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ポカホンタスの章
裏切りと怨恨
しおりを挟むスミスとビリーが食糧を確保する為に奔走している間、十二月の寒さと飢えが更に多くの命を奪って行き、年が明ける頃にはジェームズタウンの人口は僅か三十八人となっていた。
精神的にも肉体的にも過酷な探検から戻ったスミスは、久々のジェームズタウンを見て、思わず笑みをこぼす。
「おぉ、ジェームズタウンだ!やっと戻って来られたぞ!」
喜ぶスミスの後ろで、ポカホンタスとアリーヤは笑いながら彼を見ていた。
「良かったわね!」
「ま、一ヶ月そこら離れただけなんだけどな。しかもアタシ達から見りゃ、割と近所だし」
二人にして見れば行き慣れた場所でも、スミスに取っては中々の冒険だったので、その感覚は大いに違っていた。取り敢えず手土産として充分な収穫はあったので、先ずは評議会一同にその報告だ……スミスが意気揚々と砦の出入口に近づいた時、彼は突然足を止める。
「?何だ、どうしたんだよ?」
アリーヤは砦の中に入ろうとしないスミスに尋ねた。
スミスは空を見上げる。ポカホンタスも同じように空を見て、異変に気付いた。先程まで鮮やかに晴れ渡った空だったのに、いつの間にか灰色の雲が空を覆っていた。
雨が降る様子はないが、スミスもポカホンタスも嫌な予感に襲われた。スミスは二人に言う。
「様子が変だ……ポカホンタス、アリーヤ。君達は何処かに隠れてろ」
そう指示すると、スミスは単身ジェームズタウンの敷地内へ入って行った。砦の内部はシンと静まり返っており、いつものジェームズタウンと全く違っていた。
「皆、どこにいる!?俺だ、ジョン・スミスだ!」
スミスは大声で呼びかけるが、反応はなかった。スミスはあちこちを歩き回り、そして評議会議員が普段会議場としている建物へ近づいた時、
「捕らえろ!!」
と言う掛け声と共に、四方八方から複数人の男達が飛び出して来た。
「なっ!?」
突然のことに、スミスは何が何だか分からずにいた。そして抵抗することもなく、あっさりお縄についてしまったのだ。仲間達に押さえつけられたスミスの前にラトクリフが現れる。
「ジョン・スミス大尉。君を同胞殺しの容疑で逮捕する」
ラトクリフはニヤついた顔で、スミスの逮捕を告げた。身に覚えのない罪状をいきなり突き付けられて、スミスは動揺する。
(な……なんだってぇええええええっ!?)
自分がいつ仲間を殺した!?スミスは理解が全く追い付かず、ラトクリフに従う男達に連行されてしまう。彼を出迎えたのは、またしても彼の死を求める裁判だった。
法廷代わりの会議場では、ビリー以外の評議会議員達がスミスを待ち構えていた。
スミスは評議会議員の集まる席で、早速探検の一部始終を克明に報告した。だが、議長のラトクリフをはじめとする議員の男達は誰もスミスの言うことを信じようとしなかった。それどころか、探検に同行した二人を殺して、それを手土産にポウハタン側へ寝返ったと、根も葉もないことまで言われた。
「それは偵察に出ていたポウハタンの戦士が弓矢で二人を殺したのであって、私が殺したのではありません!本当です!信じて下さい!!」
スミスは必死に訴えかけるが、全て「馬鹿なことを言うな!」で一蹴されてしまった。元々スミスとは相容れない者達だったが、スミスとビリーが不在のジェームズタウン……その悲惨な環境が彼らの心を荒ませていたのだ。
この問題に関して、ラトクリフはいつになく迅速な対応を取った。厳しい探検で心身共に疲労していたスミスに一時の休息すら与えずに、その日の内に裁判を開いたのだ。ラトクリフを裁判長とし、他の評議会議員も原告となってスミスを告発した。
「君に同行した者達は奴らに殺されたと言うが、本当かどうか怪しいな」
「自分だけ生き残る為に仲間を殺して、インディアン側へ逃げたのではないか?『仲間殺し』だの『ホラ吹きスミス』だの呼ばれた君のことだ、何もおかしくないな」
「そう言えば、君とビリー・ストラトスはあの野蛮人の娘達と親しくしていたそうだな。困窮しているジェームズタウンを見捨てて、向こうの女と結婚すれば、自分達だけは助かる上に幸せになれるだろうな。本当はそのつもりがあるのではないかね?」
「我々がジェームズタウンで飢えや寒さと戦ってた時に、君達は野蛮人達の集落で温かいご馳走をたらふく食べて、女まで侍らせていた訳か……何とも良い身分だな!」
四方八方から容赦ない追及が飛んで来た(中には嫉妬に近いものまであった)。スミスが何をどう説明しても無駄に等しく、裁判の結論は初めから決まっていたようなものだった。
裁判を謳っているものの、審議らしい審議もせず、スミスの発言を聞き入れて調べることもなく、あっという間に結審してしまった。ラトクリフは判決を言い渡す。
「被告人ジョン・スミス…………君を同胞二名の殺害及び敵前逃亡の罪で、銃殺刑に処す。刑の執行は本日、以上だ!」
ラトクリフは高笑いしながら、勝ち誇ったような表情で法廷を後にした。スミスはまたもや後ろ手に縛られ、ジェームズタウンの一角にある小屋へ連行されてしまう。
スミスが小屋の中に入ると、そこには既に先客がいた。
「……!ジョン、無事だったのか!」
「ビリー!君も捕まっていたのか!」
小屋の隅でうずくまっていたのは、ビリーだった。彼もスミス同様、帰還と同時にラトクリフ達に捕まって、閉じ込められていたのだ。
彼はスミスよりも半月程早く戻っており、やはり評議会の裁判で意味不明な罪状を突き付けられていた。二人は取り敢えず、お互いに情報交換を行う。
「そんなことがあったのか……一応、ポウハタンとは和平協定を交わしたんだね」
「まぁな。でも、俺がこんな状態じゃポウハタンへの贈り物は出来ない。それどころかあの議長のことだから、ポウハタンとの約束も反故にして戦争なんてことも……」
「そうなると、君の命を懸けた努力も全て無駄になってしまう……!数時間後には僕達二人共、銃殺刑だ。何とかしないと……」
二人は状況を打開する為、あれこれ考え始めた。だが、長旅を終えたばかりで何も手持ちがないスミス達に出来ることなどある筈もなく……。
ジェームズタウンの為に命懸けの旅へ出て、その先でポウハタンの戦士達に襲われた。それもポカホンタスのお陰で何とか処刑を免れ、ようやく仲間達の元へ帰れたかと思えば、また処刑だ。これまで幾つもの修羅場を潜り抜けて来たスミスも、まさか同じイギリス人の手で人生を終えるとは夢にも思わなかった。
