私、魔王の会社に入社しました-何者でもなかった僕が自らの城を手に入れる日まで-

ASOBIVA

文字の大きさ
上 下
38 / 46
第19章

クリエイターを取り巻く業界の希望と現実ー第19の課題:クリエイターの収入ー

しおりを挟む
魔王様や執事さんたちは、僕にとってずっと
目指すべき目標であり、憧れだった。

あんな風になりたい、と願ったから
僕はこの会社に飛び込んで、働けている。

けれど、憧れはときに思考停止につながる。

魔王様や執事さんが絶対正しいわけでもない。

僕は、どんなにがんばったって彼らと同じにはなれない。

僕にはきっと僕なりのよさがあり、強みがあり
そして目指すべきゴールがあるはずだ。


「もっと自分の心と、向き合っていかないと…」


自分の答えは、誰も与えてくれない。

結局、様々な経験をしながら、自分の内側に
見出していくしかないのだ。

執事さんとの夜の散歩をした日から
これまで書いてきた気づきノートを僕は何度も見返すようになった。

自分が感じてきたことや学んできたことが
これからの僕を定める手がかりになる。

そう思ったからだ。

とはいえ仕事の忙しさは何も変わらないし
振り返りの時間だって、けっして多くはとれない。

疲れ切った夜は、朝まで泥のように眠ってしまうか
悪夢に叩き起こされるかのどちらかだ。

あれから、仕事関係のメールは以前と同じくらいに戻ったが
親友からのメールは相変わらず届いていない。

少しだけ悔やむ気持ちと
そして安堵に似た気持ちが混じる。


「考えても、仕方ないか」


携帯を強く握りしめる。
どれだけ考えても、時間は待ってくれない。

なら、少なくとも今はプライベートについて
考えるのをやめようと思った。

この先もずっと魔王の会社で働いていけるとは限らない。
いつ何があるかは、誰にもわからない。

なら、未来を不安がるよりも、今置かれている環境を活かして
最大限の学びを身につけることにだけ力を注ぎたい。



今日もオフィスで仕事を進めていく。

外を見れば、少し紫がかった夕焼け空が広がっていた。

少し換気がてら窓を開けて
外の酸素を胸いっぱいに吸い込む。


「少し、休憩するか」


パソコンをいったんスリープに落としてから
疲れた目の周りを軽くもんだ。

目尻にじんわりと涙がにじむ。

ディスプレイに映りこんだ僕の顔は
やたらとくたびれて見えた。

乾いた笑いが口から漏れた。
思っていたよりずっと、疲れをためこんでいたらしい。


「ふむ、目の隈がだいぶひどいの」


背後からいきなり声がかかる。
けれど、僕は驚かなかった。

実はディスプレイの画面にその人の姿も
映り込んでいたのだ。


「お久しぶりです、魔王様」


僕は軽く会釈を返した。
「よかったら」と横のデスクの椅子を引いて
魔王様に座るよう促す。

確かに僕もずいぶんと疲れているのは間違いない。

でも、よく見ると魔王様のほうが
随分と疲弊しているように見えたのだ。



「ありがとう…まあ、我も少々疲れた」


普段は見せない魔王様の本音なのかもしれない。
僕は何も言わずに、ただ耳を傾ける。


「現実とは、残酷なものよな」


魔王様は、小さな笑いをこぼした。
自らの無力に嘆くような、力のない笑みだった。


話を聞いていくと、どうやら魔王の会社で手掛けていた
あるアニメーション作品のやり取りの中で、業界の現状について
様々な思いを持たれたらしい。

たとえばアニメーション制作会社には
数多くのクリエイターが所属している。

夢を持って努力し、才能に悩み
それでも作品作りをやめないクリエイター。

単独では限界があるからこそ
チームでよりよい作品を創り上げていければ
きっと一番よいのだろう。

けれど、現実はうまくいかない。

