私、魔王の会社に入社しました-何者でもなかった僕が自らの城を手に入れる日まで-

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第14章

チームを組み作品を創り上げるディレクターに求められるモノー第14の課題:ディレクションー

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ひたすら企画書を作って2週間。

僕はなりふりかまわずに駆け抜けた。

充実感はあれど、消耗が著しい。

最後の企画書が完成した時には
全身の力が抜けて立てなくなったほどだ。


そして今、僕の手の中には携帯がある。
返せていないメールがある。

二週間の間、親友からは何度かメールが来ていた。

大丈夫なのか?
無理はしないほうがいい
いっそその会社を辞めて、戻ってきてはどうか

そんな気遣いの言葉がずらっと並ぶ。

ありがとう、と返せばいいだけなのだろう。
それで終わる話のはずだった。

それなのに言葉一つ一つがやけに神経に障って
イライラとした感情を隠せない。


「ああ、くそっ」


メールを返すのは義務じゃない。
いつか、もう少し気持ちが落ち着いたら返信しよう。

そうして、結局一つの返事も返せないまま
仕事に没頭するあまり、半月も放置してしまった。

さすがに不義理がすぎるし
一言くらい返すべきだろう。


大丈夫、心配しなくていいから
お前もがんば…


返信を打ちかけた手が止まる。
自分の言葉なのに違和感があって気持ちが悪い。

何度か打ち直して、けれどまとまらず
一番マシな文章を下書きに保存して終わってしまった。

親友からのメールに緊急の用件はない。
だから、きっと大丈夫。

そんな言い訳を心の内側に作って
携帯の画面を落とした。

さあ、次の仕事が僕を待っている。



その日は出社してすぐに
ゲーテさんが僕を手招きしていることに気が付いた。

慌てて走っていくと、ゲーテさんはさらりと
とんでもないことを言い放った。


「おっはよ~。さて、今日からキミもディレクターの一員だよん」


は?と思わず本気で突っ込んでしまった。

ディレクターといえば、作品の方向性を決めて
いろんなクリエイターさんの指揮を執る
あの「ディレクター」しか思いつかない。

魔王様や執事さんが様々な作品のディレクションをしていることは
僕だって知っている。

けれどだからって、いきなりディレクター??