★
高い木の枝から様子を見ていたポカホンタスとアリーヤは、スミスが捕縛されたことに驚愕していた。あまりにも唐突な展開に二人は思わず顔を合わせる。
「な、何でスミスが捕まっちゃうの!?一体どうなってるの!?」
「アタシに訊かれても知らねぇよ!何か、裏切りだの同胞殺しだのと聞こえたけど」
二人は状況を全て把握出来た訳ではなかったが、それでもスミスが身に覚えのない罪でピンチに陥っていることだけは理解出来た。アリーヤは背中の蛇腹剣に手をかけて、ジェームズタウンへの襲撃を敢行しようとする。
「ポカホンタス!こうなったら、アイツら斬り伏せてスミスを助けるぞ!」
「駄目よ!ここで武力行使をしたら、全面戦争は避けられない……!争いを避ける為にも、他の手を考えなきゃ……」
「スミスだけじゃねぇ、ビリーもあの中にいるんだ……!」
アリーヤはジェームズタウン内にビリーの存在を感じ取っていた。彼が虫の知らせを送って来たことを感じ取っていた。このままだとビリーもスミスも殺されてしまうと思った彼女は、ラトクリフ達と刺し違えてでも攻撃を仕掛けようとした。ポカホンタスは彼女を止めた。
だが、その時。
川の向こうから何かが爆発したような音が一発、轟いた。
ポカホンタスにアリーヤ、そしてジェームズタウンの男達はジェームズ川に注目する。全員の視界に飛び込んで来たのは、見覚えのある巨大な船……スーザン・コンスタント号だった。
あれから約半年……ニューポート船長が生活物資と新しい入植者、そして大量の食糧を積んでバージニアに戻って来たのだ。轟音の正体は号砲だった。
これにより、スミスとビリーの処刑は一旦見送られることとなった。とにかくまともな食事にありつきたかったジェームズタウンの男達は、引き寄せられるように川岸へ走った。
後ろ手に縛られてビリーと共に処刑の時を待っていたスミスは、何度も自分の前に訪れる幸運と、懐にしまい込んでるポカホンタスからもらった羽根に感謝した。
★
一六〇八年一月。
ニューポート船長が乗るスーザン・コンスタント号が、ジェームズタウンの為に補給物資を積んで、およそ半年ぶりに戻って来た。
スミスとビリーの処刑など忘れてしまったかのように船の元へ駆けつけた男達は、山のように積載された食糧を見て狂喜した。植民地滅亡まで秒読み状態だった所へ救いの手が差し伸べられたのだ。彼らの反応は至極当然のものだったと言えるだろう。
船には食糧の他に日用品をはじめとする様々な道具、現地で食糧や毛皮を仕入れる為の交易商品を積んでいた。そして、更に百人前後の入植者を乗せていた。当然、彼らも最初の入植者達がそうであったように、新大陸に黄金の夢を抱いていた……。
補給物資と補充要員の提供を行ったバージニア会社は、物資と人員を補充する為に一時帰国したニューポート船長からジェームズタウンの現況報告を聞いて焦った。植民地の開拓が軌道に乗っていないばかりか、一番の目的であった黄金の山も見つかっていない。アジアとの交易の道へ通じる太平洋の航路すら発見されていない。邪教を信じる野蛮なインディアンをキリスト教に改宗させることなど、殆ど忘れ去られていた。にも拘らず、ジェームズタウンの男達は全滅寸前まで追い込まれている。
この時点で既にバージニア会社は最初に旅立った植民団を新大陸へ送り込む為に多額の投資をしていた。この事業は対立するスペインに遅れを取らぬよう、イギリスと言う国の未来を賭けた壮大な計画だった。故に、国や民間から莫大な出資を得ているバージニア会社に失敗は許されなかった。新たに送り込まれた入植者達は国の命運を背負って新大陸へやって来た。
ニューポート船長から報告を聞いていたバージニア会社は、インディアンとの本格的な戦いに備えて現役の軍人や外科医も少数ながら入植させた。だが、肝心の「未開の地を切り拓いて行ける人材」を求めていたニューポートの要求を受けておきながらバージニア会社が集めたのは、最初の開拓団同様、大自然の中で新しい町を創り上げるには不向きな男達だった。
この人選ミスが、ジェームズタウンに更なる惨状を招くことになる……。
★
長い船旅を経てジェームズタウンに戻ったニューポート船長は、自身の帰還したタイミングが偶然スミスとビリーの処刑寸前の時だったことを知った。更に処刑の理由を聞かされて彼は驚嘆した。ニューポートが知る限り、二人はそんな男ではなかったからだ。
「一体、何が二人を変えてしまったのか……まさか、植民地の環境はそれ程劣悪なものにまで落ちてしまったと言うのか……」
ニューポートはそう思いながら、スミスとビリーへの面会を要求した。そして、二人と会ってみると、それが自分の思い違いであることに気付いた。二人は悪い方向へ変わったどころか、以前にも増して逞しくなっていた。ニューポートはスミス達から不在中にジェームズタウンで何が起こっていたのか全てを聞いた。スミスがポウハタンに捕らわれ、実質的な死刑宣告を受けた中でもポカホンタス達の勇気で生き延び、その上(表面的ではあるが)ポウハタン全体と友好関係を築けたことを聞いた。
スミスの真っ直ぐな眼を見て、ニューポートはすぐにそれを信じた。そして、その友好関係をジェームズタウンを立て直す為に上手く活用するべきだと考えた。
「何にしても、今の友好関係はジョンが生きていることを前提にした上で成り立っているも同然の状態です。だから、議長達の死刑判決を取り下げないと……」
ビリーはニューポートにそう言った。
確かにスミス達の死刑判決は、議長のラトクリフをはじめとするバージニア統治評議会の正式な決定だ。一船長の彼だけで簡単に判決を覆すのは非常に難しいだろう。
バージニア会社から植民地の建設を必ず成功させるよう釘を刺されてロンドンを出航して来たニューポートは到着早々厄介な問題を抱えることとなってしまった。
ニューポート船長の帰還で決定づけられていたスミスとビリーの処刑は、ラトクリフの判断で一週間後に延期される決定が下された。
「チッ……生意気な若造二人を纏めて始末出来る絶好の機会だったのに。運の良い奴らだ」
ラトクリフは舌打ちをしながら、二人が閉じ込められている小屋に悪態をついた。
砦の外から様子を見ていたポカホンタスとアリーヤも処刑が延期されたことを察すると、一旦帰ることにした。
