私、魔王の会社に入社しました-何者でもなかった僕が自らの城を手に入れる日まで-

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第10章

他人の目を気にして失敗を恐れて行動できないことこそ『失敗』であるー第10の課題解答編ー

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時刻は23時過ぎ。
0時をまわったら、いよいよ執事さんのTwitterアカウントを
1日運用していくことになる。


「目標ツイート数200。ここまで来たらやるっきゃない」


魔王様の秘密コミュニティの中でのみ、僕らのアカウントを
入れ替えるというお遊び?企画は告知されている。

フライングということで、僕のアカウントで執事さんがいくつか
ツイートを事前に行い、全体に共有してくれたわけなのだが…


「あのツイート、僕がやってると思われたら嫌だなあ」


いつもの執事さん以上におちゃらけた発信内容だったので
あれが「僕」だと思われると、非常に今後やりにくい。

まあため息をついても仕方ない。
持久戦になるだろう1日に備えて、僕は30分ほど仮眠を取ることにした。

そう、仮眠のはずだった。
目覚ましもちゃんとセットして、0時前には起きてスタンバイ。

そのはずだったのに、トラブルはいつだって予想外のところから起きるものだ。


「マジか」


何度見ても、時計の示す数字は変わらない。
現在時刻は朝の5時。

僕は、無意識の内にアラームを止めて
6時間近くも眠ってしまっていたのだ。

焦る頭で暗算する。
一日の終り、0時まで残り19時間。
1時間に10ツイートしたとしても200には届かない。


「…っ最悪だ!ああもう、とにかくやるっきゃない!!」


その後はもう、無我夢中でツイートを続けた。
ご飯を食べる時間も惜しんで、1日パソコンとスマホにかじりつく。

前日に用意していたテーマメモは、2時間もたたない内に使い切ってしまった。

とにかく身の回りのものやネットのニュースなどからテーマを探しては書いていく。

それこそ、「眠い」「だるい」みたいな一言ツイートだけでいいなら
200という数を達成するのは難しくない。

けれど、今回僕が運用しているのは執事さんの会社関連アカウントであり
他のお取引先様たちだって見ている内容なのだ。

そんな手抜きの発信で数だけを追ってしまえば、後々に響くだろう。

14時。
昨夜買い込んでおいたパンやおにぎりを手に、エネルギーを補給する。
頭はぼーっと白く霞んでいるが、それでも休むだけの余裕がない。

本当は5分10分でも仮眠をとりたい。
でも一度寝てしまったら、もう動けなくなってしまいそうだ。


そして18時。
気休めのエナジードリンクをぐびりとあおる。地味に胃が痛い。
この「翼をさずける」ドリンクもツイートネタにしてしまおう。

時計の針は止まらない。

そうしてついに、アラームが部屋に鳴り響いた。


「お、おわった?」


アラームは0時ちょうどにセットしていた終了合図だ。
体に力が入らない。ぐんにゃりと椅子に体が沈んでいく。


「終わったんだなあ。いくつ、ツイートできたんだろ」


よろよろと最後の力を入れて、パソコンに向き直る。
調べてみたら、5時からの19時間で167件のツイートができていたようだ。

最初の5時間のロスがなかったら、もしかしたら数値を
達成できていたかもしれない。


「ああああ、疲れたああ」


大きな声が口から漏れる。
まさかここまで、自らを追い込めるなんて自分でも意外だった。

ものすごく疲れて、ぐったりで
でもなんだかやり切った感はある。


「これが、数をこなすってことか」


今までの自分はまだまだ甘かったな。
仕事の質だけではなく、量も全然足りていなかった。

そう、体感させられた。

気が抜けたとたんに意識が沈んでいく。
眠気に抗えるだけの力は今の自分にはない。

報告はまた明日だ。




翌朝、なんとか遅刻寸前で目を覚ました僕は
出社してすぐ、魔王様のもとへと向かった。

足取りは軽い。
なんとなくTwitterを1日やりきったことで吹っ切れた感じがある。

