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12:新しい時代のために
いつも通りの町
しおりを挟む――あれは、夢だったのかな。
現実だと思いたくない衝撃的な話と、夢の中のような朧気な感覚。シェリーが作ってくれた食事をゆっくりと食べていく。一掬いしたものを口に入れて、体に染み込ませていった。夢だったのならば、いつものように陽が差す内に会いに行く事が出来る。だが、それをする事で確かめる事にもなる。
――安易に追い掛けて行けない。リリス曰く避難先はあるらしいが、詳細は聞けなかった。現実にしろ白昼夢にしろ、今は森へ行けない。
――あの場所に戻った方がいいのかな。シェリーさんもグレンさんも優しいし、ミランダさんとか、カミルとエルマとか、知った人がいっぱいいる。出来ればここに……。
彼に焦がれて辿り着いたこの町は穏やかで、人々は活気づいている。知り合いもたくさん出来た。ここに留まるという選択肢はある。夢の中の話だったのではないかと思う半面、自分の行く先を考える。
スプーンを器の中へと置いて息を吐く。熱が出ているとはいうがそこまで高いわけではない。ベッドから降りて、器を手に部屋を出る。器を洗い桶に入れておく。平時ならば店の準備の時間のためかシェリーもグレンも見当たらなかった。裏から出て広場の方へと向かう。
広場に置かれていたセットはなくなっていた。建物のあちこちに散見していたフラッグも取り払われており、すっかり元の様相だ。人気も普段通りに落ち着いている。少し寂しいくらいに。
収穫祭が終わっていつも通りの町に、イヴはただ息を吐く。ミランダたちは農園部の方で作業をしているだろうし、あの姉弟も宿屋か酒場で働いているだろう。今頃シェリーも一人で切り盛りしている事だろう。シェリーからは休むように言われているため、今日は店に出る事は出来ないが。
「……戻ろう」
イヴにとっては衝撃的な出来事があった昨日の事など、他の者達は知らない。どのような形であれ黒竜がいなくなろうとしている事など知らぬ日常通りの町を見て、少女は来た道を戻っていく。
中へ入ると鍋を置き、棚を確認する。せめて何か食事を用意出来ないかと思ったようだった。熱のせいで思考に纏まりがないため、難しい料理は出来なさそうなため簡単に出来る物を作りにかかる。具材を切って煮込んでいきスープを作ると、余ったパンをナイフで切った頃にシェリーが入ってきた。調理をしているイヴに軽く怒りながらも気持ちは受け取って、休むように言い付けるとグレンの作業場へと入る。すぐに補充のパンを持ったシェリーが戻ってきた。
「そういえば、お客さんにあんたのこと訊かれたよ」
「え……?」
「常連さんに、お嬢さんはいないのかってさ。あんたもすっかりここの顔だね」
シェリーから聞かされた話にイヴは押し黙る。この町の住民にとって、もう彼女は日常の一部なのだ。
「客もあんたが戻ってくるのを待ってるし、早く治して元気になりな。今日のあんたの仕事はしっかり休んで治す事だってこと、忘れないようにするんだよ」
「……はい」
無理をしないように釘を刺して、シェリーは店舗の方に戻っていった。イヴは片手を反対の手で握る。思っているよりもいつの間にか住人としてこの町に受け入れられていた事実に、嬉しい気持ちがあった。だが、それ以上に胸の中に晴れない靄がある。
それを誤魔化すように、イヴは調理に戻った。
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