スミスとビリーの幸運と、マニトウの加護を信じて……。
★
ジェームズタウンに食糧と人員の補充が行われてから三日経った時のこと。死の淵から再び希望を見出した三十八人と、新たに黄金の夢を描いて上陸した百人程の男達を絶望の底へ叩き落とす事件が起こった。
その日、彼らは極寒の夜を乗り切る為に焚き火をしていた。だが、その日は昼からずっと強風が吹き続けており、焚き火には不向きな状態であった。当然の如く、火は乾燥した風の影響でたちまち大きくなり、次々と木造の建物に燃え移ってジェームズタウンの全てを瞬く間に飲み込んでしまった。
燃え盛る炎は植民地内の建物だけでなく周辺の森にまで飛び火し、一夜の内に広大な範囲を焦土に変えた。そして、食糧を保存する倉庫も例外ではなかった。三日前にニューポートが運んで来た食糧全てを灰燼に帰してしまった。またもやジェームズタウンは壊滅寸前の状態に立たされてしまったのだ。彼らが抱いていた生きる希望も、たった三日と言う短い期間で消し飛ぶこととなった……。
この火事は偶然近くを通りかかったポウハタンの人間も数人目撃し、後になって火事の原因を知ることとなった彼らを心底呆れさせた。
「うわ、こりゃ酷いな。森のこんな所まで火が移ってるよ」
「取り敢えず、皆に報告だな。何でも、砦の中で焚き火をしてたのが原因らしいぞ」
「何だそりゃ。馬鹿じゃないのか……こんな風の強い乾燥した日に焚き火なんてさ」
そう言いながら、ポウハタンの男達は急いでそれぞれの村へ帰って行った。
ラトクリフは、夜の闇の中で赤々と燃えるジェームズタウンを眺め、ただ呆然と立ちすくんでいた。彼はこの状況で自分が何をするべきか、冷静に判断することすらも出来なくなっていた。しばらくして、彼は躾のなってない子供のように喚き始める。
「奴らだ……こんなことになったのも、全部奴らのせいだ…………ジョン・スミス、ビリー・ストラトス……アイツらがジェームズタウンに不幸を呼び込んだんだ!!」
彼は顔を真っ赤にして、そう繰り返した。
この火事で混乱が予想されるであろうジェームズタウンの秩序を維持する為にも、評議会の権威(正確には自身の面子)を新たに来た男達に見せつけなければならない。
その為にも、あの二人をさっさと処刑しよう。
ラトクリフの頭の中は焼き尽くされた食糧の問題でも、焦土と化したジェームズタウンの再建でもなく、目障りなスミスとビリーの排除でいっぱいだった。
朝日が昇って、ようやく植民地とその周辺が鎮火したところ、大火事の後片付けも完全に終わらぬ内に、ラトクリフは評議会の議員達を招集した。その目的は当然、スミスとビリーの処刑をいつ執行するかの会議だった。議員達の中には、ニューポートもいた。彼は議員ではないが、バージニア会社の代理人として発言権を持っていたので、参加が許された。
ラトクリフ達が死刑執行の日程等を再確認している中、ニューポートはスミスとビリーの罪状が記された紙を見ながら、議員達に囲まれて立っていた二人に尋ねた。
「スミス議員、ストラトス議員。君達は本当にここに記された罪を犯したのかね?」
二人は無言で首を横に振った。そんな三人のやり取りを見たラトクリフは横から口を挟む。
「ニューポート船長、この者達の判決はバージニア統治評議会によって行われた正当な裁判によるもので、既に決まったことです。火事の後始末が一段落したところで、改めて刑の執行を行います。これが覆ることは決してないでしょう」
ラトクリフは邪悪な笑みを浮かべながら、勝利宣言とばかりに言い切った。
彼に取ってスミスとビリーは常に鬱陶しい存在であり、八つ裂きにしても足りない程であった。
敵であるインディアンと勝手に交渉する彼らの行動力は、植民地であるジェームズタウンの最高責任者である自分の立場を危うくするとラトクリフは感じていた。彼は危機に瀕しているジェームズタウンのことよりも、自分の立場を守ることに執着していた。同時に二人の処刑をジェームズタウンの再建に利用しようと考えていた。
ニューポートはラトクリフの浅い考えを全て見抜いており、彼の独裁的な思考を誰よりも危険視していた。その上でラトクリフに問いかける。
「ラトクリフ議長、彼らの処刑には何か意味がありますか。もし、納得出来るだけの意味があると言うのなら、それをお聞かせ頂きたい。現状、私には損失の方が大きいとしか思えませんが、どうなんですか?」
「秩序です」
ラトクリフは迷うことなく即答した。ニューポートは訊き返す。
「秩序?」
「ええ。ニューポート船長、あなたが最初にこのバージニアへ来る海の上でスミス大尉を鎖で繋いだ……それは船の秩序を守る為だったと聞いてます。私もあなたと同じように、この者達を縄で吊るすだけのことです」
ラトクリフはスミスとビリーを指差して言った。最早ラトクリフには何を言っても無駄だと判断したニューポートは、ラトクリフ以外の議員達に向かって言う。
「秩序か……確かに議長の言うことも最も……なのかも知れない。今のジェームズタウンに必要なのは更なる混乱を防ぐ為の規律なのかも知れない。しかし、それは人の命があってこそ成り立つもの。命なくして何の秩序だろうか。我々は今、生き残ることを第一に考えるべき状況にいるのだ。その為にも必要なことを最優先しなければならない。聞くところによると、スミス議員はインディアン達と友好関係を築いたと言う。ならば、彼の言葉を信じて今後も続く厳しい冬を越す為に働いてもらうのはいかがだろうか」
ニューポートは必死に説得を続けた。彼の言葉は非常に説得力が強く、評議会も彼に対抗するだけの言葉を出すことが出来ずにいた。ラトクリフは最後までスミスとビリーの死刑を主張し続けていたが、ニューポートの説得を受けて他の議員達が次々と意見を翻してしまい、遂に折れた。スミスとビリーの死刑はギリギリのところで止められることとなった。
スミスは何度も自分の身に訪れる幸運に感謝した。だが、同時にジェームズタウンには殆ど後がないことも感じ取っており、流石の彼も絶望しかけていた。
★
酋長のポウハタンはジェームズタウンに新たな白き者達が上陸していたことを、偵察に出ていた戦士達から報告を受けていた。そして、大火事で食糧をはじめとする補給物資が消失してしまったことも、現場に居合わせた者達から聞いていた。
「やはり、あの男は嘘をついていたのか……」
