一目惚れなんです、黒竜様

雪吹つかさ

文字の大きさ
上 下
5 / 71
2:かつてない光景

美しきモノ

しおりを挟む



「こんにちは、黒竜様」
「…………」


 少女は次の日も訪れた
 初めは突風で追い返し、再訪時には言葉で追い返した。ニ度と来るなという意味で帰れと言ったのだが、少女は行間を読んでいないのか否か二度追い返されているというのにそれを感じさせない微笑と共にやってきた。黒竜はぎょろりと大きな目玉で睨みつけるだけで炎や風で追い返そうとはしなかった
 ただ警戒はしているらしく少女の一挙一動を見ている。少女はというと放置された昨日さくじつの薬草と薬品を一瞥して羽を見る。黒色である事と畳んでいる事でわかりづらいが目を凝らせば傷ついているのが見えた。同化している切り傷などもあるため全ては視認できないが、大きく避けていたり穴が空いている箇所もあった
 それに少女は自分のことのように悲しげで痛そうな顔をする


「黒竜様、どうか傷を……」
「自然治癒で治る」
「でも……」


 きっぱりと言い放ったがその自然治癒で治っていない。すぐに治るものではない事は少女にも今日の様相で理解出来る。少女としては薬草を塗るなり傷薬を飲むなりとしてほしいのだが、竜は少女を拒み突き放す。強く拒絶している以上首を縦に振らせるのは至難の技だろう
 少女は傷だらけの翼が気になるのか視線を何度も向けながらその場に膝を崩して座った
 両手を膝に置いて黒竜の顔を見上げる。居座る少女に黒竜は鋭い視線で突き刺す。大抵の者は姿を見た瞬間に錯乱もしくは戦意を喪失する。睨まれようものなら賢明で錯乱していない者はなりふり構わずに逃走する。しかし少女は怯まず座したまま動かなかった
 無論、少女は力を持っている様子はなかった
 剣の鍛錬をしている様子もなければ、魔法使いがエネルギーにする魔力も感じない。何の変哲もないただの非力な少女だ
 まずこの黒竜には敵わないだろう
 力の差は歴然。一度力を使って見せた。それでも遁逃しない少女。その方がずっと安全だろうに。黒竜にはとんと理解出来なかった


「……人間。私は未だ一〇〇〇と少ししか生きておらぬ。話がしたいということは知恵がほしいのか。それならばもっと適した者がおろう。私に関わるな」
「いいえ」


 彼女の言葉の真偽はわからない上に理解不能で話にはならない。それはわかっていたが黒竜は少女をこの場から追い出すために話をするしかなかった。どれだけ追い返しても来てしまうからだ
 話をしたいと少女は言っていたため知恵の教授と思い言ったが少女は一度だけ首を振った
 少女は緊張した面持ちで深呼吸し、それから真っ直ぐ黒竜を見据えて両手に力を入れた


「あなたと話がしたいの」
「何故私なのだ」
「それは……」


 一呼吸置いてから少女は切り出した


「わたし、昔あなたを見たことがあるの」


 澄んだ黒竜の瞳を見つめながらも当時のことを思い出しているのか少女は遠い目をしていた


「青空を羽ばたくあなたを」


 ――雲一つない澄み切った青空、羽ばたく黒い竜。切り取ったような光景だった


「堂々と、大空を飛んでいくあなたを」


 少女はとても愛おしそうに目を細める


「黒水晶の艶めきを持つ体、アクアマリンの瞳、どこまでも飛んでいけそうな大きな翼。凛然と、臆する事無く前へと進むその振る舞い。ずっと見ていたいって思うくらいに――――美しいと思った。誰よりも、何よりも。大空さえあなたのためにあるんじゃないかと思うくらい
だから、もう一度、今度はもっと近くで見たいと思った。そうしたら欲が出て、今度は話がしたいって思った」


