18 / 20
8杯目【中編】
しおりを挟む
気が付くと、経営者の目の前には
古びた木の扉が浮かんでいた
周りは、白いもやで埋め尽くされている
(ああ、夢か)
非現実の空間だということはすぐに分かった
嫌な気配はない、むしろどこか懐かしさすら感じる
ぼうっとしていた経営者の前で
ぎいっと音を立てて扉が開かれた
カツンと靴の鳴る音が響く
「ようこそ、お待ちしておりました」
扉の向こうから現れたのは
演劇にでも出てきそうな白い燕尾服の男だ
鳥のくちばしのような形状をした
いわゆるペストマスクをつけているため顔は一切伺えない
ただ、声色からしておそらく笑っているような気がした
「実は少々反則だとは承知しておりますが…
それでもあなたとはお話してみたかったのです。
よかったら、私の喫茶店へと、ご招待させていただけませんか?」
舞台役者のように一礼したかと思うと
男は扉を大きく開けて、経営者を手招きした
扉の向こうには、一転して鮮やかなカフェバーのような光景が見える
(さっぱり流れはわからんが、どうせ夢やしな
ここは誘いに乗ってみるとするか)
『なんとなく喉も乾いた気がするし、
いい機会や。お招きに預かります』
男と経営者の視線がばちりとかみ合う。
見えない化学反応の火花が散る。
刹那、経営者は直感していた。
理屈などは一切わからない、ただ
(これは最初で最後の、出会いだ)
大きく頷いて、深く息を吸い込む
そして招かれるまま、経営者は扉をくぐった
「あのですね」
カウンター席につくなり、経営者は口を開いた
彼なりの覚悟だ
「これでも経営やってますから、話せない悩みも
ありますし、守るべき秘密なんて山ほどあります。
なのに、この機会に私の内情を話すべき、と
なぜか感じているんですよ。夢だから、というのも
ありますが、あなたにならと不思議と確信している」
初対面なのに自分でよくわからないんですが、と
経営者は首をひねって見せる
「あなたになら、私の温めてきた夢を
今進めるプロジェクトのことを、話せる
いえ、話したい」
彼は自分を信じていた
単なる感覚ではなく、今までの経験に裏付けされた
直観は時に思考を大きく上回る結果をもたらす
その直観が、このときを逃すなと強く彼に訴えかけるのだ
燕尾服の男は何も言わず、しばしの時が経つ
「まずは、お茶をいかがですか?
あなたにお出ししたいおすすめがありますから」
男はカウンターに入って、ペストマスクを
外したかと思うと、やわらかく微笑んだ
見覚えのある表情を前に経営者は驚き、目が見開いた
店の店主、執事と名乗った男の顔は
眠りに落ちる前、鏡で見た自分とあまりによく似ていた
カチャカチャという茶器の音とともに
目の前でお茶が用意されていくのを経営者は茫然と眺める
(夢とはいえ、自分の顔と出会うなんて
思わんかった…ドッペルゲンガーか?)