ポウハタンは、スミスの言葉を信じたことを強く後悔した。あの時、「新しい船が来れば出て行く」と彼は確かに言った。だが、やって来た船は新たに百人近い男達を乗せて来た。これでも、この地に留まらないと言われて信じる者がいるだろうか。白き者達は間違いなく略奪の為に海を渡って来たのだ。ポウハタンは、そう確信してポカホンタスを呼び出した。
「ポカホンタスよ。ここにある食糧を持って、あの男の所へ行ってくれ。そして、私の所へ来るよう伝えて欲しい」
「分かりました、お父様」
ポウハタンは、ポカホンタスを特使及びメッセンジャーとしてジェームズタウンへ派遣することにした。スミスを呼び出し、改めて彼の口から真実を聞き出す……そう考えたのだ。
ポカホンタスも、父であるポウハタンの考えをすぐに理解した。そして同時に、彼から与えられた役目が自分とスミスに取って吉と出るのか、はたまた凶と出るのか悩んだ。
だが、あの日以来スミスと接触することをポウハタンから強く止められていたポカホンタスは、捕らわれたスミスの無事を確かめられることが何よりも嬉しかった。
そして、ポウハタンの特使としてポカホンタスがジェームズタウンを訪れたのは、まだ寒さが残る二月のこと。豊富な食糧を抱えたアリーヤをはじめとする戦士達を引き連れて、ポカホンタスは白き者達の前に現れた。
「食糧だ!インディアンが食糧を持って来たぞ!」
「本当にありがたい……さぁ、遠慮せず中へ入ってくれ!」
ジェームズタウンの男達は彼女と彼女の贈り物を見て、素直に歓迎した。その姿に敵対意識など微塵も感じられない。
(コイツら、すっかり毒気が抜けたなぁ……初めからこうだったら良かったのによぉ)
アリーヤは男達の親し気な対応に若干引きながらも、彼らの歓迎を受け入れた。
「ジェームズタウンの皆さん、こんにちは」
ポカホンタスはスミスに習った流暢なイギリスの言葉で挨拶した。
それを聞いた男達は、思わず静まり返ってしまった。まさか、インディアンの少女が自分達の言葉で挨拶するなんて……。
ポカホンタスは男達の中からスミスを探したが、あまりの人の多さに見つけることは出来なかった。男達の数を視認で確認出来るだけでも、百人は軽く超えている。父の言う通り、彼らはこの地に住み着き、侵略しようとしているのかも知れない……ポカホンタスは食糧に群がる男達を見てそう思った。その時、
「ようこそ、ジェームズタウンへ」
男達の人垣の向こうから、スミスの声が聞こえた。声のする方を見ると、少し窶れてはいるが、あのスミスの顔があった。男達を避けて、スミスが彼女の元へ近づいて来た。仲間に捕らわれたと思っていた彼の無事を確認して、ポカホンタスは目に涙を浮かべた。
アリーヤも男達の中にビリーを見つける。どうやら彼も無事なようだ。ビリーは彼女の前まで歩み寄り、優しい笑みを浮かべた。
「アリーヤ……」
「ったく、ヒョロいお前のことだ。とっくに冬の寒さでくたばったのかと思ったぜ」
そう言いながら、アリーヤは拳を突き出した。ビリーも拳を出して突き合わせる。
悪態はつきながらも、これだけで二人が心の中から繋がっていることを示すには充分だった。
ポカホンタスは、スミスにずっとこの森にいて欲しいと思っていた。もし白き者達がこのまま住み着けばスミスも出て行かない筈……ならば、他の白き者達もこの地にいて欲しい。彼女は父の考えとは全く逆の希望を抱いていることに気が付いた。
★
ポウハタンの招待を受けたスミスは、ビリーとニューポート船長の二人と共にウェロウォコモコへ赴くことにした。ニューポートは念の為、武装した十人の男を同行させた。
スミスは、今回の訪問に全てを賭けていた。もし、ここで食糧の調達が出来なければ、ジェームズタウンは確実に滅亡するだろう。ラトクリフや一部議員達は、スミスをジェームズタウンの代表にして交渉に行かせることを快く思っておらず、スミス自身もそれを承知でいた。
日頃から評議会の連中に陰口を叩かれていたスミスも「文句があるなら、お前達が勝手に行って何とかして来い!」と一言ガツンと言ってやりたかったが、今はそんなことを言ってる場合ではない。生き延びる為に必要なことだからと自分に強く言い聞かせ、爆発寸前の自分の感情を必死に抑え込んだ。
ロンドン出航以来、溜まったストレスが原因で胃痛に悩まされていたスミス。
ビリーに関しては胃への負担が特に大きく、先日とうとう吐血してしまった。それでも身体を引き摺って自分について来てくれる彼の姿を見て、スミスは心底焦った。
(急がねばならん……何もかも急がねばならん……)
川を遡るべく、ニューポート船長が小回りの利くディスカバリー号を操舵した。船には彼がロンドンから持ち帰った交易の為の品々が数多く積まれていた。
ディスカバリー号は、スミスの記憶を元にウェロウォコモコを目指した。そして、目的地付近の岸まで近づくと、アリーヤと数人のポウハタンの戦士が待っていた。
「そろそろ来ると思ってたよ。ここからはアタシ達が案内するから、ついて来な」
アリーヤの言葉に従い、スミス達はウェロウォコモコへ向かって歩いた。上陸してから空気が大きく変わった気がした……初めて訪れたビリーとニューポートは、目的地が近いことを肌で感じていた。
スミス達がウェロウォコモコへ辿り着くと、ポウハタンが直々に彼らを出迎えた。
「我が息子、スミスよ。そして、その仲間達。ようこそウェロウォコモコへ。今日は我々の心からの歓迎を受けて頂きたい」
そう言うとスミス達を中へ招き入れ、あの時と同じように歌や踊り、そして祈りで心から歓迎した。ポカホンタスとポーチンスも、そこにいた。
スミスから処刑の様子を聞いていたニューポートは、歓迎の宴が何かの儀式なのではないかと不安視していた。スミスとビリーも表面上では平静を装っているものの、やはり不安は拭い切れずにいた。
宴が終わると、スミスは高価な素材が使われた衣類や工芸品等をポウハタンに贈呈した。船にはまだ多くの交易品を積んでおり、それらも全て贈呈すると言った。
ポウハタンと宴に参加していた他の族長達は、その贈り物を喜んで受け取った。そして、スミス達に感謝の祈りと踊りを始めた。
スミスとビリーはポウハタンの人々の温かい歓迎を受けて、この友好関係がいつまでも続いて欲しいと心の奥底から願っていた。そんな中、ポウハタンは言う。
「次の収穫の季節にあなた方が大地の実りを手にするまで、我々ポウハタンは必要なだけの食糧を援助しよう」
