私、魔王の会社に入社しました-何者でもなかった僕が自らの城を手に入れる日まで-

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終章

何を選び、何を捨てるのかー終章3:過去と未来の取捨選択ー

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しばらくの間、こぼれていく涙を止めることもできず
僕は非常階段の隅にうずくまっていた。

泣くのに疲れた頭でぼんやりと
今日はいい天気だな、とどうでもいいことを考えた。

空は青く澄んでいて、陽射しはさんさんと降り注ぐ。


「…みっともな」


こぼれた言葉は、自己嫌悪。
今の自分は無様としか言えなかった。

魔王様と執事さんのやり取りを見て
衝動的に逃げて、見放されたような気持ちになって
落ち込んで泣きわめく。

まるで子どもの癇癪だ。


「それに…僕は本当に、クビになるのか?」


自慢じゃないが、入社してからの失敗の数は
数えるのが馬鹿らしいほどたくさんだ。

そのたびに、周囲から指導を頂き、フォローされながら
ここまで育てて頂いた。

魔王様たちが、僕を切るはずがない…なんてことは言わない。
厳しい経営判断を下すこともあるだろう。

それでも、彼らなら。
僕をクビにするにしても、きちんとした理由を説明してくれるはずだ。

僕がこの会社に飛び込んできた時を思いだせ。

今よりも分からないことだらけで、それでも執事さんに憧れて
当時の自分をとにかく変えたくて、必死に動いてチャンスをつかみとった。

自分で決めた道だ。
もしクビになるのだとして、それは成果を出せなかった僕の責任だ。
他の誰のせいでもない。


「まだ、ちゃんとお二人から話を聞いてないもんな」


立ち聞きをした内容から勝手に判断できることじゃない。
ならば、今は自分にできることをしたいと思った。


「何があろうと、先に進むだけ」


自分の心に聞けと、ゲーテさんは言った。

自分の船はどこに向かいたいのか?
そして相手は本当に一緒に旅ができる相手なのか?

人生を賭けるべきタイミングは、そう何度も訪れない。

僕は、この先仮に魔王様たちと道を違えたとしても
それでも「今」に賭けると決めた。

僕は、弱い人間だ。
ささいなことで心がぐらつく。

まだ魔王様たちのように強くはなれない。
けれどいつかは、同じような強さを身につけたいと願うから。

信じて進み続けるために
ここで未練を断ち切ろう。


非常階段には誰も来ない。
ここから先の会話は、誰に聞かれることもないだろう。

ポケットから携帯を取り出して、電話帳から
見つけた懐かしい番号にコールする。

相手が出れば、それでよし。
出なければ、その時に考えよう。

プルルと無機質なコール音が数回、鳴り響く。

10回を越えてそろそろ切ろうかと思った直後
相手先との通話がつながった。


「もしもし…?」と電話口からかすれた声が聞こえる。
親友だったその人の声は、ずいぶん弱々しく響いた。

少しだけ、他愛ない会話をした。
本当にどうでもいいことばかりだ。

そう、今の僕にはもう、どうでもよくなってしまった。

僕と彼とでは時間の進みが違うのだろう。

彼は停滞しながらも、ゆっくり自分のペースで進んでいる。

それは悪いことじゃない。

ただ、彼がそう選んだだけだ。
そして僕がそれをもう選ぼうと思わないだけだ。

「生き急いでいるようだ」と彼は僕を評した。
だからこそ心配で、もう少し落ち着いた安全な生き方を勧めてくる。

魔王の会社が安心安全な職場だとはカケラも思わない。
むしろ険しい山道を必死で走っているような環境だ。

でもそれは僕だけじゃない。
むしろ僕の周りにいる魔物達は、もっと速いスピードで日々を生きている。

だからこそ集まる情報の質や量も半端ないし
仕事のスケールも大きい。

ビジネス経験の浅い僕がついていこうと思ったら
そりゃ息が切れるし、しんどいのは当たり前だ。

それでも、その速度で走る者にしか
たどり着けない景色がきっとあるはずで

僕は、過去の思い出よりも
未来で待つその景色を仲間たちと見たいのだ。

彼に対して、言いたいことは色々あったはずだ。
けれど、話をしているうちに、心の温度が失われていく。

無駄だろうな、と思ってしまった。

僕が今感じていることや魔王様たちから教わった様々な学びを
今の彼にいくら伝えたとしても、おそらく届くことはない。

でも、これだけは言っておこう。


「僕は、誰がなんと言おうと、今の自分が選んだ道に満足してる」


ワンブレスで言い切った。
相手がうろたえている様子が声から伝わってくるが、構わない。

あとは過去の感傷に別れを告げるだけだ。


「でもきっと今のお前には理解してもらえないのも分かってる。
だから、さよならをしよう。もう、僕はメールも電話も一切返さない」


相手の言葉を待たずに、通話を切った。
そして、着信拒否をする。でないと、すぐにかかってくる気がした。

メールまではブロックしなかったが、今後目を通すこともないだろう。

薄情だと思う。

それでも今は、他の何を切り捨ててでも
目の前の仕事に全力を注ぎたい。

今の恵まれた環境で経験を増やし、成長を続けていけば
きっと僕の人生はこれからも飛躍的に変わっていける。


「…ごめんな」


届かない謝罪に意味はない。
それでも、つぶやかずにはおれなかった。

いつか、彼と僕の道が交わる日が来るのかもしれない。
来ないのかもしれない。

未来のことなんてわからないけれど
彼は彼なりの幸せだったり成功だったりを掴めばいいと思う。


「僕は、もう迷わない」


携帯をポケットにしまって
非常階段を立ち去って、デスクに向かう。

仕事を、しよう。
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