優れたクリエイターほど会社から独立してしまうし
過去の繋がりから仕事を得ていく。

逆に経験の浅いクリエイターにはなかなか仕事は回らない。

チャンスは決して平等ではない。

そして利益配分についても関係者が多くなればなるほど
作品づくりよりもお金のことでもめるケースが多いらしい。

確かに詳しく話を伺うと、なかなか世知辛い業界だとは思う。

きらきらした夢や冒険の作品の裏で
多くの関係者が今も涙を流している。


「そういえば『左ききのエレン』はもう読んだな?」


僕はこくりと頷いた。

「左ききのエレン」は、魔王の会社で
必読とされているマンガだ

クラウドファンディングの漫画系プロジェクトで
日本1位の5000万以上のお金を集めたという、とんでもない作品でもある。

読んでみると、ワクワクする反面
胸がギュッと潰れそうな厳しい内容も多い。

シビアな現実をそのまま落とし込みながらも
エンタメ的に仕上げた作品の代表格だと僕は思っている。

僕の見解を聞いて、魔王様も頷きを返した。


「うむ。クリエイターの現実と渇望、業界の様相といった
リアルをあれほど見事に描いた作品は中々ない」


魔王様が天井を見上げ、大きく息を吐く。


「『好きな事で生きていく』、美しく甘い言葉じゃな。
多くのクリエイターたちが夢を見る、が現実は…」


魔王様は、いったん言葉を止めた。
そして僕に向き直って、こう告げる。


「のう、世の中のクリエイターの平均年収を知っておるか?」


「当てずっぽうでもいいから当ててみろ」と魔王様は
まるで謎掛けのように唐突に僕に問うた。

=====
<第19の課題>

Q.クリエイターの平均年収はどの程度だろう?

=====


クリエイターと言われても幅広いが
僕が思いついたのはイラストレーター、漫画家、小説家の
3種類のクリエイティブだった。

僕の仕事で関わるクリエイターさんも
概ね、この3種類のどれかに当てはまる。

ディレクション業務のなかで目にしたやり取りをもとに
僕は、頭の中でそろばんを叩く。

おそらく、僕の予想が正しければ
厳しい現実をそのまま表す数字になるのだろう。


「さあ、答えは出たか?」

しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

後輩に嫌われたと思った先輩と その先輩から突然ブロックされた後輩との、その後の話し…

まゆゆ
BL
澄 真広 (スミ マヒロ) は、高校三年の卒業式の日から。 5年に渡って拗らせた恋を抱えていた。 相手は、後輩の久元 朱 (クモト シュウ) 5年前の卒業式の日、想いを告げるか迷いながら待って居たが、シュウは現れず。振られたと思い込む。 一方で、シュウは、澄が急に自分をブロックしてきた事にショックを受ける。 唯一自分を、励ましてくれた先輩からのブロックを時折思い出しては、辛くなっていた。 それは、澄も同じであの日、来てくれたら今とは違っていたはずで仮に振られたとしても、ここまで拗らせることもなかったと考えていた。 そんな5年後の今、シュウは住み込み先で失敗して追い出された途方に暮れていた。 そこへ社会人となっていた澄と再会する。 果たして5年越しの恋は、動き出すのか? 表紙のイラストは、Daysさんで作らせていただきました。

命を狙われたお飾り妃の最後の願い

幌あきら
恋愛
【異世界恋愛・ざまぁ系・ハピエン】 重要な式典の真っ最中、いきなりシャンデリアが落ちた――。狙われたのは王妃イベリナ。 イベリナ妃の命を狙ったのは、国王の愛人ジャスミンだった。 短め連載・完結まで予約済みです。設定ゆるいです。 『ベビ待ち』の女性の心情がでてきます。『逆マタハラ』などの表現もあります。苦手な方はお控えください、すみません。

【完結】魔王様、溺愛しすぎです!