 言い切った少女は我に返って「あ……」と呟くと頬を徐々に紅潮させて俯いた。両手を頬にあてて恥ずかしそうだ
 曇りのない想いを聞いた黒竜は天を仰ぐ。晴れた空には雲が浮かび青く不穏など感じさせない
 少女の言う昔は黒竜にとっては最近の話だ。魔王の配下でいた頃、もしくは配下となる前。確かに黒竜はこの空を縦横無尽に駆けていた。しかし今はほとんど飛ぶことはない


「――貴様の思い違いだ」


 黒竜の発した声は今までとは違い威厳に満ち溢れたものではなかった
 少女が顔を上げる。目を丸くして黒竜を見ていた
 

「私は貴様ら人間に負けた魔王の元一味。それだけだ」


 一言二言のみだけ言って黒竜は少女に背を向けた。尾を少女の前に出して
 少女が立ち上がる。唇を開き、言葉を出そうとしてその前に黒竜が紡いだ


「背を向けていようと我が尾で貴様を殺せる。妙な真似はしない事だ」
「……黒竜様……わたし、本当に……」
「黙れ。それ以上の戯言たわごとは聞かぬ」


 少女の二の句を封じ、黒竜は尾を動かし少女との境界を作った。黒竜と少女の距離は遠い。それは心の距離をそのまま示しているかのようだった
 少女は数歩後退り、膝を立てて座り込む。膝を抱えて、何も言わずに
 瞳から涙が滲んでいく。やがて雫となり、頬を伝って服に染み込んでいった。何度も頬を伝いこぼれていく
 想いを否定されたショックからではない
 何故だかとても悲しくなったのだ。仔細は少女にもわからない
 今は涙が止まるまで膝に顔を埋めるしかなかった
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

皇太子夫妻の歪んだ結婚 

夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。 その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。 本編完結してます。 番外編を更新中です。

義妹が大事だと優先するので私も義兄を優先する事にしました

さこの
恋愛
婚約者のラウロ様は義妹を優先する。 私との約束なんかなかったかのように… それをやんわり注意すると、君は家族を大事にしないのか?冷たい女だな。と言われました。 そうですか…あなたの目にはそのように映るのですね… 分かりました。それでは私も義兄を優先する事にしますね!大事な家族なので!

【完結】初めて嫁ぎ先に行ってみたら、私と同名の妻と嫡男がいました。さて、どうしましょうか?

との
恋愛
「なんかさぁ、おかしな噂聞いたんだけど」 結婚式の時から一度もあった事のない私の夫には、最近子供が産まれたらしい。 夫のストマック辺境伯から領地には来るなと言われていたアナベルだが、流石に放っておくわけにもいかず訪ねてみると、 えっ? アナベルって奥様がここに住んでる。 どう言う事? しかも私が毎月支援していたお金はどこに? ーーーーーー 完結、予約投稿済みです。 R15は、今回も念の為

今日は私の結婚式

豆狸
恋愛
ベッドの上には、幼いころからの婚約者だったレーナと同じ色の髪をした女性の腐り爛れた死体があった。 彼女が着ているドレスも、二日前僕とレーナの父が結婚を拒むレーナを屋根裏部屋へ放り込んだときに着ていたものと同じである。

番から逃げる事にしました

みん
恋愛
リュシエンヌには前世の記憶がある。 前世で人間だった彼女は、結婚を目前に控えたある日、熊族の獣人の番だと判明し、そのまま熊族の領地へ連れ去られてしまった。それからの彼女の人生は大変なもので、最期は番だった自分を恨むように生涯を閉じた。 彼女は200年後、今度は自分が豹の獣人として生まれ変わっていた。そして、そんな記憶を持ったリュシエンヌが番と出会ってしまい、そこから、色んな事に巻き込まれる事になる─と、言うお話です。 ❋相変わらずのゆるふわ設定で、メンタルも豆腐並なので、軽い気持ちで読んで下さい。 ❋独自設定有りです。 ❋他視点の話もあります。 ❋誤字脱字は気を付けていますが、あると思います。すみません。

処理中です...