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9:恋敵登場?

グレーの声

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「ねえ聞いた?」
「え? 何がですか?」


 品出しをしていると常連の女性に声を掛けられてイヴは顔を上げた。噂好きの女性で、話のタネに噂を持ってきては問わず語りをしてくる相手だ。真偽も定かではない話を仕事中に話されるためシェリーは嫌がっているが、陽気な性格のためか信憑性はともかく明るい話題が多く、イヴはそれ程話を聞くのは嫌ではなかった。
 返事をして耳を傾け、相手の返答までの間にパンを並べていく。常連の女性はふくよかな体を近づけて内緒話のように言った。


「なんでもこの地にいるっていう竜を探してるって子が今酒場にいるらしいんだけどね」


 この地にいる竜とは無論あの黒竜だ。
 手を動かすのに遅れたイヴだったが次の言葉の前に急いで次のパンを並べた。

 何も特段驚くべきことではない。心音はやや早まり手の動きは早まり始めてはいるものの、そういった者が何人もこの街を訪れるという事は知っている情報であり、イヴ自身理由は違えどその一人なのだから。それでも以前の黒竜を討ち滅ぼさんとする若者たちのこともある。よくある事として無関心というわけにもいかなかった。


「フードを目深に被っていてあんまりよく顔は見えないみたいなんだけど、見たって人がいて美人らしくてそれを聞きつけた男たちが酒場に一目見ようと何人も見に行ってるんだってさ!」
「……そ……そうですか」


 おどけ話でもするような調子で話した噂話に、イヴは笑みを作った。作られた微笑はぎこちなかったが女性は歯牙の間に置く様子はない。

 見目麗しい女性が黒竜を探している。

 その事実が思考を巡らせる。
 人が考えられる内の大きな一つとしては黒竜を退治しにきたというもの。だがその大半が当てはまるとは限らない。自分自身という例外があるため、イヴの頭の中は既に噂の女性の事でいっぱいだ。


「あなたもそう?」
「……え?」


 声が耳に入り思考から抜け出す。作業をしていた手は完全に止まっており、問わず語りをしていた女性はイヴを見据えていた。思案に耽っていたために肝心の部分を聞き逃してしまい首を傾げる動作をする。言葉に詰まり、今度は届いていなかった言葉を思い出そうと思案を始めた。
 しかし浮かぶのはこの町を新しく訪れた美人がフェリークを探しているという事ばかりだった。何度も振り払おうとするがこびりついて払えず、曖昧に笑みを浮かべてみせるしかなかった。


「イヴ! こっち手伝っとくれ!」
「あっ、はい!」


 返答代わりの微笑だけを向けるとカウンター近くからシェリーの声が届いた。思わぬ助け舟に素早く反応し、噂を届けた相手に一礼をしてカウンターへと向かった。頭の中で何度も女性の声が反響しながら。


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