綾雅(ヤンデレ攻略対象、電子書籍化)
ファンタジー
「パパと結婚する!」  8万年近い長きにわたり、最強の名を冠する魔王。勇者を退け続ける彼の居城である『魔王城』の城門に、人族と思われる赤子が捨てられた。その子を拾った魔王は自ら育てると言い出し!? しかも溺愛しすぎて、周囲が大混乱!  拾われた子は幼女となり、やがて育て親を喜ばせる最強の一言を放った。魔王は素直にその言葉を受け止め、嫁にすると宣言する。  シリアスなようでコメディな軽いドタバタ喜劇(?)です。 【同時掲載】アルファポリス、カクヨム、エブリスタ、小説家になろう 【表紙イラスト】しょうが様(https://www.pixiv.net/users/291264) 挿絵★あり 【完結】2021/12/02 ※2022/08/16 第3回HJ小説大賞前期「小説家になろう」部門 一次審査通過 ※2021/12/16 第1回 一二三書房WEB小説大賞、一次審査通過 ※2021/12/03 「小説家になろう」ハイファンタジー日間94位 ※2021/08/16、「HJ小説大賞2021前期『小説家になろう』部門」一次選考通過作品 ※2020年8月「エブリスタ」ファンタジーカテゴリー1位(8/20〜24) ※2019年11月「ツギクル」第4回ツギクル大賞、最終選考作品 ※2019年10月「ノベルアップ+」第1回小説大賞、一次選考通過作品 ※2019年9月「マグネット」ヤンデレ特集掲載作品

田舎の雑貨店~姪っ子とのスローライフ~

なつめ猫
ファンタジー
唯一の血縁者である姪っ子を引き取った月山(つきやま) 五郎(ごろう) 41歳は、住む場所を求めて空き家となっていた田舎の実家に引っ越すことになる。 そこで生活の糧を得るために父親が経営していた雑貨店を再開することになるが、その店はバックヤード側から店を開けると異世界に繋がるという謎多き店舗であった。 少ない資金で仕入れた日本製品を、異世界で販売して得た金貨・銀貨・銅貨を売り資金を増やして設備を購入し雑貨店を成長させていくために奮闘する。 この物語は、日本製品を異世界の冒険者に販売し、引き取った姪っ子と田舎で暮らすほのぼのスローライフである。 小説家になろう 日間ジャンル別   1位獲得! 小説家になろう 週間ジャンル別   1位獲得! 小説家になろう 月間ジャンル別   1位獲得! 小説家になろう 四半期ジャンル別  1位獲得! 小説家になろう 年間ジャンル別   1位獲得! 小説家になろう 総合日間 6位獲得! 小説家になろう 総合週間 7位獲得!

【短編】乙女ゲームの攻略対象者に転生した俺の、意外な結末。

桜月夜
BL
 前世で妹がハマってた乙女ゲームに転生したイリウスは、自分が前世の記憶を思い出したことを幼馴染みで専属騎士のディールに打ち明けた。そこから、なぜか婚約者に対する恋愛感情の有無を聞かれ……。  思い付いた話を一気に書いたので、不自然な箇所があるかもしれませんが、広い心でお読みください。

完結・オメガバース・虐げられオメガ側妃が敵国に売られたら激甘ボイスのイケメン王から溺愛されました

美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!

「君の為の時間は取れない」と告げた旦那様の意図を私はちゃんと理解しています。

あおくん
恋愛
憧れの人であった旦那様は初夜が終わったあと私にこう告げた。 「君の為の時間は取れない」と。 それでも私は幸せだった。だから、旦那様を支えられるような妻になりたいと願った。 そして騎士団長でもある旦那様は次の日から家を空け、旦那様と入れ違いにやって来たのは旦那様の母親と見知らぬ女性。 旦那様の告げた「君の為の時間は取れない」という言葉はお二人には別の意味で伝わったようだ。 あなたは愛されていない。愛してもらうためには必要なことだと過度な労働を強いた結果、過労で倒れた私は記憶喪失になる。 そして帰ってきた旦那様は、全てを忘れていた私に困惑する。 ※35〜37話くらいで終わります。

処理中です...