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7:重い音はいまは遠く
酒場の花2
しおりを挟む「イヴ、帰るよ」
「あんた達、運んで!」
「はーい。行くよ、カミル」
「……うん……」
話の途中で声を掛けられる。取引は終えたようだ。肩を落としたカミルと、率先してエルマが革袋を抱えて奥へと持っていく。見上げればシェリーは巾着袋を握っていた。
最後の革袋をエルマが運ぶと、女性だけが残った。シェリーに帰宅を促される。イヴは一つ深呼吸をして、エマと呼ばれた女性に声を掛けた。
「こ、この間はありがとうございます」
「なんの礼?」
「二人のこと……教えてくれて。あの時は自分でも、怪しかったと思います」
「ああ……なんだ、そのこと。注文もしないのに居つかれても困るんでね」
「エマ。アンタはもうちょっと愛想良くしたらどうだい? 客に対してもそうじゃないかい」
「あんたに言われちゃおしまいだよ」
吐き捨てるような強い物言いにイヴは言葉を継げずにいると、数歩先に階段に近付いていたシェリーが戻ってきた。溜め息混じりに言えばムッとしてエマは言い返す。
「大体、ここで顔色うかがって大人しくニコニコなんてしてたら務まらないじゃない」
「大人しいのと愛想振りまくのは違うけどねぇ。ま、考えておきな。行くよ、イヴ」
「は、はい」
フードを被ってシェリーは先に階段を上がってゆく。イヴは一度振り返る。エマの姿が視界を横切った。やがて姿は見えなくなる。顧眄をやめてフードで頭を覆い、シェリーを追って階段を上がっていった
酒場を出て家を目指す。裏口の扉を開けて中に入ればグレンが言葉で迎えてくれた。シェリーは巾着を置き、マントをとってドアを開け放って外に向けマントを振った。何度も振って振り落とせば無造作に棚へと置く。イヴも続いて雨粒を落としにかかった
「イヴ。エマのことはあんまり気にしないどくれよ?」
「えっ?」
「あの子の態度、褒められたものじゃなかっただろう?」
肯定も否定も出来ずイヴは口を閉ざす。つっけんどんで取っ付き難いのは確かであるものの肯定するのも気が引けていた。何も答えずにいたがシェリーは言葉を続ける
「エマの事は若い頃から知っているけど、昔はアンタみたいな感じだったんだよ。そうだね……あの子が十六とか十八とかそこらの頃の話さ。もう十数年前くらいになるかねぇ」
「わたし……みたいな?」
「今みたいにきつくないって事さ。大人しくてね。あそこに嫁いだけど、とても酒場も宿も出来そうになさそうだったんだけど……あの子なりに頑張ったんだろうさ。ちょっと頑張りすぎていてさぁ、仕事第一になっちまってね。子供のエルマはしっかりした子だから、今のあの子みたいになろうとしてるし。……もう直らないかねぇ、ありゃ」
エマは溌剌としていて、酒場を切り盛りするには十分だ。妙齢は過ぎているが精力的故に幾分も若く見える。しかしそれも酒場経営のためにそうならざるを得なかったのだ。
自分のようであったという話を反芻する。少しだけ恐怖心が薄れたような気がした。
手が止まり、握っていたマントをもう一度振る。話の間に水分が吸収されたマントからは水滴は落ちなかった。マントを横に並べる形で棚に置く。
「……ま、エマの事は気にしないで時々子供たちと遊んであげておくれ。若い働き手は大事ではあるけど、まだまだ幼いからね。特にカミルは遊びたいだろうし」
「はい。わたしも……あの子達と遊びたいので」
「……そうかい」
「二人とも。竈を使っているからお湯を浴びてきたらどうだい? 冷えただろう」
二人の話が終息したのを見計らって、グレンは声を掛けた。
イヴは自身の体に触れる。出来うる限り駆け抜けてきたものの、ひやりとした外気が触れていた。薄い服であるためよりそれを感じていた。肌は冷えてしまっている
「そうだねぇ。じゃあ……イヴ、先に入りな。私はやる事があるから」
袋を掲げて軽く左右に振る。中のコインが音を立てた。イヴは頷き、足早に浴室へと向かったのだった。エマに始まり、今日一日で起きた様々な事を思い返しながら。
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