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13:変動
軋む日常
しおりを挟む派遣された黒竜討伐軍が来るまでおおよそ一月と知った翌日。出ていた熱が治まったイヴはまた店に出た。準備も滞りなく終える。体調を崩していた事を感じさせないくらいに。
開店の証を表に出して、ドアを開け客を入れていく。中に入っていく中で、常連の女性が足を止めた。イヴは首を傾げる。
「昨日、体調崩してたんですって? もう大丈夫なの?」
「は、はい。軽いものだったので」
「元気になって良かったわ。これ、三人で食べなね」
「あ……ありがとうございます」
押し付けられるように小さな革袋が胸の前まで差し出される。両手で受けとると女性客は扉を開けて入っていった。中を覗き見るとそこには見たことのある赤い果実が入っていた。この町の収入源であるラフートだ。以前食べた時の味を思い出して、イヴの表情はパッと明るくなった。店に戻ってシェリーに伝え一度置いてから接客へと移る。
ラフートを渡してきた女性客以外にもイヴは声をかけられた。一言二言程度だったが、何人もが案じてくれていた事がイヴに伝わるには十分だった。
「いつも一生懸命やってるものねぇ。疲れちゃったのかしら。何にしろ良かったわぁ」
「……ありがとう、ございます」
穏やかな声が案じ、去っていく。
ぎしりと心が軋みを上げる。ただ一日店にいなかっただけで客たちは異変に疑問を浮かべるような状態に、この町を出ていくなど出来るのか迷わせた。
朝の販売を終えて食事のため居住スペースへと入るとシェリーの手伝いをする形で調理していく。三人分出来上がると席について食べ始める。
「イヴくん、体はもう大丈夫そうかい?」
「熱はなくなりました」
「終わったら出掛けるなら今日は病み上がりだしやめておきなよ?」
「…………はい。でも……しばらくは、行かないと思います」
店を出てからよく出掛けていた事について言及され、イヴは俯く。あからさまに落ち込んでいる様子に、二人は顔を見合わせた。グレンが訊こうとしたが、シェリーが首を振り言葉を引っ込める。シェリーに貰い物の果実を食べるよう促され、口にする。初めて食べた時と同じ味が口に広がった。
「おいしい……」
「ここにしかないと言ってもいいくらいだからね。あってもここほどはないはずさ」
――フェリーク様、もうパン食べてるかな。ラフートを入れたパンとか、食べるかな……。
「あの……ラフートはパンに合いますか?」
「ん? 果汁が多いから難しいかな。種のこともあるし」
「向いていないんですね」
「また何か考えてみるかい?」
「新しいパン……あんまりアイデアは浮かばなくて……」
収穫祭の時のように、何か新しいパンをまた産み出さないかとグレンに提案された。イヴは迷った様子ながら断ろうとしていた。だが、つとリリスに伝言と共にパンを渡した時の事を思い出す。パンならまた渡せるかもしれない。リリスにまた頼む事になるが、それでもフェリークに届く。言葉も、パンも。
その考えに至った時、イヴは自然と口を開いていた。
「あ、あの。考えるんじゃなくて、パンを作ってみるとかはダメですか?」
新作のパンの案を出すのではなく、パン作りをしたいとイヴは言った。グレンは目をぱちくりさせている。我に返った様子でイヴは小さく声を発すると萎縮し始めた。
「すみません……忙しいし、作った事がないわたしに焼かせるなんて、無理、ですよね」
「いいや。構わないよ」
「……いいんですか?」
パン屋の朝は早く、グレンは早朝から作業しているのを知っている。そんなグレンが二つ返事で頷いてくれた事にイヴは吃驚して聞き返せば、グレンは笑顔で肯定した。二人のやりとりを見ていたシェリーは思い出したように口を開く。
「そういえば、あんたが考えたパン好評だったよ。あのパンはないのかって訊いてくる客もいたし」
「そうなんですか?」
「それならリンゴとハチミツのパンをもう一度作ってみようか。今度は自分で」
「自分で、あのパンを……」
考案したパンを自ら作る。自身の手で生み出す初めてのパンがリンゴとハチミツのパンである事にイヴの顔に喜色が浮かんだ。
「はい…! 作ってみます」
「よし、それなら粉ふるいからだ。食べ終わったら早速取り掛かろうか」
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