ポウハタンは、スミス達にそう宣言した。その後は楽し気な雑談が続いた。
彼の食糧援助に、スミスは驚嘆した。ポウハタンの耳には、ジェームズタウンに新たな入植者達が加わっていることが既に届いた筈だ。それは以前スミスが言った「新たな船が来たら出て行く」と言ったこととは真逆の状態になっている。にも拘らず、ポウハタンはそのことを話題に出そうとしない……その裏には何か別の思惑があるのだろうか。
スミスは、愛想笑いをしながらもポウハタンの言葉を素直に喜べずにいた。
その時、ポウハタンの横に座っているポーチンスがにこやかな表情で言う。
「それにしても、君達二人が砦に帰った後も仲間に捕まってたって聞かされた時は驚いたよ。君達は仲間の為に奔走してただけなのに、非道い話だよね~」
「いえ、議長も俺達のことを誤解してただけですので……」
「そっかそっか!あ、そうそう。以前要求した石臼一つと火を吹く杖二本……僕が寄越した使いの子達から確かに受け取ったよ。話を聞いてくれて、ありがとね♪」
ポーチンスは、スミスとビリーに対して親し気に礼を言った。
スミスはニューポートの尽力でラトクリフ達による処刑を免れた後、すぐにポーチンスとの約束の内容を報告した。当然、ラトクリフには「敵に武器を贈るなど問題外だ」と一蹴されてしまった。この時ばかりはスミスもラトクリフの言葉が正論だと思い、何も言い返すことは出来なかった(厳密には敵ではないが)。
しかし、命と引き換えに交わした約束を無視する訳には行かない。スミスはビリーに何か良いアイデアがないか相談した。そしてビリーは、ある提案をする。
「要はマスケット銃二丁を渡せたら良いんだよね?だったら、こんなのはどうかな」
次の日、スミスはジェームズタウンにやって来たポーチンスの使者達にマスケット銃三丁を見せて、内一丁を木に向けて発砲して見せた。乾いた銃声と共に、木の幹に出来た銃創を見て使者達は大層驚いた。そして、残った二丁を彼らに差し出した。それが壊れた銃であると知らずに、使者達はありがたく受け取ったのだった。これならラトクリフ達も納得させられる筈……それがビリーの提案だった。スミスは確かに約束を守った。ただし、武器として使える銃ではなく、使えるように見える銃を差し出すと言う策を弄しはしたが。
ポーチンスも受け取ったマスケット銃が壊れていることには感付いていた。だが、彼はマスケット銃を解析して、その対策を取ることさえ出来れば良いと考えていたので、スミス達の事情も汲んで何も言うことはなかった。
「……」
ポウハタンはスミスとポーチンスの会話を黙って聞いていた。纏めるとスミスは、あの後ポウハタンと結託して裏切ったと誤解した仲間達に捕縛され、その最中に救援の船が持って来た食糧も焼けてしまう。更にポーチンスとの約束を守る為に火を吹く杖を用意した……そう聞くと、色々事情があってすぐに出て行けなかったとも取れるが……。
そこにいる者達が楽し気にしている中、ポウハタンだけはスミスのことを警戒していた。スミスもまた、ポウハタンが追及して来ないことを不気味に思っていた。
しばらく歓談が続いたところで、ポウハタンはニューポートと他の男達に言う。
「あなた方が持っている武器……それをあちらに置いて来ては頂けないだろうか」
そう言うと、室内の一角を指差した。そこには建物に入った戦士達が自分達の武器を置いておく場所だった。斧や弓がずらりと並んでおり、アリーヤの蛇腹剣も置かれていた。ニューポートや同行した十人の男達が所持していた武器をそこに置いて来てくれと頼んだのだ。
スミスはポウハタンの要求を受け入れ、全員に武器を置くよう指示した。ポウハタンの歓迎を受けて警戒心が薄れていた男達は素直に従おうとしたが、ニューポートは止めた。
「スミス大尉。嘗て君がそうされかけたように、武器を置いた途端に我々全員が捕らわれて処刑されないと果たして言い切れるだろうか。仮に同じことが起こった場合、君を助けたポウハタンの娘が君以外の全員を救ってくれると断言出来るのか。済まないが、武器のことは何としてでも断ってくれ」
「彼らは私達を襲うことはありません。それに、ポカホンタスだってあなた方を見殺しにするような子でもありません。ここは私を信じて武器を一旦置きましょう?」
「それはあくまでも希望的観測に過ぎない。実際、ウィングフィールド議長やラトクリフ議長の軽率な行動のせいで、ポウハタン側も警戒を強めている筈だ。友好関係の架け橋である君はともかく、その他一同に過ぎない我々にはどんな感情を抱いているかも分からんのだ」
ニューポートは説得を続けた。
ここまで非武装で来て、尚且つ殺される心配が殆どないスミスとビリー以外は決してリスクが小さくはない……彼の言い分も最もであった。
スミスは少しの間考えた。何とかして、この場にいる全員が納得出来るだけの答えを出したい。ほんの僅かな誤りでも、友好関係に綻びが生じるのは確実だ。
ポカホンタス、アリーヤ、ビリー、ニューポート、それぞれがスミスとポウハタンのやり取りを見守る中、ポーチンスは表情を変えることなく、スミスの答えを待っていた。
(あの様子だと、ニューポートとか言う者に何か無茶振りでも要求されたな……)
ポーチンスは、スミスがニューポートからポウハタンの要求を拒むよう頼まれていることを読んでいた。全くその通りであったが、イギリスの言葉を話せるポカホンタスとアリーヤの心配そうな表情から見ても、ほぼ間違いないだろうと確信した。
(さてさて、スミス君は酋長にどう返すのかな。ここで見させてもらうとしよう……)
彼はスミスがこの状況をどう乗り切るか、期待しながら見つめていた。これまで幾つもの窮地を脱して来た彼の持つ強運……ポーチンスはそれに興味があった。
それに答えるように、スミスは顔を上げてポウハタンに言う。
「ポウハタン酋長。武器を置けと言うのは、激しく憎み合う『敵』に対して使う言葉です。あなたは私達を友として受け入れ、私のことも息子と呼んでくれた。それなのに……何故、武器を置けと仰るのですか」
スミスはそう言って、ポウハタンの要求を躱した。これが、スミスが精一杯考えて絞り出した答えであった。それに対して、ポウハタンは落ち着いた口調で返す。
