。

それからマルコは異世界、つまり日本の話を聞きたがったので、軽く説明を加えながら話す。
そして、僕は逆にこの世界の話を色々としてもらった。

中でも食いつきが良かったのは、日本の料理の話だった。
僕も、離乳食がマシになった程度の病院食しか食べたことがないから、上手く説明出来たかは分からないけど。

ご飯が毎日奴隷のエサ1つという悲しい現状では、想像だけで二人のお腹は音を立てて鳴った。

マルコは白の国のレジスタンスに協力していたらしく、アンダーグラウンドな情報に詳しかった。

レジスタンスは普通捕まったら死刑なのだが、マルコは傭兵ということで奴隷落ちで済んだらしい。

ここから出て、早く仲間たちのところへ合流したいと言っていた。

そんなこんなで数時間。
牢番すら眠っているような夜中まで話し込んでしまった。
1年間の奴隷生活の中で久しぶりにたくさん話をした。

「そろそろ寝なきゃ明日が持たねえな」

マルコは強制労働組なので、体力がないことは命の危険に直結する。
あまり夜更かしし過ぎるのは危ない。

「そうだね。遅くまでごめんね。おやすみ」

「あぁ、また明日な。おやすみ」

そう言うと、鉄格子から離れたとこにある薄い毛布にくるまって寝始めた。

僕も暇になり、やることもないから寝ることにした。

また足を引きずるように、手の力だけで移動して、僕も毛布にくるまって寝ることにした。











朝が来た。
病院とは違って、牢番の罵声で強制的に目が覚める。

隣の牢屋では、寝ぼけながら奴隷たちが強制労働の準備をしていた。

その中にはマルコもいて、僕と目が合うとニヤリと笑いかけてくれた。
僕もそれに応じて小さく手を振る。

そうして5分もしないうちに、牢番に連れられて全員牢屋から出て行った。

普段はこのままもう一眠りするところなのだが、今日は『教養』の日なので起きていなければならない。

3日に1度ある『教養』の日は、退屈を持て余している僕の数少ない楽しみの一つだ。

まぁ、ロクなものではないが……。

呼ばれるまでの間、誰もいない隣の牢屋を見てぼうっと過ごした。







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