本当にドッペルゲンガーだとしたら死期が近いという通説だが…
さすがに夢の中でその原理は、通じないだろうと彼は思う
(そう、夢なんや…)
ぼうっとしていた頭が再び回り始める
「さて、お待たせいたしました。ロータスティーでございます」
経営者の目の前に置かれたガラスのティーポットの中で
踊るように蕾がほころんでいく
見た目からして美しいお茶だ
横に置かれたのは小さな砂時計
「砂が落ち切ったころが飲み頃です。
お茶を楽しみながら、お話いたしましょう」
執事の言葉に、経営者は小さく頷き落ちる砂を待った
時が来て、花が開くまであとわずかだ
古びた木の扉が浮かんでいた
周りは、白いもやで埋め尽くされている
(ああ、夢か)
非現実の空間だということはすぐに分かった
嫌な気配はない、むしろどこか懐かしさすら感じる
ぼうっとしていた経営者の前で
ぎいっと音を立てて扉が開かれた
カツンと靴の鳴る音が響く
「ようこそ、お待ちしておりました」
扉の向こうから現れたのは
演劇にでも出てきそうな白い燕尾服の男だ
鳥のくちばしのような形状をした
いわゆるペストマスクをつけているため顔は一切伺えない
ただ、声色からしておそらく笑っているような気がした
「実は少々反則だとは承知しておりますが…
それでもあなたとはお話してみたかったのです。
よかったら、私の喫茶店へと、ご招待させていただけませんか?」
舞台役者のように一礼したかと思うと
男は扉を大きく開けて、経営者を手招きした
扉の向こうには、一転して鮮やかなカフェバーのような光景が見える
(さっぱり流れはわからんが、どうせ夢やしな
ここは誘いに乗ってみるとするか)
『なんとなく喉も乾いた気がするし、
いい機会や。お招きに預かります』
男と経営者の視線がばちりとかみ合う。
見えない化学反応の火花が散る。
刹那、経営者は直感していた。
理屈などは一切わからない、ただ
(これは最初で最後の、出会いだ)
大きく頷いて、深く息を吸い込む
そして招かれるまま、経営者は扉をくぐった
「あのですね」
カウンター席につくなり、経営者は口を開いた
彼なりの覚悟だ
「これでも経営やってますから、話せない悩みも
ありますし、守るべき秘密なんて山ほどあります。
なのに、この機会に私の内情を話すべき、と
なぜか感じているんですよ。夢だから、というのも
ありますが、あなたにならと不思議と確信している」
初対面なのに自分でよくわからないんですが、と
経営者は首をひねって見せる
「あなたになら、私の温めてきた夢を
今進めるプロジェクトのことを、話せる
いえ、話したい」
彼は自分を信じていた
単なる感覚ではなく、今までの経験に裏付けされた
直観は時に思考を大きく上回る結果をもたらす
その直観が、このときを逃すなと強く彼に訴えかけるのだ
燕尾服の男は何も言わず、しばしの時が経つ
「まずは、お茶をいかがですか?
あなたにお出ししたいおすすめがありますから」
男はカウンターに入って、ペストマスクを
外したかと思うと、やわらかく微笑んだ
見覚えのある表情を前に経営者は驚き、目が見開いた
店の店主、執事と名乗った男の顔は
眠りに落ちる前、鏡で見た自分とあまりによく似ていた
カチャカチャという茶器の音とともに
目の前でお茶が用意されていくのを経営者は茫然と眺める
(夢とはいえ、自分の顔と出会うなんて
思わんかった…ドッペルゲンガーか?)
本当にドッペルゲンガーだとしたら死期が近いという通説だが…
さすがに夢の中でその原理は、通じないだろうと彼は思う
(そう、夢なんや…)
ぼうっとしていた頭が再び回り始める
「さて、お待たせいたしました。ロータスティーでございます」
経営者の目の前に置かれたガラスのティーポットの中で
踊るように蕾がほころんでいく
見た目からして美しいお茶だ
横に置かれたのは小さな砂時計
「砂が落ち切ったころが飲み頃です。
お茶を楽しみながら、お話いたしましょう」
執事の言葉に、経営者は小さく頷き落ちる砂を待った
時が来て、花が開くまであとわずかだ
0
お気に入りに追加
10
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
隠れドS上司をうっかり襲ったら、独占愛で縛られました
加地アヤメ
恋愛
商品企画部で働く三十歳の春陽は、周囲の怒涛の結婚ラッシュに財布と心を痛める日々。結婚相手どころか何年も恋人すらいない自分は、このまま一生独り身かも――と盛大に凹んでいたある日、酔った勢いでクールな上司・千木良を押し倒してしまった!? 幸か不幸か何も覚えていない春陽に、全てなかったことにしてくれた千木良。だけど、不意打ちのように甘やかしてくる彼の思わせぶりな言動に、どうしようもなく心と体が疼いてしまい……。「どうやら私は、かなり独占欲が強い、嫉妬深い男のようだよ」クールな隠れドS上司をうっかりその気にさせてしまったアラサー女子の、甘すぎる受難!
