上 下
19 / 46
第9章

マナーを身に付けるならまずは根幹の考え方を押さえるべしー第九の課題解答編ー

しおりを挟む
ふらふらとした足取りで家に帰り着いて
そのままベッドに倒れ込んだ。

どっぷりと疲れているのに、神経がやたら冴えている。


「今日は本当に盛りだくさんだったなあ」


マナーの特訓は初日から恐ろしい情報量の詰め込みだった。

今日の指導を一つ一つ、指折りながら振り返っていく。

とはいえ、多分忘れてしまっていることもあるだろう。
そして明日からもさらに特訓は続く。

「マナーの原則を身につけろ」と魔王様は仰った。

原則、つまりあらゆることに通じる基本のことだ。

学んだこと全てを身に付けることは現実的に無理だ。
だからこそ、土台となる部分を確実に押さえる。


「っていう理屈は分かるんだけど、原則って何なんだ…?」


マナー講座の中で聴いたフレーズがいくつも脳裏に浮かんでは消えていく。
手がかりはきっと、もう僕の手の中にあるはずだ。


「トーク以前の所作、場面ごとの動き、常に思考を巡らせる…あっ!!」


点が線になっていくような感覚が走った。
がばっとベッドから起き上がって、デスクへと向かう。

どうせ意識は冴えて眠れない。
なら、今浮かんだひらめきを残さず書き残しておきたい。

ペンをとって、走り書きを無駄紙に記していく。


「もしかして、こういうことか」


今までの気付きノートも見返しながら、僕のひらめきは
少しずつ確度を増していく。

会食の場でまず考えるべきは相手のこと。
相手のための場を作り、互いに信頼関係を築くための一手。


「明日、答え合わせをしよう」


答えはきっと、とっくの昔に僕の目の前に置かれていた。
ただ、気づかないでいただけだ。

翌日の夜遅く、マナー講座が始まる前に
僕は執事さんに答え合わせのための時間を取って頂くことにした。

昨日の指導に対する感謝をお伝えしてから、僕はこう切り出した。


「マナーって、相手のための行動をどれだけ徹底できるか、ってことなんですね」


僕は執事さんから所作の細かな部分まで徹底した指導をしていただいた。
特訓についていこうと必死になっていた僕は、細かな枝葉にばかりを追いかけていた。

けれど、根幹の部分は相手にとって心地よい場をいかに作るかということだ。
細部にばかり目がいって、本質を忘れてしまったら元も子もない。

僕の言葉に執事さんは大きく頷いてみせた。


「言葉で言うのは容易いが、問題は実践やな。さあて、今夜もビシバシやるで?」


僕の考えには間違いはなかったらしい。
けれど、考えを実践するためには当然猛特訓が必要なことに変わりはないわけで…


「オニがいる…」


僕が小さくぼやいた泣き言は、執事さんの耳に幸い届かなかったらしい。

そうして残りの日数全て、僕は通常業務が終わった後
体でマナーを覚えられるようにひたすら注力することになった。

毎日へとへとになって、泥のように眠りにつく。

若干ふらふらしながら、ついに会食前日を迎えた。
今夜最後の仕上げをして、いよいよ本番を迎えることになる。

まだまだ不安だらけだけれど、出来る限りはやれたと思う。
あとは当たって砕けるしかない。


「あれ?魔王様と執事さん??」


廊下を歩いていると、魔王様と執事さんが立ち話をしている光景に出くわした。

それ自体は珍しいことじゃない。
問題は、会話の端々に「新人」という単語が含まれていたことだ。

今の会社で新人と呼べるポジションにいるのは僕だけだ。
思わず物陰に隠れて、お二人の話に耳をすませる。


「あやつを見ていると昔を思い出すの…未熟で、それでいてがむしゃらで」


魔王様の言葉に、執事さんは小さく笑いを返す。


「昔の私たちは今より無茶苦茶でしたからね。熱量だけを頼りに、夢を必死で追いかけて」


ずっと関西弁の執事さんから指導を受けていたので
魔王様に相対するときの丁寧な言葉遣いにはちょっと違和感がある。


「時は流れ、人材も条件も揃ってきた。我らの夢をさらに加速させていかねばな」


執事さんに語りかける魔王様の口調はどこか柔らかい。
それこそ、ビジネスパートナーではなく、気心のしれた親友同士のような空気感だ。

壁からちらりと顔を出して、二人のやりとりを僕はずっと眺めていた。


とんでもない実力の魔王様、そして片腕ともいうべき執事さん。
彼らにだって、かつて未熟だった過去があるのだろう。


「お二人の、夢か」


彼らの夢とは何なのだろう?
そもそも、魔王様と執事さんはどんな経緯をたどって今に至ったのだろう?

僕は、何も知らない。


「知りたいなあ」


知らないことはあまりにも多い。

魔王様と執事さんのことをもっと知りたい。
魔王の会社のことだって、もっともっと知りたい。


「少しでも、近づきたい」


お二人の姿は今の僕には遠い。
それでも、僕はこの願いをあきらめたくない。


=====
<×月×日 気づきノート>

会食の結果は、さんざんだった。

執事さんの教えを活かしきれずに
待ち合わせ場所までの道に迷って、遅刻。

結果的に、お相手を待たせてしまった

会食中のトークや振る舞いも…
フォローして頂いたとはいえ、あまりに情けない。

もう、失敗は二度としたくない。

正直、怖い。

=====
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜

きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員 Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。 そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。 初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。 甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。 第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。 ※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり) ※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り 初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。

旅路ー元特攻隊員の願いと希望ー

ぽんた
歴史・時代
舞台は1940年代の日本。 軍人になる為に、学校に入学した 主人公の田中昴。 厳しい訓練、激しい戦闘、苦しい戦時中の暮らしの中で、色んな人々と出会い、別れ、彼は成長します。 そんな彼の人生を、年表を辿るように物語りにしました。 ※この作品は、残酷な描写があります。 ※直接的な表現は避けていますが、性的な表現があります。 ※「小説家になろう」「ノベルデイズ」でも連載しています。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

同僚に密室に連れ込まれてイケナイ状況です

暗黒神ゼブラ
BL
今日僕は同僚にごはんに誘われました

エンジニア(精製士)の憂鬱

蒼衣翼
キャラ文芸
「俺の夢は人を感動させることの出来るおもちゃを作ること」そう豪語する木村隆志(きむらたかし)26才。 彼は現在中堅家電メーカーに務めるサラリーマンだ。 しかして、その血統は、人類救世のために生まれた一族である。 想いが怪異を産み出す世界で、男は使命を捨てて、夢を選んだ。……選んだはずだった。 だが、一人の女性を救ったことから彼の運命は大きく変わり始める。 愛する女性、逃れられない運命、捨てられない夢を全て抱えて苦悩しながらも前に進む、とある勇者(ヒーロー)の物語。

【完結】『ルカ』

瀬川香夜子
BL
―――目が覚めた時、自分の中は空っぽだった。 倒れていたところを一人の老人に拾われ、目覚めた時には記憶を無くしていた。 クロと名付けられ、親切な老人―ソニーの家に置いて貰うことに。しかし、記憶は一向に戻る気配を見せない。 そんなある日、クロを知る青年が現れ……? 貴族の青年×記憶喪失の青年です。 ※自サイトでも掲載しています。 2021年6月28日 本編完結

月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~

真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。

処理中です...