まだうまく言葉にはできないけれど、それでもお礼を言おうと思った。

その上であらためて、今回の遊びをわざわざ仕掛けた魔王様の意図を
きちんと知りたいと思った。


「昨日はご苦労じゃったな。うむ、この間よりはよい顔つきに戻ったな」


僕の顔を見るなり、魔王様は僕に労いの言葉をかけてくださった。

僕は「おかげさまで」と返してから、魔王様に
昨日1日での発信数ややってみての所感を口頭でご報告した。


「執事のアカウントにしては、おかしな発信もいくつかあったな。笑わせてもらったぞ」


僕はぎくっとした。
特に後半になると、自分の素で発信してしまっていた自覚はあった。


「す、すみません?」


きちんと謝りきれなかったのは、魔王様の口調はがとても愉快そうだったからだ。
少なくとも、僕の失敗に対して責めているわけではないのは伝わった。


「かまわぬよ。今回は遊びじゃからな。執事もだいぶ遊んでおったし」


そう、ツイート数はぐっと少ないものの、僕がいつも運用しているアカウントを使って
執事さんも昨日一日、思いのままに発信されていたようだった。

タイムラインを確認すると、「僕なら思いつきもしないな」という内容の
ツイートがいくつも残っていた。


「おぬしも執事も、昨日はアカウントを入れ替えて、個性のままに発信をしておった」
「それなのに…のう、フォロワーの誰か一人でも『様子が変だ』と指摘した者はおったか?」


僕は大きく首を横に振った。
言われてみれば、「なんだか変だ」程度は思うのだろう。

でも、事前情報もなしに他の人のツイートをそこまで真剣に
過去と見比べながらチェックしている人はほぼいない。

167もツイートをして、けれど誰も違和感すら認識していない。


「僕たち、他人のことって、見てないものなんですね…」


呆然とした。
とんでもないところに落とし穴を見つけてしまった気分だ。


「人は基本、自分のことにしか関心がない。他人なぞどうでもよいという者が大半じゃ」


「だから」と魔王様は言葉を続けていく。

他人がいくら失敗をしようと、自分にデメリットがなければ大半の人にとっては
ただの他人事でしかないし、当人が気にするのもただの時間のムダでしかない。

そう魔王様は僕に伝えたかったらしい。


「新人なぞ、失敗して当たり前じゃ。お主の失敗をカバーするのが上席たる我らの役目よ」


失敗を恐れて行動しなくなるほうが、よっぽどどうしようもない「失敗」だと
魔王様は当たり前のようにおっしゃった。


その言葉を聴いているうちに、湧き上がってくる何かを僕は感じていた。

入社したときの自分を思い出す。
周囲に比べれば僕には何もなくて、ただ行動力や熱量だけで突っ走ってきた。

多分それが今の僕の強みだ。

失敗を恐れて怖気づいていたら、僕にあるはずの強みすら活かせなくなる。

ぐっと拳を握った。
内側から力が湧いてくる。

今すぐ仕事がしたい、そう思った。


「どうやら、伝わったようじゃな」


魔王様はゆるい笑みを浮かべていた。


「おぬしはまだ未熟。けれど、これまで積み上げてきたものはちゃんと誇るがよい」


今回の遊び企画は、魔王様からの激励だったのだと思う。

発信の数をこなさせ、悩んだり落ち込んだりする時間の余裕を失わせ
そうして大切なことに気づかせるための仕掛けだったのだ。

これまで、がんばってよかった。
ならば、これからももっとがんばってみよう。

目がにじむ。
でも今はまだ泣くときじゃない。


「ありがとうございます!がんばります!」


精一杯の思いをこめて、声を張り上げた。
魔王様に頭を下げ、自分のデスクに駆け足で戻る。

さぁ今日も仕事をしよう。

=====
<×月×日 気づきノート>

誰かの目を気にして、失敗にくよくよしたって何も生まれない。

自分を評価してくれる魔王様やみんなを信じよう。

執事さんも相当僕のアカウントで遊んでいたけれど、誰も違和感に気づかないのか
それとも気付いているけれど指摘しないのか…

「自分以外には無関心になりやすい」ってものすごく怖いことだ。
僕ももっと、周りに意識を向けられるようになろう。

=====
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