混乱したまま、ゲーテさんに連れてこられたのは
執事さんの待つ会議室だった。


「よう来たな。ほな、さっそくディレクション業務の話をしよか」


執事さんがにんまりと笑う。

入口の扉はゲーテさんによって閉ざされた。
もう逃げ場はない。

そうして、僕はとある自社作品のディレクションを
いきなり任されることになった。

とはいえ、さすがに新人の僕が全権を任されるわけではない。

すでに執事さんがディレクションを進めている作品に
サブとして加わり、二人体制で作品作りを進めていくことになるらしい。


「なんか困ったことがあれば、俺かゲーテに相談すればええしな」


フォローもちゃんと入るということで
僕はほっと胸をなでおろした。

が、魔王の会社で手取り足取り教えてもらえるなんてことは
今までの流れからありえないわけで…

案の定、執事さんはこう言い放った。


「一つの作品を作るっちゅうのは細かな判断の連続や。
間違いなく泣く羽目になるやろうけど、で、やるか?」


相変わらず意地の悪い問いを投げかけてくる人だと思った。

ここで「やらない」なんて僕が言わないことを
見抜いたうえで煽ってくる。

責任が増え、業務量はさらに増える。
きっと、想像以上に大変な思いをするだろう。

それでも引くわけにはいかない。


「やります!」


自分の声に精一杯の力を入れて、返事を返した。


サブディレクターとしての日々は
こうして唐突に始まった。

僕がディレクションを手掛けたのは
ある大人向けの風刺を取り扱った作品だった。

4コマ漫画や絵本としての展開を想定しているため
シンプルな言葉を使いながら、作品の魅力を引き立てる構成を
考えていく必要がある。

最初のころは、作品に携わるクリエイターに対して
執事さんがどのような指示を出し、やり取りを進めているのかを
ひたすら観察していた。

そこから、クリエイターとメインディレクターの間を
取り持ちながらコミュニケーションを円滑に進める役割へと
僕の仕事は変化した。


チームで仕事をするというのは、思っていたよりも難しかった。

人の心がからみあい、しばしばコミュニケ―ションの齟齬が起こり
ささやかなことがトラブルへと発展していく。

チームの中には、これまで僕とは面識がなかった
社外のクリエイターさんもいて、そういった方々とのやりとりは
社内以上に苦労することが多かった。

もっとうまく立ち回れればいいのだろう。
もっと相手の意図をスムーズにくみ取れればいいのだろう。
もっと言葉の端々から感情を読み取れればいいのだろう。

けれど、僕には知識も経験も不足していた。

どう動いていいのかもわからない。
何をすべきかが見えてこない。

次第に、自分の中で思考がぐつぐつと煮詰まっていく。


「ためこまないで、何でも相談して」と
ゲーテさんからは何度も声をかけて頂いていた。

何を相談していいのかもわからず
なんとなく「がんばります」とだけ返していたけれど
いい加減自分ではどうにもならなくなっている。

うまく言葉で表せないとしても
もしかしたら大した悩みではないかもしれなくても

一度、腹を割って話すべきなのかもしれない。

もう夜も遅い。
ゲーテさんがオフィスにいるかもわからない。

それでも彼女を探してみようと
デスクの椅子から立ち上がろうとした。

そのとき、不意に声がした。


「はーい、お疲れさん!」


横から伸びてきた手が、僕のデスクに
そっとコーヒーカップを置く。

カップの中からはカフェオレが甘い香りが漂ってくる。


「あのさ、しつこいかもしれないけど、悩みごとあるなら話しちゃえば?」


僕と目を合わせないまま、自分のコーヒーをすすりながら
ゲーテさんがポンと軽く言葉を投げかけた。

あえて重く言わないでいてくれていることくらい
僕にだって分かる。

きっとものすごく心配してくれている。

ぽつりぽつりと拙い言葉で
僕は自分が今感じていることを少しずつ口に出していった。

ひどくゆっくりと時間が過ぎていった。
僕の言葉と秒針の音だけが、オフィスの空気に溶けていく。

いつもおしゃべりなはずのゲーテさんは、その時何の言葉も口にしなかった。
ただ頷きだけを返して、最後まで僕の話に耳を傾けてくれた。

抱えていた思考や感情を一通り話し終えた僕は
大きく息を吐いた。

やっと呼吸ができた気がする。


「ううん。そうだねえ…」


ゲーテさんは、言葉を吟味しながら
僕の話に対してどう返すかを考えているようだった。



あのさ、1つ質問するね」


僕とゲーテさんの視線がかちりと合った。
ひどく真剣なまなざしがぶつかる。


「ディレクションの基本って何だと思う?何が必要だと思う?
これまでのことをよーくよーーく考えてみて」


=====
<第14の課題>

Q. チームをまとめ、作品を作り出すディレクションに一番必要なものは何なのか?

=====


ゲーテさんの手が、僕の頭を軽くなでる。
その手つきはやさしく柔らかい。


「絶対に正しい正解なんてないからさ。自分の答えを見出せばいいんだよ」


ゲーテさんはそれ以上は何も言わなかった。
「がんばって」とも言われなかった。

ぼんやりとゲーテさんの後ろ姿を見送ってから
カフェオレを口に含んだ。

疲れた体にじんわりと甘さが染みて
僕はなんだか泣きたかった。


======
<第14の課題のヒント>

ディレクターに必要なスキルは山ほどある。

その中で、経験の浅い僕がどうしてディレクションを任せてもらえたのか
これまでの課題で何と向き合ってきたのか。

そこにきっと「僕」なりの答えがある。
=====
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