「では、訊こう。この建物の中で武装した戦士が何処にいる?私の周りを見てみよ。どの男達も、そして最強の戦士であるアリーヤも武器を持っておらん。当然だ。皆、ここは戦場でないと分かっておるし、君達が敵でないことも分かっておる。我々はただ、武器を介することなく対等の立場で腹を割って話し合いたいのだ」
「対等の立場で……腹を割って……」
「そうだ。思えば、君達がこの地へやって来た本当の理由……私にはどうも君が話してくれたことが全てではないように思えてならん。スミスよ……私の息子であるなら噓偽りなく全てを話してもらいたい」
やはりポウハタンに新たな入植者のことが知れ渡っていた……そう感じたスミスの頬に冷や汗が流れた。場の空気が凍りつく。正に一触即発の状況だ。
正直に全てを話せば、今の友好関係は間違いなく崩壊する。重い沈黙の中、頭であれこれ考えている内に、スミスの顔は段々青ざめて行く。
これを見ていたポーチンスも流石に可哀想だと思ったのか、
「そうだ!君達、乗って来た船の中にまだ色々珍しい物を積んでるんだよね?僕、珍しい物には目がないんだ!是非とも見せて欲しいな~」
とぼけたような口調で、スミス達に助け舟を出した。ポウハタンは彼の顔を見ながら、静かに……しかし威圧感を見せながら黙らせようとする。
「ポーチンス……済まんが、話の腰を折るのは止めてくれんか」
「まぁまぁ、スミス達を見て下さい。酋長が怖い顔するから怯えてますよ。彼らはもう我々の友なのですから、もっと楽しく行きましょうよ!君達もゴメンね!ウチの酋長は気難しい人だからさ~、驚いたろ?」
ポーチンスの砕けた話し方に、その場にいたポウハタン以外の者達全員が思わず吹き出してしまった。緊張で顔が硬くなっていたスミスやニューポートの顔にも笑みが浮かぶ。
場の空気が和んだところで、ニューポートもポーチンスの提案を聞き入れることにした。ニューポートは早速、ポウハタン達にお願いをする。
「残りの品は船に積んでおりますが、何分量が多いので、一度船まで来て頂けますかな。あなた方から見て、必要な物から優先的に降ろして行きたいと思いますので」
「あなたが交換したいと思う物は、あなたが持って来れば良い。それが筋であり、礼儀であると私は思いますが……違いますかな?」
ポウハタンはニューポートの提案をバッサリと切り捨ててしまった。
ニューポートは「仰る通りです」とポウハタンの言葉に従った。そして、船に引き返して交易の品を全て持って来させた。荷降ろし作業は一部の部族民も手伝ってくれたお陰で、想定以上に早く終わった。ポウハタンをはじめ、各部族の族長達の前に交易商品がズラリと並べられた。
族長達は見たことない異国の品々を目にし、喜んで各々の村や集落から食糧を提供すると約束した。ポウハタンも装飾品を中心に選び、交換に応じた。
取引は特に大きなアクシデントもなく順調に進み、最終的にはジェームズタウン側に割の良い形として成立することとなった。
(ここまでは何もかも順調……でも、何か嫌な予感がする)
取引の様子を眺めていたビリーは、一人胸騒ぎを覚えた。今は大丈夫だが、後に何か大変なことが起こる……そう感じていたのだ。
そして、今回の取引内容に気を良くしたニューポートの判断が後日ジェームズタウンとポウハタンの間にトラブルを招くことになる……それを予期出来た者は誰もいなかった。
そのトラブルの引き金となったのは、ポウハタン側が交換用に用意した二十羽の七面鳥とロンドン側が備品として積んで来た二十本の剣の等価交換だった。先の取引で良い結果を得られたニューポートは、この取引も快諾した。
ポウハタン側の機嫌を損ねない為、スミスもその場では了承したが、「二つの点」においてニューポートの気前の良い取引に後悔しなければならなかった。一つは七面鳥一羽に対して剣一本と言う、非常に分の悪い取引の前例を作ってしまったこと。そして、もう一つは剣と言う武器をポウハタンに与えてしまったことだ。
だが、「救援の船が来たら出て行く」と言う当初の約束を破ったスミスは、ポウハタンの信頼回復に急ぐあまり止むを得ないと諦めた。そして、それが裏目に出る結果となる。
★
ジェームズタウンに戻ったスミスは、結果的に二十本の剣を差し出すこととなってしまったが、その他の交渉に関しては概ね成功だったと満足していた。
それに何より、ポカホンタスと久し振りに会えた。それが一番嬉しかったと思っている自分にスミスは少し驚いた。
(もしかしたら、俺の心は既に……)
太い木の枝に寝転がって、星空を眺めていたスミスは自分の中にある意思を見つめ直していた。
スミス達第一陣の植民団がバージニアに上陸したのは、前年の四月。あれからずっと多くの危険や困難と向き合って来たジェームズタウンに、初めて平穏な日々が訪れた。焼け落ちた砦も徐々に再建され、男達が砦の外に出ても襲われることはなくなった。この関係がいつまでも続いて欲しい……スミスもビリーもそう願っていた。
やがて厳しい冬も終わり、誰もが待ち望んでいた春がやって来た。
一六〇八年四月。次の冬に備えてニューポートは再び食糧とその他物資の補給を行う為、本国へ向けて出航した。彼は自分やスミスが築いた友好関係がこれからも続くであろうと状況を楽観視しながら帰国して行った。だが、ニューポートのその考えは殆ど根拠のないものであり、同時に冷静な判断力を持つ彼が最初で最後に犯した痛恨のミスであった……。
ニューポートがジェームズタウンを発ってから数日後、友好関係を築いた部族の男達が尋ねて来た。彼らは前回の取引同様、七面鳥二十羽と剣二十本の交換を望んだ。
ウェロウォコモコで同じレートの取引を目の当たりにしていた彼らは、前回と同様に七面鳥を差し出せば剣を得られるだろうと考えていた。
全面的に食糧の援助を受けているジェームズタウン側は、それを断れる立場ではなかった上に、この相場はニューポートが作ってしまったものだ。スミスは、遠方の集落から訪ねて来た男達から七面鳥を受け取り、備品として保管されている剣を二十本渡そうとした。
だがその時、直前のところでラトクリフが止めに入った。
「スミス大尉!武器を与えるなど問題外だと、何度言えば分かるのかね!それに剣一本に対して七面鳥一羽では、どう考えても我々の方が大損ではないか!」
「お言葉ですが、ラトクリフ議長。これは互いの信用に関わる問題なのです。ポウハタンは約束を守ることを何よりも重んじます。ここで剣を二十本惜しんで矢の雨を浴びながら飢えに苦しむか、剣を二十本渡して生き延びるか、考えれば分かる筈です」
