65 / 71
13:変動
軋む日常
しおりを挟む派遣された黒竜討伐軍が来るまでおおよそ一月と知った翌日。出ていた熱が治まったイヴはまた店に出た。準備も滞りなく終える。体調を崩していた事を感じさせないくらいに。
開店の証を表に出して、ドアを開け客を入れていく。中に入っていく中で、常連の女性が足を止めた。イヴは首を傾げる。
「昨日、体調崩してたんですって? もう大丈夫なの?」
「は、はい。軽いものだったので」
「元気になって良かったわ。これ、三人で食べなね」
「あ……ありがとうございます」
押し付けられるように小さな革袋が胸の前まで差し出される。両手で受けとると女性客は扉を開けて入っていった。中を覗き見るとそこには見たことのある赤い果実が入っていた。この町の収入源であるラフートだ。以前食べた時の味を思い出して、イヴの表情はパッと明るくなった。店に戻ってシェリーに伝え一度置いてから接客へと移る。
ラフートを渡してきた女性客以外にもイヴは声をかけられた。一言二言程度だったが、何人もが案じてくれていた事がイヴに伝わるには十分だった。
「いつも一生懸命やってるものねぇ。疲れちゃったのかしら。何にしろ良かったわぁ」
「……ありがとう、ございます」
穏やかな声が案じ、去っていく。
ぎしりと心が軋みを上げる。ただ一日店にいなかっただけで客たちは異変に疑問を浮かべるような状態に、この町を出ていくなど出来るのか迷わせた。
朝の販売を終えて食事のため居住スペースへと入るとシェリーの手伝いをする形で調理していく。三人分出来上がると席について食べ始める。
「イヴくん、体はもう大丈夫そうかい?」
「熱はなくなりました」
「終わったら出掛けるなら今日は病み上がりだしやめておきなよ?」
「…………はい。でも……しばらくは、行かないと思います」
店を出てからよく出掛けていた事について言及され、イヴは俯く。あからさまに落ち込んでいる様子に、二人は顔を見合わせた。グレンが訊こうとしたが、シェリーが首を振り言葉を引っ込める。シェリーに貰い物の果実を食べるよう促され、口にする。初めて食べた時と同じ味が口に広がった。
「おいしい……」
「ここにしかないと言ってもいいくらいだからね。あってもここほどはないはずさ」
――フェリーク様、もうパン食べてるかな。ラフートを入れたパンとか、食べるかな……。
「あの……ラフートはパンに合いますか?」
「ん? 果汁が多いから難しいかな。種のこともあるし」
「向いていないんですね」
「また何か考えてみるかい?」
「新しいパン……あんまりアイデアは浮かばなくて……」
収穫祭の時のように、何か新しいパンをまた産み出さないかとグレンに提案された。イヴは迷った様子ながら断ろうとしていた。だが、つとリリスに伝言と共にパンを渡した時の事を思い出す。パンならまた渡せるかもしれない。リリスにまた頼む事になるが、それでもフェリークに届く。言葉も、パンも。
その考えに至った時、イヴは自然と口を開いていた。
「あ、あの。考えるんじゃなくて、パンを作ってみるとかはダメですか?」
新作のパンの案を出すのではなく、パン作りをしたいとイヴは言った。グレンは目をぱちくりさせている。我に返った様子でイヴは小さく声を発すると萎縮し始めた。
「すみません……忙しいし、作った事がないわたしに焼かせるなんて、無理、ですよね」
「いいや。構わないよ」
「……いいんですか?」
パン屋の朝は早く、グレンは早朝から作業しているのを知っている。そんなグレンが二つ返事で頷いてくれた事にイヴは吃驚して聞き返せば、グレンは笑顔で肯定した。二人のやりとりを見ていたシェリーは思い出したように口を開く。
「そういえば、あんたが考えたパン好評だったよ。あのパンはないのかって訊いてくる客もいたし」
「そうなんですか?」
「それならリンゴとハチミツのパンをもう一度作ってみようか。今度は自分で」
「自分で、あのパンを……」
考案したパンを自ら作る。自身の手で生み出す初めてのパンがリンゴとハチミツのパンである事にイヴの顔に喜色が浮かんだ。
「はい…! 作ってみます」
「よし、それなら粉ふるいからだ。食べ終わったら早速取り掛かろうか」
0
お気に入りに追加
25
あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

