一目惚れなんです、黒竜様

雪吹つかさ

文字の大きさ
上 下
44 / 71
8:良い竜悪い竜

世のための竜3

しおりを挟む









 地面が揺れ動く程の震動と共にフェリークは戻ってきた。艶のある黒い体躯に混じって自然な色合いの果実を小枝ごと運んできている。
 話題の中心だった相手が帰ってきた事で自然と話は終わりを迎えた。フェリークはラベンダーの前に枝を置いていく。その中の一本がイヴの前に置かれた。一度もらったものと同じものだ。目を丸くして見上げるがイヴの方を向いておらず、残りの物を持って離れていった。

 ラベンダーが器用に爪で摘まんで最小限の力で果実だけをとる。対してフェリークは小枝を噛んで一定の場所で切り離してから、蔓ごと口に入れて食していた。
 個性の出ている食事風景を眺めていたイヴもやおらに食べ始める。小枝を足で押さえて果実を手にして引っ張った。蔓ごと引き剥がされ、枝には蔓が残り手には果実が収まっている。以前味わった時と同じ味を想像しながら口をつけた。

 量は違えど彼らと同じ物を食べ、全て胃に収めると息を吐いた。腹部を軽く撫でさする。視線を上げればラベンダーはまだちまちまと食べ進めていたがフェリークはとうに食べ終えて体を横たえている。
 ラベンダーが最後の一つを飲み込んで空を見上げる。大空に舞い上がるための翼を広げた


「……さて、イヴともお話出来ましたし帰りましょうかね」
「え……もう、行っちゃうんですか?」
「そう竜が二頭もいては森の動物達が怖がってしまいますから。気配を敏感に感じ取ってしまう人もいるでしょうし」
「確かに……そうかも」


 自分達よりも遥かに強大な個体が二体も身近に存在する。森にいる生物は特に本能的に避けたいだろうと言われてから理解を示した。街で暮らす人々は一頭でさえ森の奥地の竜の存在に恐怖しているくらいだ。二頭もいては何か感じる人がいて騒ぎ立てる可能性も否定できない。
 長居は出来ない事に彼女なりに理解した事を口にすれば目を細めて笑った。イヴはラベンダーの笑顔を凝視して目を瞬かせる。

 蒼竜の翼が広がる。木々やイヴやフェリークに当たらない程度に広げられた。
 風を起こし、葉っぱが巻き上げられて散っていく。ラベンダーの姿が遠ざかってゆき大空へと呑まれた。高く高く上がった竜は悠然と羽を動かして飛び去っていく。影を落としていた大きな姿が見えなくなるとイヴは顔の位置を正面に戻した。


「不思議な感じ……。竜というより人みたい。笑い方だって」


 先程まで浮かべられていた笑顔を思い出す。穏やかな男性を思い起こさせる慈しむ柔和な笑みだった。彼を竜と呼称するのが憚られる程に。


「人と長く接してきているからだろう」
「人と長く接しているから?」
「同じようになるということだ」
「それは……素敵だね」


 種族など関係なく同じように笑い合う。ラベンダーが見てきた光景は想像を働かせる事しか出来ないが、そういった場面に恵まれて来たのだろうと断言出来た。
 花と同じ名をつけられた彼が花に囲まれる姿を想像して、イヴから自然と笑みが溢れた。


 ――いつか……


(いつか、フェリーク様も笑ってくれたらいいな)


 今すぐではないいつかの未来、フェリークが笑い合える事を願って見上げた。知り合いがいたからか同族がいたからか今日のフェリークの雰囲気はいつもよりも和らいでいるようにイヴの目には映っていた。
 不意にラベンダーが教えてくれた話が頭に過る。フェリークもラベンダーと同じように過去崇められていたと。


(当時はどうだったのかわからないけど……。色んな人に囲まれてたのかな。……笑っていたのかな)


 遠きかつての黒き竜の姿に思いを馳せてみるが、今ひとつ明瞭とは言い難かった。現状を知ってしまっている故に。
 この街に訪れてから起こった事を想起して気持ちが萎んでしまう前に思考を中断して空を仰いだ。太陽はいくらか傾いてはいるものの、色合いが変わるにはまだもう少し時間がありそうだった。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

邪魔しないので、ほっておいてください。

りまり
恋愛
お父さまが再婚しました。 お母さまが亡くなり早5年です。そろそろかと思っておりましたがとうとう良い人をゲットしてきました。 義母となられる方はそれはそれは美しい人で、その方にもお子様がいるのですがとても愛らしい方で、お父様がメロメロなんです。 実の娘よりもかわいがっているぐらいです。 幾分寂しさを感じましたが、お父様の幸せをと思いがまんしていました。 でも私は義妹に階段から落とされてしまったのです。 階段から落ちたことで私は前世の記憶を取り戻し、この世界がゲームの世界で私が悪役令嬢として義妹をいじめる役なのだと知りました。 悪役令嬢なんて勘弁です。そんなにやりたいなら勝手にやってください。 それなのに私を巻き込まないで~~!!!!!!

皇太子夫妻の歪んだ結婚 

夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。 その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。 本編完結してます。 番外編を更新中です。

【完結】赤ちゃんが生まれたら殺されるようです

白崎りか
恋愛
もうすぐ赤ちゃんが生まれる。 ドレスの上から、ふくらんだお腹をなでる。 「はやく出ておいで。私の赤ちゃん」 ある日、アリシアは見てしまう。 夫が、ベッドの上で、メイドと口づけをしているのを! 「どうして、メイドのお腹にも、赤ちゃんがいるの?!」 「赤ちゃんが生まれたら、私は殺されるの?」 夫とメイドは、アリシアの殺害を計画していた。 自分たちの子供を跡継ぎにして、辺境伯家を乗っ取ろうとしているのだ。 ドラゴンの力で、前世の記憶を取り戻したアリシアは、自由を手に入れるために裁判で戦う。 ※1話と2話は短編版と内容は同じですが、設定を少し変えています。

お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。

下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。 またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。 あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。 ご都合主義の多分ハッピーエンド? 小説家になろう様でも投稿しています。

思い出してしまったのです

月樹《つき》
恋愛
同じ姉妹なのに、私だけ愛されない。 妹のルルだけが特別なのはどうして? 婚約者のレオナルド王子も、どうして妹ばかり可愛がるの? でもある時、鏡を見て思い出してしまったのです。 愛されないのは当然です。 だって私は…。

もう死んでしまった私へ

ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。 幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか? 今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!! ゆるゆる設定です。

処理中です...