「だが、今ここで奴らに剣を与えれば、またいずれ剣を求めて七面鳥を持って来るだろう。そしてジェームズタウンはやがて剣を全て失ってしまい、敵の攻撃に抵抗する術を失って滅んで行くのだ。とにかく、これ以上の剣の交換は認めん!」
ラトクリフは七面鳥と剣の交換を認めなかった。スミスは仕方なく、受け取った七面鳥を男達に返還し、剣を交換に出すことは出来ないと話した。
これを聞いた男達はスミスに抗議する。
「どう言うことだ!先日は他の部族に対して同じ条件で七面鳥の交換に応じたではないか!何故、我々の時には取引が出来ないんだ!?」
「いえ、ですからそれは……」
「ちゃんとした理由を聞かせてもらいたい!でなければ、我々も帰れん!」
七面鳥を突っ返された男達は、スミスに詰め寄った。スミスは納得が行かないと言い寄る男達の気を必死に静めようとする。
(だ、誰か助けてぇ……)
毎度の如く貧乏くじを引かされたスミスの心は限界近くまで擦り減っていた。涙目で男達に応対していると、彼を押し退けてラトクリフが十数人の部下と共に前へ出て来る。
「オイ、貴様ら!一体何を騒いでおる!?」
「ぎ、議長……これは……」
「全く言わんこっちゃない!スミス!お前がしっかりしないから、野蛮なインディアン共がつけ上がるんだ!コイツらを捕らえろ!」
ラトクリフが命令を下すと、後方にいた部下の男達が一斉にポウハタンの男達に掴みかかった。これによって、七面鳥を持って来た男達は全員捕虜となってしまった。
スミスは慌ててラトクリフに尋ねる。
「議長!一体何をなさるのです!?」
「コイツらには少しばかり教育が必要なようだな……丁度良い、私がイギリス式の教育をしてやる」
そう言って男達を砦の中へ連行すると、彼らに対して殆ど無意味に鞭を打ち続け、更に鉄の棒で滅多打ちにして苦しめた。この時のラトクリフは尋常ではなかった。ここしばらくは安穏な生活が続いていたとは言え、友好関係が築かれるまで繰り返し訪れていた危機によって溜まっていた鬱憤が捕虜に向けて爆発させられたのだ。
評議会のメンバー達は拷問をやめるよう言ったが、ラトクリフは全く耳を貸さず、連日飽きることなく狂ったように鞭を打ち続けた。
今回の一件で悪化しかけた両者の関係を修復したのは、またもやポカホンタスだった。同胞がジェームズタウンと揉め事を起こして捕まったと聞いた酋長のポウハタンは、捕虜の男達が属する集落の族長に代わって彼らの釈放を求める特使として、ポカホンタスを派遣した。
「ポカホンタスの頼みとあっては、スミスも断れんだろう」
彼はポカホンタスとスミスの関係を利用したのだった。
ポカホンタスはアリーヤと共に食糧を抱えてジェームズタウンを訪れた。食糧は誰に言われた訳でもない、彼女の判断で勝手にしたことだった。ポカホンタスはとにかくスミスの為に何か出来ることがあれば、何でもしてあげたいと思っていた。アリーヤもビリーの喜ぶ顔が見たくて、ポカホンタスに協力した。
「こんにちは、スミス」
「よぉ、こないだはウチの奴らが世話んなったな」
二人の来訪に、スミスとビリーは揃って出迎えた。ポカホンタスは早速、スミスに捕虜として捕まっている男達の釈放を求めた。表面上はどうあれ、自分の立場は明らかにスミスと対立している……しかし、彼女はスミスと会えるのなら、どんな理由でも良いと思った。
スミスは彼女の要求を聞くと、直ちにそれを了承した。最初に言い寄って来たのは向こうだが、彼らを捕らえて行き過ぎた拷問まで加えているジェームズタウンの方が非は大きい。
いつまでも捕虜を留めておく理由はないと考えたスミスは、ポカホンタスの頼みも一応あるが、あくまでも冷静な状況判断に基づいてそうするのだと自分に強く言い聞かせた上で、捕虜を釈放した。
これを機に、捕虜に対する苛烈な拷問をはじめ、日頃から尋常でない言動を見せていたラトクリフは評議会の議決によって遂に議長の職を解任されることとなった。後任には満場一致でスミスが選ばれた。
(これでやっと、ジェームズタウンも救われる……)
実質的にスミスの右腕となったビリーは、これまで味わったことのない解放感と共に友人の議長就任を祝福した。
実際、スミスの評議会議長就任によって、暫しの間ジェームズタウンに平和が訪れることとなった。ポウハタン側も警戒していたラトクリフが議長の座を追われたことで、攻めることを完全に中断したのだ。戦いは完全に止んだ。
火事で焼け落ちた建物は次々と再建され、更に真水を汲み上げるのに充分な深さの井戸も掘られた。ジェームズタウンの完全復興を目指すべく、スミスは率先して働いた。そして、上流階級出身の男達にも厳しい労働を課した。仕事をサボっている者を見かけると、
「ここはイギリスじゃないんだ!『働かざる者、食うべからず』……ダラけてる暇があったら真面目に働け!口を開けて待ってたら食事が運ばれて来るなんて考えは今すぐ捨てろ!階級社会は、とうの昔に終わったと思え!」
そう心を鬼にして、強く言い聞かせた。それは、生き残る為の当然の措置だった。
そんな中、スミスはビリーと共に本来の使命である探検にも出た。バージニアの地図を作製する為、ポカホンタスやアリーヤも連れて、あらゆる川を遡り、森や山を歩き、大きな成果を出した。四人の冒険はとても充実しており、旅の中で色んなことに触れ、楽しんだ。
一方で、相変わらず黄金の夢を捨て切れないジェームズタウンの男達は、部族民の協力も得ながら山で金鉱を探した……が、こちらは全く収穫がなかった。とは言え、ポウハタンと友好関係を築いたジェームズタウンの男達は、飢えと寒さと外敵に怯え苦しんでいた悪夢の冬のことも忘れ、春と夏を満喫していた。だが、この楽しい一時も長くは続かなかった。
この後、ポカホンタスとスミスには悲劇の影が忍び寄ることとなる……。
★
十月八日。
ニューポート船長が食糧やその他生活物資、そして新たに七十人程の入植者を乗せてバージニアに戻って来た。食糧が届いたことに植民地の男達は喜んだが、スミスとビリーの表情は深刻なものだった。新しい入植者が上陸したことで、一時的な避難などとは言えなくなって来た。もう、誰の目から見ても永住しようとしているのは明らかだ。折角築いたポウハタンとの友好関係に亀裂が入るのも時間の問題だった。
(何て余計なことを……俺達の苦労が……!)