皇太子夫妻の歪んだ結婚
夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。
その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。
本編完結してます。
番外編を更新中です。

邪魔しないので、ほっておいてください。
りまり
恋愛
お父さまが再婚しました。
お母さまが亡くなり早5年です。そろそろかと思っておりましたがとうとう良い人をゲットしてきました。
義母となられる方はそれはそれは美しい人で、その方にもお子様がいるのですがとても愛らしい方で、お父様がメロメロなんです。
実の娘よりもかわいがっているぐらいです。
幾分寂しさを感じましたが、お父様の幸せをと思いがまんしていました。
でも私は義妹に階段から落とされてしまったのです。
階段から落ちたことで私は前世の記憶を取り戻し、この世界がゲームの世界で私が悪役令嬢として義妹をいじめる役なのだと知りました。
悪役令嬢なんて勘弁です。そんなにやりたいなら勝手にやってください。
それなのに私を巻き込まないで~~!!!!!!

【完結】赤ちゃんが生まれたら殺されるようです
白崎りか
恋愛
もうすぐ赤ちゃんが生まれる。
ドレスの上から、ふくらんだお腹をなでる。
「はやく出ておいで。私の赤ちゃん」
ある日、アリシアは見てしまう。
夫が、ベッドの上で、メイドと口づけをしているのを!
「どうして、メイドのお腹にも、赤ちゃんがいるの?!」
「赤ちゃんが生まれたら、私は殺されるの?」
夫とメイドは、アリシアの殺害を計画していた。
自分たちの子供を跡継ぎにして、辺境伯家を乗っ取ろうとしているのだ。
ドラゴンの力で、前世の記憶を取り戻したアリシアは、自由を手に入れるために裁判で戦う。
※1話と2話は短編版と内容は同じですが、設定を少し変えています。

だいたい全部、聖女のせい。
荒瀬ヤヒロ
恋愛
「どうして、こんなことに……」
異世界よりやってきた聖女と出会い、王太子は変わってしまった。
いや、王太子の側近の令息達まで、変わってしまったのだ。
すでに彼らには、婚約者である令嬢達の声も届かない。
これはとある王国に降り立った聖女との出会いで見る影もなく変わってしまった男達に苦しめられる少女達の、嘆きの物語。
月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~
真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。
敗戦して嫁ぎましたが、存在を忘れ去られてしまったので自給自足で頑張ります!
桗梛葉 (たなは)
恋愛
タイトルを変更しました。
※※※※※※※※※※※※※
魔族 vs 人間。
冷戦を経ながらくすぶり続けた長い戦いは、人間側の敗戦に近い状況で、ついに終止符が打たれた。
名ばかりの王族リュシェラは、和平の証として、魔王イヴァシグスに第7王妃として嫁ぐ事になる。だけど、嫁いだ夫には魔人の妻との間に、すでに皇子も皇女も何人も居るのだ。
人間のリュシェラが、ここで王妃として求められる事は何もない。和平とは名ばかりの、敗戦国の隷妃として、リュシェラはただ静かに命が潰えていくのを待つばかり……なんて、殊勝な性格でもなく、与えられた宮でのんびり自給自足の生活を楽しんでいく。
そんなリュシェラには、実は誰にも言えない秘密があった。
※※※※※※※※※※※※※
短編は難しいな…と痛感したので、慣れた文字数、文体で書いてみました。
お付き合い頂けたら嬉しいです!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる