私、魔王の会社に入社しました-何者でもなかった僕が自らの城を手に入れる日まで-

ASOBIVA

文字の大きさ
上 下
32 / 46
第16章

トーク以外で相手を楽しませるために何ができる?ー第16の課題:ホストクラブごっこー

しおりを挟む
やっとアポが、とれた。

湧き上がってくる実感とともに
目からは次々と雫がこぼれていく。

オフィスで泣くなんてみっともない。
そう思うのに、涙が止まってくれない。


「ファーストアポ、おめでと」


仕事の手を止めて、ゲーテさんが
僕にねぎらいの言葉をかけてくれた。

短い言葉だけれど、温かく響く声音に
さらに涙腺が決壊する。

止めたくても止まらない。
せめて、トイレに移動しようかと席を立つ。

と、誰かにドン!とぶつかった。
前なんて見ずに、走ろうとした僕が悪い。


「あ、すみま…」


謝ろうとした言葉は、驚きに遮られた。
僕がぶつかった壁は、久方ぶりに会う魔王様その人だった。


「謝ることはない。…アポがとれたらしいな、よくやった」


魔王様が、笑う。
そして僕はさらにその場で泣いてしまった。

僕の涙がある程度収まるまで
魔王様は僕の背中を撫でてくれた。

そのせいで余計に泣いてしまったのは
魔王様には言えなかった。


「どうやら落ち着いたようじゃな?」


僕の様子を見計らって
魔王様がからかうように言葉を投げかける。

僕は何も言えずに、赤くなってうつむいた。

こんなに泣き虫だなんて、自分では思いもしなかったのだ。
さすがに気恥ずかしい。


「さて、我はそろそろ行くが…近々褒美をやろう、楽しみにしておれ」


意味深な言葉を残して、魔王様は去って行く。

褒美といわれても、たかだかアポ1件がとれただけだ。

僕にとっては大きな出来事だったけれど、先輩方の出す成果と比べれば
微々たるものだということは分かっている。

一体、何があるというのだろう?

魔王様の言葉の意味が分かったのは翌日のこと。

僕のもとに届いた一通のメールで、おおよその事情がのみ込めた。
もっとも納得できるかどうかは別問題なわけだが。


「まさか、これが褒美、ですかね…?」


つぶやいた声に疑問符がつくのは仕方ない。
だって、メールの内容が内容なのだ。

差出人は魔王様。

CCで執事さんやゲーテさんにも同様のメールが
送られていることが分かる。

そして内容は…


「僕がオーナーになって、ホストクラブを開催する…」


何度見ても、書かれている企画内容は変わらない。

どうやら僕がより実践的なおもてなしを身につけることを目的として
一日限りのホストクラブごっこを開催することになったようだ。

オーナーは僕、そしてゲストとなるお客様はゲーテさん。
レディをエスコートする男としての振る舞いが求められるわけだ。

教官と審査員を兼ねる役割は、会食マナー講座も担当した執事さん。


「執事さんの評価次第で、VIPとの会食同行を認める、か」


つまり、僕に会食同行のチャンスが再び巡ってきたということだ。

この遊びめいた課題が、僕に対する魔王様の褒美らしい。
あまりに突飛な発想だけれど、同時に「らしい」とも思ってしまう。

リベンジの機会を頂けたのはありがたいことだ。
少なくとも、見込みもない奴に2度目のチャンスを与えるほど
魔王様たちは甘くない。

そういう意味では、僕はまだ期待されているのだと思う。


「ただ、このメンバーでホストクラブごっこって」


間違いなく一波乱二波乱ありそうだ。

ぞくりと震えるような予感は、期待なのか恐怖なのか。

いずれにせよ、ホストクラブごっこは数日後、幕が上がる。
全力で「オーナー」をやるしかない。


「いや、だからって…ここまでやります??」


数日後、一通りの業務が終わった後
指定された場所に向かった僕は目を見張った。

そこは会社の応接室…だったはずの空間だ。

いろんな調度品が入れ替えられて、
いかにも「ホストクラブ」っぽい空間に仕上げられている。

午前中までは普通の応接室だったのに
一体どれだけ本気で「ごっこ」をやるのだろう。


「おお、待っとったでー。オーナー!」


三脚に設置されたビデオカメラをいじりながら
執事さんが僕に声を掛けた。

魔王様やゲーテさんもセッティングを手伝っているようだ。

聞くと、どうやら僕のホストクラブオーナーっぷりを
魔界の秘密コミュニティに動画でライブ配信するらしい。


「えっ、聞いてないんですけど」


思わず真顔になる。
このメンバーだけではなく、まさかコミュニティまで
巻き込んでいるなんて思わないじゃないか。

配信中のパソコン画面をのぞいてみると
僕もよく知っているコミュニティメンバーが次々と
ログインして配信を待っていた。


「勘弁してくださいよー」


僕の抗議は、予想通り取り合われることもなく
そうして1夜限りのホストクラブが開店を迎えた。

ゲーテさん、いやここはあえてホストクラブっぽく
ゲーテお嬢様とでもお呼びしようか。

ソファに座っているゲーテお嬢様をいかにおもてなしすべきか
思考を巡らせながら、まずはドリンクをお持ちすることにした。

執事さんや魔王様が僕を見つめている。
そして、ネットの向こう側ではコミュニティのみんなも
僕を見ているのだろう。

視線を意識すると、どうしても動きが
ぎくしゃくと不自然になってしまう。

あやうくドリンクをこぼしそうになりながらも
なんとか配膳を終わらせ、ゲーテお嬢様と会話を交わす。

せっかくなら、笑ってほしい。
そんな思いで繰り出した渾身のボケはあっさりとスルーされた。

リズミカルな会話で場を盛り上げたいのに
がちがちに固まった頭では、ろくなネタが出てこない。

会話をリードするどころか、お嬢様である
ゲーテさんに気遣わせている空気すらある。

会話が弾まないホストクラブだなんて、おかしすぎる。
いっそコントのネタになりそうだ。


「ふふふ。オーナーさんはまだまだね」


ドリンクに口をつけながら
ゲーテお嬢様は妖艶にほほ笑む。


「トーク以外にも、場を盛り上げる方法はあるのよ?」


だから私を楽しませて、とからかうような口調で
ゲーテお嬢様がアドバイスをくださった。

教官の執事さんもそのやり取りを見ていて
思うところがあったようだ。


「そやなオーナー、仕切り直しの前にシンキングタイムとろか」


執事さんの目がきらりと鋭く光る。


「10秒やるわ。今すぐゲーテお嬢様を楽しませる方法を考えてや?」


=====
<第16の課題>

Q.トークが下手でも場を盛りあげる方法はいくつもある。
準備なしで、今すぐにでも出来る「相手の楽しませ方」は何か?

=====

いきなり告げられた10秒という制限付きのシンキングタイムに
僕はパニックに陥った。

「10、9、8…」

容赦なくカウントダウンは進む。

もし何らかの答えを出せなかったら、執事さんのことだ。
VIP会食への同行を不合格にするか、少なくとも減点対象にはするだろう。


「7、6、5…」


時間は止まらない。

今すぐにできるトーク以外の何かで
ゲーテお嬢様を楽しませなければ!


=====
<第16の課題のヒント>

・初対面の相手でも男女問わず使える方法を考えてみよう

・ようはゲーテお嬢様に「好き」になってもらえばいい(※恋愛的な意味を含まない)


準備も何もできていない僕が、とっさにできる行動を考えてみよう。
=====
しおりを挟む
☆第12回ドリーム小説大賞エントリー中☆

お読み頂き、ありがとうございます。毎日20時頃に更新していきます。
「面白い!」「続きが気になる…」と思われた方はぜひ、「お気に入り登録」頂ければうれしいです。
感想頂けた方には必ずお返事をさせて頂きます!
感想 2

