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7:重い音はいまは遠く
雨の知らせ
しおりを挟む「……おはようございます……」
いつも通りに顔を出せばシェリーがいた。欠伸を噛み殺そうとして、抑えきれずに欠伸を洩らしてしまいイヴは口に手をあてる。欠伸が収まってから挨拶をした
昨晩の豪勢な食事は時間を要した。満腹になるまで食べてしまい、疲れもあって泥のように眠ってしまった。黒竜には会えずじまいで一日を終え悔恨の朝だ。
──今日は絶対にフェリーク様に好きな食べ物訊かなきゃ……!
「眠そうだねえ。開店までにはちゃんとしとくれよ?」
「……はい」
「……ん? イヴ、ちょっと外見てくれないかい?」
「外、ですか?」
シェリーはオートミールをミルクで煮始めたところだ。何かに気付いたようで外が気になるようだが、火から目を離すわけにはいかない。
イヴは代わりに扉を開けて外の様子を窺った。顔を左右に振って辺りを窺う。今日は光が弱い。何かが頭や体に当たる感触を受けて見上げた。空は鉛色をして重く垂れ下がっている。雲は見える限り遠くまで同じ色をしていた。慌てて中へと戻り扉を閉める
「雨が降っているみたいです」
「ああ……まいったね。減らして早めに閉めた方がいいかね。雨の日はほとんど来ないんだよ。あの人気付いていないだろうから言ってきてくれないかい?」
「わかりました」
竈の前で作業に集中するグレンには外の様子はわからないだろう。首肯したイヴは作業場へと入り声をかける。天気を伝えればシェリーと同じ意見を返された。今日は出す量は控えて早めの閉店にするらしい。
朝焼き上げた分は既に用意されている。焼き上がっている物だけでも数が多い。普段ならばすぐになくなる量だが客足が遠退く雨の日には余ってしまうだろう。
──開店してみれば二人の予想通りだった。普段ならば並んでいる客もおらず、ほとんど常連が訪れるくらいだった。パンの減りは悪く、人気の物でさえ今日は余っていた。昼の一時閉店時間に閉めた段階で半分程残ってしまっている。
店を閉めたイヴは外を眺める。昼間だというのに薄暗く、雨量は増していた
──明るい内に早く止んでくれたらいいなぁ……。今日こそはフェリーク様にも会ってお話ししたい
彼の黒竜に会うには森を突っ切らなくてはならない。雨の中森を抜けるのは危険な行為だ。小雨ならまだしも大雨になれば断念する他ない。止んだところで長雨になれば土がぬかるんでしまい、泥濘を通るとなればまた危険で諦める他なくなってしまう。早い内に雨晴れを願うのみだった。
朝の分のミルク粥が残っているため、温めた物が人数分出される。果物とチーズもテーブルに並べられた。食事の支度を終えたシェリーはすぐには席につかずに店側の扉を開けて在庫を見ている
「うーん。あともう少し減ったら閉めて配りに行こうかね」
「本当に全然お客さん来ませんね」
「雨だからね。小雨ならまだしも普通に降っているからね。これじゃあ、なかなか来ないよ」
「うぅ……」
「なーんであんたが落ち込んでんのさ」
先程見たばかりの外をもう一度見る。雨が上がる事を願うが地上に降り注ぐ雨は降り止む気配がない。項垂れて椅子を手前に引く。椅子に腰を落ち着かせた。食事のため出てきたグレンが様相を見てシェリーに視線を投げる。シェリーは肩を竦めて応えるだけであった。
雨は昼食を終えて開店してからも降っていた。むしろ勢いは増しており、最早選択肢はなくなったも同然となる。明日までに地面が乾かねば明日も訪問出来ないだろう事は想像に難くない。
土砂降りに変わってしまい、これ以上営業を続けたところで客は来ないと判断して店を閉めた。パンは半分まで減ったがかなりの数だ。下げたパンはシェリーが分けている。そのうち食事にと分けられた数は多かった。暫くは残ったパンが食卓に並びそうだ。
「グレンさん、まだ作業場ですか?」
「ああ、全粒のものを二度焼きにして、それ以外のものはまた焼いているよ」
二度焼きのものとパンを大量に焼いているようだ。発酵まで済ませてしまっている以上焼くしかないらしい。
「配って、酒場にも持っていって……どうしても残ったら屑を餌にして……何とか使いきれるかねぇ」
今までの経験から余ったパンのルートはもう決まっているようだった。今イヴ達の目の前にあるパンの山だけでも多いが、まだ追加がある。それら全てがなくなるのかイヴには想像出来なかった。
エプロンを外して本日の業務を終えた時だった。店の扉を叩く音がした。店には閉店のプレートが下げられている。外は大粒の雨が降り続けている中、掻き消えそうなノック音。恐る恐る店舗側の扉を開け、店の扉に近付いた。鍵を開けてゆっくりと扉を開ける。
「あの、今日はもう閉店です……」
そこには、雨よけのフードをつけた常連客の青年が一人立っていた
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