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12:新しい時代のために
それでも彼を想う
しおりを挟むいつまでも結論が出ないイヴに、リリスは半身をベッドに倒して見つめた。
「ねえ、あなたフェリーク様と番になりたいんじゃないの?」
「つっ……番って」
「違うの?」
唐突に出た話題にイヴは慌てふためく。彼にとっての何になりたいか。夫婦の契りを交わし、番と認識されたいのか。そんな直接的な質問に狼狽えるが瞳は射抜くように見ている。
「わ、わたしは……ただ……」
頭を過ったのは、初めて出会った時のこと。青く澄んだ空に呑み込まれることなく羽ばたいていく姿。目を、心を奪われてここまで辿り着いた。イヴを突き動かした感情に曇りはなかったが、だからこそそんなモノはなかった。
ただ会いたかった。
知りたかった。
そのためイヴは言われて初めて、そんな道を認識した。幸福感で身が蕩けそうなあの森での時間だったのに夫婦として共にいたいかと言われても、すぐには答えられなかった。それすらも決めあぐねているイヴに、リリスは悪戯を思い付いたような表情をした。
「いいの~? 私みたいに魅力的な女はいっぱいいるし、あっちには竜族だっているのに」
「え、う、そっの……」
番になりたいかどうかは答えが出ないが、イヴは明らかに動揺した。困り顔をする少女に、リリスは哄笑する。一頻り楽しげに笑うと、起き上がった。その勢いでベッドからも降りる。
「じゃあ私そろそろ行くわね~」
「あ……はい。あ。あの」
用件を終えたリリスが部屋から出ようとした時、イヴは傍らの包みが目についた。渡せなかったパン。リリスを呼び止めて持ち上げて差し出した。
「これ、フェリーク様に渡してくれませんか?」
「自分で渡せばいいじゃない」
「でも……もう来るなって、言われているので」
「あんなの真に受けなくていいのに。健気ねぇ。いいわ、届けてあげる」
「お、お願いします」
拒絶されてしまった事があり、リリスにパンを届けるよう頼んだ。パンがフェリークに渡ると知ると、浮かんでくるのは収穫祭での事だ。それにその後のフェリークの様子も気になった。
「このパンは収穫祭用に作ってもらったパンなんです。自分一人だけの力じゃないんですけど……リンゴとハチミツのパンで、きっとフェリーク様が気に入るパンだと思うの」
「へぇ。美味しそうね。私も食べようかしら」
「全部食べなければ、どうぞ」
あの時渡すことも話すことも出来なかった収穫祭での事を、リリスに伝える。一言一句伝わる訳ではないが、それでも彼に伝わる事が何よりだった。あの日伝えたかった事が溢れて言葉になっていく。
「収穫祭の時は違う町からも人が来て、賑わってた。食べ物がたくさん出てて、知らない食べ物とかもあって。わたし初めてペッティっていう食べ物食べたの。パンとは違って。でも薄焼きのものでもなくて。おいしかったの。ペッティはないんですけど、せめてパンを食べてほしくて。それから……」
頼みたい伝言を、出てくるままにリリスに伝えていく。次第に視界が歪み、イヴは取り去ろうと手の甲で目元を拭った。しかし視界を妨げるそれを取ってもすぐに次が出てきてしまい、意味を成さない。
「フェリーク様、元気にしていますか、と……」
「……わかったわ。全部伝えておくわね」
目を瞬かせてリリスはイヴは見つめる。声まで震えてきて、イヴは胸を片手で何度も叩いて鎮静化を図って、深く息を吐いた。落ち着きを取り戻すと目元を拭う。まだ視界はぼやけていてはっきりとしないが、幾分もマシになった。リリスは片腕でパンの入ったそれを抱え、空いた片手でドアを開く。裏口の方まで見送りに行き、イヴが扉を開けた。外に出たリリスは振り返る。
「じゃあまたね、可愛いイヴちゃん」
扉が閉まり、リリスの姿が見えなくなるとイヴは扉から離れる。先ほどまで雫が伝っていた自身の頬を撫でた。顔を洗いたくなって、水場を見る。
不意に扉が開いた。休憩時間になったのだろう、シェリーだ。シェリーはイヴの顔を見ると小走りで近寄って顔を覗き込んだ。
「何かあったのかい?」
「いえ……熱のせいだと思います」
「まったく。ほら病人は休んだ休んだ!」
それほど熱は高くはないが、発熱で緩くなっているのだろうと口にすれば、シェリーは呆れた口調で言って部屋へと促した。そんな時に考えるのは、あんな事実を聞いたフェリークの事だ。これからの事は今は考えずに、ただそれだけを想っていた。
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