依存体質

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夜明け前

prologue

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【prologue1】





----I don't need all your love----





朝が来た。

見えない朝日が昇る。
全身で今日という日の訪れを感じない。
目覚まし時計の賑やかな音も、一番鶏の鳴き声も聞こえない。

ただ無機質な音が一定のリズムを刻む。

その音も白く染められた壁に溶けて消えていく。


僕にとって、時間というものは概念でしかない。
毎日変わり映えのない病室での生活は、社会の時の流れから切り離されているからだ。

僕くらいの年齢の子供は、朝起きたら準備をして学校というものに行くらしい。
学校が終わったら部活をして家に帰り、家族団欒の時間を過ごす。
夜が来ると寝て、また明日へと備えるという……。

けど、生まれた時から体が弱い僕は学校へ行ったことがない。
24時間365日ベッドの上にいる。

ベッドの上だと出来ることは少ない。
本を読んだり、インターネットをしたりするくらいだ。


キキーッと静かな音を立てて病室の扉が開いた。

ゆっくりと入って来たのはスーツ姿の中年の男性。
人の良さそうな笑みを浮かべて僕の方へと向かってくる。

「陽向くんおはよう。調子は大丈夫かい?」

そう言ってベッドの側の椅子に座る。
僕は少し体を起こして応対しようとするが、いきなり体を動かした為に咳き込んでしまう。

「ゴホッゴホッ……」

「あぁ、無理しなくて良いよ。いつも通り楽な姿勢で構わない」

そう言って、僕の体を優しく支えてくれる彼は優しい人だ。

僕をベッドにもたれかからせるようにして、彼は持って来たパソコンを広げる。

画面には「ヒナタの日記」と書かれたブログが映っていた。

「今日の分、更新してもらっても良いかな?」

彼が申し訳なさそうに言う。

「もちろんですよ。それが僕に出来る唯一の仕事ですから」

僕がそう返すと、彼はありがとう……と辛そうに言った。
彼が罪悪感を感じる必要なんてないのに。

慣れた手つきで文章を書いていく。
病院のご飯がどうだった。
検査が辛かった。
面白い本を見つけた。
難しかったゲームをクリアした。

どうでも良いことを並べる。
そうして文章の厚みを増して大切なことを書いていく。

検査の結果が○○だった。
今日もお父さんがお見舞いに来てくれた。
お父さんをよろしくお願いします。
僕はお父さんが大好きです……と。

書き終わり、適当な写真を載せて更新をする。

「はい、出来ましたよ」

「あぁ、お疲れ様……」

彼にパソコンを渡す。
彼はどこか暗い雰囲気を纏いながらパソコンを仕舞うと席を立つ。

「それじゃあ、僕は保興先生のところに戻らなくちゃ」

「はい。また来週会いましょう」

「うん、元気でね」

時間にして20分ほどの滞在だった。
大政治家、天野保興の付き人は忙しいのだろう。

本当なら朝のバタバタしている時に病室を訪ねれるはずがないんだけど……。

と、そこまで考えて体をベッドの上に再び横たえる。

忙しい中でも僕に毎週会う理由は、父の指示なのだろう。
彼が先ほど持ってきたパソコンの「ヒナタの日記」というのは僕が書いている毎週更新のブログだ。

このブログはサイト内でも有数の人気を集めている。

理由は三つほどある。

最初に、僕が大政治家の天野保興の息子だからというものだ。
初めからネームバリューがあるので目につきやすいのだろう。

二つ目は、若干17歳にして病室以外の世界を知らない……といった悲劇性がSNS等で話題になったから。

三つ目は外見だ。
僕の外見は、病死したウクライナ出身の母の遺伝子を色濃く受け継いでいる。
父に半分無理矢理手を出され、僕を産む時に死んだ母はモデルをしていた。
だから、見目の良さという点で観客が感情移入しやすいのだろう。

これらを踏まえた上で、政治家の天野保興は僕を使える駒と判断した。
そして、僕は父の指示どおりにブログを始めた。

父の作戦通りといったところか、このブログをキッカケに天野保興を支持する~といった層が増えているのだ。

僕というお荷物の存在価値は、ブログという細い糸で縫い止められていた。

とはいえ、僕は父に対して恨みなどない。
彼は僕が生きて行く上で最低限のことはしてくれていた。
それに見返りを求めただけなんだ。

顔も数えるほどしか合わせたことがない。

ただ、愛してもらえてないんだと言う事実があるだけ。
それだけだから、恨んだりはしない。

元々は僕が生まれた時から欠陥品だったことが悪いのだから。

普通じゃない僕が、普通の人と同じように愛を求める資格なんてない。

少し眠いな。
何もしていないんだけど。
何もしていないからこそ、疲れたみたいだ。

僕は目を覚ましてから1時間もしない内にまた目を閉じた。


最近その間の時間が少しずつ、短くなっている気がした

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