瞬間、青く燃ゆ
葛城騰成
ライト文芸
ストーカーに刺殺され、最愛の彼女である相場夏南(あいばかなん)を失った春野律(はるのりつ)は、彼女の死を境に、他人の感情が顔の周りに色となって見える病、色視症(しきししょう)を患ってしまう。
時が経ち、夏南の一周忌を二ヶ月後に控えた4月がやって来た。高校三年生に進級した春野の元に、一年生である市川麻友(いちかわまゆ)が訪ねてきた。色視症により、他人の顔が見えないことを悩んでいた春野は、市川の顔が見えることに衝撃を受ける。
どうして? どうして彼女だけ見えるんだ?
狼狽する春野に畳み掛けるように、市川がストーカーの被害に遭っていることを告げる。
春野は、夏南を守れなかったという罪の意識と、市川の顔が見える理由を知りたいという思いから、彼女と関わることを決意する。
やがて、ストーカーの顔色が黒へと至った時、全ての真実が顔を覗かせる。
第5回ライト文芸大賞 青春賞 受賞作
独身寮のふるさとごはん まかないさんの美味しい献立
水縞しま
ライト文芸
旧題:独身寮のまかないさん ~おいしい故郷の味こしらえます~
第7回ライト文芸大賞【料理・グルメ賞】作品です。
◇◇◇◇
飛騨高山に本社を置く株式会社ワカミヤの独身寮『杉野館』。まかない担当として働く有村千影(ありむらちかげ)は、決まった予算の中で献立を考え、食材を調達し、調理してと日々奮闘していた。そんなある日、社員のひとりが失恋して落ち込んでしまう。食欲もないらしい。千影は彼の出身地、富山の郷土料理「ほたるいかの酢味噌和え」をこしらえて励まそうとする。
仕事に追われる社員には、熱々がおいしい「味噌煮込みうどん(愛知)」。
退職しようか思い悩む社員には、じんわりと出汁が沁みる「聖護院かぶと鯛の煮物(京都)」。
他にも飛騨高山の「赤かぶ漬け」「みだらしだんご」、大阪の「モダン焼き」など、故郷の味が盛りだくさん。
おいしい故郷の味に励まされたり、癒されたり、背中を押されたりするお話です。
すこやか食堂のゆかいな人々
山いい奈
ライト文芸
貧血体質で悩まされている、常盤みのり。
母親が栄養学の本を読みながらごはんを作ってくれているのを見て、みのりも興味を持った。
心を癒し、食べるもので健康になれる様な食堂を開きたい。それがみのりの目標になっていた。
短大で栄養学を学び、専門学校でお料理を学び、体調を見ながら日本料理店でのアルバイトに励み、お料理教室で技を鍛えて来た。
そしてみのりは、両親や幼なじみ、お料理教室の先生、テナントビルのオーナーの力を借りて、すこやか食堂をオープンする。
一癖も二癖もある周りの人々やお客さまに囲まれて、みのりは奮闘する。
やがて、それはみのりの家族の問題に繋がっていく。
じんわりと、だがほっこりと心暖まる物語。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
月の女神と夜の女王
海獺屋ぼの
ライト文芸
北関東のとある地方都市に住む双子の姉妹の物語。
妹の月姫(ルナ)は父親が経営するコンビニでアルバイトしながら高校に通っていた。彼女は双子の姉に対する強いコンプレックスがあり、それを払拭することがどうしてもできなかった。あるとき、月姫(ルナ)はある兄妹と出会うのだが……。
姉の裏月(ヘカテー)は実家を飛び出してバンド活動に明け暮れていた。クセの強いバンドメンバー、クリスチャンの友人、退学した高校の悪友。そんな個性が強すぎる面々と絡んでいく。ある日彼女のバンド活動にも転機が訪れた……。
月姫(ルナ)と裏月(ヘカテー)の姉妹の物語が各章ごとに交錯し、ある結末へと向かう。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる