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4:あなたに贈る
現実の幸福
しおりを挟む「――――ぷあっ!? シスター!?」
イヴが顔を上げるとそこにシスターはいなかった。イヴの体は濡れていて腹部から下半分は水に浸かっていた
何故水浸しになっているのか理由がわからずイヴは茫然とする。シスターと会話をして、他の子供たちに向かおうとしていた直前の光景が頭の中にあるというのに、イヴの目の前にある光景は泉だった。水温は体温とほとんど変わらないものの時間が立てば体を冷やしてしまいそうだ
しかし何故ここにいるのかとんと見当がつかず身動きがとれずにいた
「気がついたか」
「……えっ!?」
かけられた低い声にワンテンポ遅れでイヴは反応する。遠い存在であるはずの黒竜が広げた傷だらけの羽を動かして泉の近くに降り立った。呆けた顔で黒竜を見て、自分の服を見下ろす。依然として濡れている服に咄嗟に両手で体を隠し、俯き身を縮こませた
徐々に頭の中に現状に至るまでの光景が浮かんでくる。若者の集まりの話を聞いて。夜、黒竜の元まで駆けて。そしてそこで――――苛立った男に斬られたのだ
「……あれ? ない……」
記憶は確かだが痛みはない。斬られたはずの場所を何度触ってみてもそれと思しきものは見つからない。どちらが夢だったのかわからなくなりそうだった
「傷が……夢……?」
燃えるような痛みを感じた。もうこれで終わるのだと直感するもの。イヴにとってはかつてない程の痛みであり思い出すとぞっとするものだ。それが夢であるはずがない、と思い直す。しかしそうなると怪我はどこにいったのかという新しい疑問が沸いてくる
考えてはみるものの理由がわからず泉の外側、背後の竜を見遣った
「あの、わたし一体……?」
「飛び出しただろう」
「えっと、それは覚えてるの。確か無我夢中で……」
――強いから大丈夫だとか、そんな理屈は一切浮かばなかった。カッと熱くなって、頭の中には何も思い描けなくて。無意識に近い状態だった。だから、気付けば黒竜の前にいて烈火の痛みに襲われたといった具合で先程の想起で細部までは思い出せなかった。感覚だけが強く残っている
再度思い返す。記憶は鮮烈な痛覚で終えている。そこではっとして前のめりになって口を開いた
「あ……っ! そうだ、フェリーク様怪我は!? きっとたくさんの人があなたを……!」
「あの程度の奴輩に大層な傷などつけられん」
「無事……なんだ……」
淡々と告げる黒竜をイヴはまじまじと見つめる。生きているのは確かだが内部に及ぶ程の深刻な痛みがあるかどうかは見た目ではわからない。しかし外傷としてあるのはせいぜい切り傷だった
「そう、なんだ。よかった……」
目視と黒竜の言葉で肩からゆるゆると力が抜けていき上がっていた肩が下がる。前に出ていた体も後ろへと下がった。黒竜の瞳孔の開かれた目がイヴを見据える。その、人々に恐怖を与える目からは感情が読み取れない
ただ、イヴは見られているという事実で状況を思い出してもう一度、水で濡れてしまっている体を少しでも隠した。黒竜はそう間もなく顔を背ける。イヴはというと恥ずかしそうに視線を水面へと落としている
「あ、そ、それで……わたしどうしてこんな所に?」
「貴様は私の力量を計りきれておらず不要な怪我をした」
「う。ご、ごめんなさい」
「本来ならば捨て置くが。……薬の礼だ」
「……薬、って」
薬と言われればすぐに思い至る。買い集めて持っていき毒だと疑われて何度見ても結局使われていなかったものだ
「そ、そんなお礼だなんて。わたしがしたくてしたことだし」
「貴様が勝手にしたことであるのは明確ではあるが、しておかねば恩などと認識するのだろう、人間は」
「恩をつくったなんて思っていないわ。けど……その。この場所は一体……?」
「治癒の泉だ」
「え。お、お話に聞いたことがある。ここが……?」
今イヴがいるのは勇者も使ったと云われるたちまち軽度の病や怪我を癒してくれるという泉だという。ダンジョンと呼ばれる場所の奥深くにあるとは言われてはいるがそこにたどり着くまでが困難で普通に暮らしているならばまず見られないものだ
傷を癒すアイテムの礼として傷を癒す泉。適切な礼だ。あの時のイヴには最適のもの。恩を作ったなどとは本心からイヴは思っていないものの黒竜が泉にこうして連れて来てくれたのは助かっていた。あのままだったらどうなっていたかと今頃になって想像してみれば背筋が凍りそうになり、二の腕をさすった
「でもありがとうございます。お陰で助かりました」
「礼に礼で返すな」
視線を水面から離さないでいたイヴは平淡な声調にふと顔を上げる。後方を見遣ると未だに顔を背けたままの黒竜が見えた。最初の頃と変わらず厳しい口調だが、以前は他者を寄せ付けようとしない冥さがあったが大分薄れているように思えた
イヴの頬が自然と緩む。笑い声さえ出そうになったが今もまだある翼の傷が目に入って痛心に表情は変わる
「フェリーク様はこんな場所を知っているのに、どうして入らないの?」
「……都度入っていてはキリがない」
「そんなに、人が」
それ程までに人は訪れ黒竜を傷つけるのだ。普段黒竜がいる場所からどのくらいの距離かは気を失っていたイヴにはわからないが、傷が新たに出来る度にここに入って傷を癒していては黒竜の言うようにキリがないだろう
心臓を鷲掴みにされたようで両の手に力がこもる。沈痛な表情を浮かべているイヴだが見ていないからか黒竜はそのことに対してさして気にした様子もなく声をかけた
「私も貴様に問う」
「フェリーク様が、わたしに質問……?」
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「え? ……あ」
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