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

虐げられている魔術師少年、悪魔召喚に成功したところ国家転覆にも成功する

あかのゆりこ
BL
主人公のグレン・クランストンは天才魔術師だ。ある日、失われた魔術の復活に成功し、悪魔を召喚する。その悪魔は愛と性の悪魔「ドーヴィ」と名乗り、グレンに契約の代償としてまさかの「口づけ」を提示してきた。 領民を守るため、王家に囚われた姉を救うため、グレンは致し方なく自分の唇(もちろん未使用)を差し出すことになる。 *** 王家に虐げられて不遇な立場のトラウマ持ち不幸属性主人公がスパダリ系悪魔に溺愛されて幸せになるコメディの皮を被ったそこそこシリアスなお話です。 ・ハピエン ・CP左右固定(リバありません) ・三角関係及び当て馬キャラなし(相手違いありません) です。 べろちゅーすらないキスだけの健全ピュアピュアなお付き合いをお楽しみください。 *** 2024.10.18 第二章開幕にあたり、第一章の2話~3話の間に加筆を行いました。小数点付きの話が追加分ですが、別に読まなくても問題はありません。

後輩に嫌われたと思った先輩と その先輩から突然ブロックされた後輩との、その後の話し…

まゆゆ
BL
澄 真広 (スミ マヒロ) は、高校三年の卒業式の日から。 5年に渡って拗らせた恋を抱えていた。 相手は、後輩の久元 朱 (クモト シュウ) 5年前の卒業式の日、想いを告げるか迷いながら待って居たが、シュウは現れず。振られたと思い込む。 一方で、シュウは、澄が急に自分をブロックしてきた事にショックを受ける。 唯一自分を、励ましてくれた先輩からのブロックを時折思い出しては、辛くなっていた。 それは、澄も同じであの日、来てくれたら今とは違っていたはずで仮に振られたとしても、ここまで拗らせることもなかったと考えていた。 そんな5年後の今、シュウは住み込み先で失敗して追い出された途方に暮れていた。 そこへ社会人となっていた澄と再会する。 果たして5年越しの恋は、動き出すのか? 表紙のイラストは、Daysさんで作らせていただきました。

田舎の雑貨店~姪っ子とのスローライフ~

なつめ猫
ファンタジー
唯一の血縁者である姪っ子を引き取った月山(つきやま) 五郎(ごろう) 41歳は、住む場所を求めて空き家となっていた田舎の実家に引っ越すことになる。 そこで生活の糧を得るために父親が経営していた雑貨店を再開することになるが、その店はバックヤード側から店を開けると異世界に繋がるという謎多き店舗であった。 少ない資金で仕入れた日本製品を、異世界で販売して得た金貨・銀貨・銅貨を売り資金を増やして設備を購入し雑貨店を成長させていくために奮闘する。 この物語は、日本製品を異世界の冒険者に販売し、引き取った姪っ子と田舎で暮らすほのぼのスローライフである。 小説家になろう 日間ジャンル別   1位獲得! 小説家になろう 週間ジャンル別   1位獲得! 小説家になろう 月間ジャンル別   1位獲得! 小説家になろう 四半期ジャンル別  1位獲得! 小説家になろう 年間ジャンル別   1位獲得! 小説家になろう 総合日間 6位獲得! 小説家になろう 総合週間 7位獲得!

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

『食管法廃止と米の行方一倉庫管理者の証言』

小川敦人
経済・企業
エッセイ『食管法廃止と米の行方――倉庫管理者の証言』は、1995年に廃止された食糧管理法(食管法)を背景に、日本の食料政策とその影響について倉庫管理者の視点から描いた作品です。主人公の野村隆志は、1977年から政府米の品質管理に携わり、食管法のもとで米の一元管理が行われていた時代を経験してきました。戦後の食糧難を知る世代として、米の価値を重んじ、厳格な倉庫管理のもとで働いていました。 しかし、1980年代後半から米の過剰生産や市場原理の導入を背景に、食管法の廃止が議論されるようになります。1993年の「タイ米騒動」を経て、1995年に食管法が正式に廃止されると、政府の関与が縮小され、米市場は自由化の道を歩み始めます。野村の職場である倉庫業界も大きな変化を余儀なくされ、彼は市場原理が支配する新たな時代への不安を抱えながらも、変化に適応していきます。

子持ちの私は、夫に駆け落ちされました

月山 歩
恋愛
産まれたばかりの赤子を抱いた私は、砦に働きに行ったきり、帰って来ない夫を心配して、鍛錬場を訪れた。すると、夫の上司は夫が仕事中に駆け落ちしていなくなったことを教えてくれた。食べる物がなく、フラフラだった私は、その場で意識を失った。赤子を抱いた私を気の毒に思った公爵家でお世話になることに。

処理中です...