何故、このタイミングで人員を……スミスは、ただただ国を恨んだ。
だが、それ以上にジェームズタウンを窮地に追い込むことになったのは、バージニア会社と国王ジェームズ一世がスミスに与えた新たな任務だった。
それは、部族連合の酋長であるポウハタンにイギリスの植民政策を認めさせ、そして彼にイギリス国王より授けられる王冠を受領させろと言うものであった。早い話がイギリスに服従させろと言うのだ。しかも、その為の戴冠式はジェームズタウンで執り行うよう、国はスミスに要請していた。
ご丁寧に、戴冠式でポウハタンに贈られる銅製の王冠やクローク、他に豪華な家具等一式も船内に積まれていた。
「こんなことをしたところで、イギリスの真意が彼らに知れ渡れば余計に関係を悪化させるだけだと言うのに……」
「ジョン。恐らくイギリスはポウハタンの酋長を『王』、もしくは『支配者』だと思い込んでるんだと思う。ポウハタンの社会と言うものを理解してないんだ」
スミスもビリーも国王からの断ることの出来ない要請に腹を立てた。イギリスはポウハタン酋長を「部族連合の野蛮な皇帝」と呼び、「酋長がポウハタン族を支配している」と勘違いしていた。この為、国側は「ポウハタン酋長と盟約し、彼を懐柔すれば部族連合の全部族民がこれに従うだろう」と思い込み、酋長に王冠を被らせることで絶対的な従属の図式を作ろうとしたのである。
上陸以来一年半……彼は地道に関係を築いて来た。それを何も分かってない本国から届けられた一枚の通知文書が全てをブチ壊しにしようとしていた。しかし、それは国王から直々に言い渡された命令……従う他なかった。
「こんな紙切れの為に……!」
スミスは渡された文書を握り潰して、苦々しく呟いた。
戴冠式はジェームズタウンで必ず行うよう指示があった。ウェロウォコモコに出向くのでは意味を為さない。
スミスとビリーはウェロウォコモコに行き、ポウハタンに訳を話した。ジェームズタウンへ行き、国王から授けられた贈り物を受け取るよう何度も頭を下げて頼んだ。
「君達の国の王が私に物を下さると言うのなら、私が砦に行くのではなく、君達がここへその贈り物を持って来なさい。我々が君達に贈り物をする時、君達の方から受け取りに来るよう頼んだことがあったか?そう言うことだ」
「っ……!」
「それに、君達の砦に対する異様な拘りから見ても、私を罠に嵌める目的があると解釈することだって出来るが、どうかな?」
次々と出て来るポウハタンの言葉に、スミスとビリーは一言も反論出来なかった。
全く以てその通りだと思った。ポウハタンの言葉は筋が通っていて、何も間違ってはいない。
分かってはいたが、自分達も国王の命令に背くことは出来ない……スミスは、イギリスとポウハタンの間で板挟みになっている自分に気が付いた。
結局、戴冠式はウェロウォコモコで行うこととなった。いつまでもジェームズタウンで行うことに執着していたって埒が明かない。とにかく、何処でも良いから形だけでも戴冠式を行うとしよう……スミスは、そう決断せざるを得なかった。
「本国への報告書作成(虚偽記載込み)は僕がやっておくよ……」
ビリーは式の直前にスミスにそう言って、式会場へ向かった。友人の気遣いに、スミスはただ黙って頷くことしか出来なかった。
そして、式の主役達が揃ったところで、戴冠式がウェロウォコモコで行われた。それはスミスをはじめとする一部の者達からすれば、実に滑稽この上なかった。
「国王ジェームズ一世より、この王冠をポウハタンに授ける」
ニューポートはポウハタンに跪いて頭を垂れるよう促した。
ポウハタンはスミスの顔を見て、小声で呟く。
「なるほど……そう言うことか」
彼はヨーロッパの政治を学んだことなど決してなかったが、それが単なる贈り物ではなく服従を意味するものだと、すぐに気付いた。
ポウハタンはニューポートに促されるまま頭を垂れると、そのまま王冠を被った。
だが、その眼は怒りにも憎しみにも似た感情を秘め、見る者を悉く威圧した。
「あちゃ~……やっちゃったよ。停戦協定も、これで『じ・えんど』か」
戴冠式の様子を見ていたポーチンスは残念そうな表情をしていた。
彼だけではない、勘の良い一部の族長達は王冠の意味を察していた。
ポウハタンが王冠を被ると、ニューポートの合図で近くに停泊していた船が一斉に大砲を撃ち鳴らし、式の終わりを告げた。それは同時に、スミスとポウハタンの間に築かれていた友好関係が終わりを告げたことでもあった。
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