13 / 20
6杯目【中編】
しおりを挟む
扉を開けた途端に出迎えられた声に
インフルエンサーはたじろいだ。
(招待状風の告知ページのイメージなのかしら?
しかもあの燕尾服、かなり上等な仕立てよね)
ずいぶんと気合の入った演出だ。
その割に彼女の他に客がいないあたり、
広告は失敗したと思われた。
(まあ、当然の結果だろうけど…)
偶然開いた告知の怪しさを思い返せばこの結果はさもありなん。
正直、来店した自分は酔狂な部類だと
インフルエンサーは思っていた。
店内を見回すと、外観を裏切らない洒落た作りをしている。
つくづくPRが下手すぎてもったいない。
「この店は趣味でして。
来ていただきたいお客様だけお招きできればよいのです」
燕尾服の男が心を読んだかのように声をかける。
「少し当店の説明をいたしましょうか」
ゆったりとした仕草でカウンター席に
彼女を誘導した後、男は語りだした。
彼は店の店主で執事と呼ばれているらしい。
そういうキャラ設定なのだろう。
そしてこの店は客の望みを見極め
おすすめのメニューのみ提供しているという。
「ご満足いただけなければ、お代は結構ですから」
インフルエンサーはその説明に軽くあきれた。
なるほど、確かに道楽の店らしい。
とはいえ、彼女としては不満はない。
少なくとも客としては不利益はなさそうだ。
(まあ、どう考えても一般受けしない
コンセプトだけど、この店嫌いじゃないな)
まだメニューこそ出されていないが
落ち着いた店内を彼女は気に入っていた
少し薄暗い照明にレトロな音楽
艶めくアンティーク風のグラス
目の前では、店主の執事が
自分のための一品を作ってくれている
それなりにインスタ映えするだろうが
なぜか携帯を取り出そうとは思えない
それがよかった
SNSと自分を今ひと時、切り離す口実を
彼女はどこかで求めていたのかもしれない
ぼんやり空間を楽しんでいると
目の前にグラスが差し出された
花が添えられたカクテルグラスだ。
明るいエメラルドのような液体がゆらゆらと光を弾く。
「創作カクテル、エンカウンターでございます。
本来はカクテルなのですが、今回はノンアルコールの
モクテルとしてお作りいたしました」
インフルエンサーは目を見張った。
初めて本格的なカクテルを見たが、こんなにも美しいものなのか。
(きれいすぎて飲むのがもったいない…)
スーパーで売られている缶のカクテルしか知らなかった
彼女にとっては衝撃が大きかった。
冷たいうちに飲む方がよいとのことで、思い切ってグラスに口をつける。
鼻に抜けていくのはライムの香りだろうか。
さわやかな酸味にしつこくない甘さがすうっと喉を通り抜けていく。
(飲んだことない味だけど、これはいい…)
綺麗な色が消えていくのはもったいないけれど
ぬるくしてしまうのはもっと惜しい
インフルエンサーは、こくこくと
モクテル・エンカウンターを飲み干した。
『とても好みの味でしたけど…どうしてこれが私のおすすめに?』
彼女の言葉に、執事は微笑む。
「このモクテルはエンカウンター、つまり
出会いという意味を持っております。
あなたの望みに一番ふさわしいかと」
執事が彼女の目の前に一枚のメモを差し出す。
そこに書かれていたのは、Twitterでの
彼女のアカウント名だった。
『ちょっと、どうして、なんで
あなたが私のアカウント知ってるの!?』
(Twitterでは個人情報一切出してないのに
どうして?)
まさかこんな喫茶店で身バレするなんて思うわけがない
突然の混乱と恐怖にパニックになりかけた
彼女に、執事はこう語りかけた。
「ここは魔界ですから。人間界の常識が
通じないことも時に起こるのです。
ですが、どうぞご安心を。
あなたの秘密を脅かしたいわけではないのです。
情報は一切外に出さないと誓いましょう」
必要なら契約書も用意いたしますとまで言って
執事は彼女の前でメモを粉々に破り捨てた。
警戒してしかるべきだ。
どう考えても不審だらけだ。
それでも、彼の語り口が魔法のように誠実に
響いたから、インフルエンサーはひとまず追及をやめることにした。
悪いことをしているわけでもないし
アカウントなんて最悪閉じればいい。
いっそばれてしまっているのなら
そして秘密が本当に守られるというのなら
自分の悩みだって、もう
話してしまってもいいじゃないか。
インフルエンサーはたじろいだ。
(招待状風の告知ページのイメージなのかしら?
しかもあの燕尾服、かなり上等な仕立てよね)
ずいぶんと気合の入った演出だ。
その割に彼女の他に客がいないあたり、
広告は失敗したと思われた。
(まあ、当然の結果だろうけど…)
偶然開いた告知の怪しさを思い返せばこの結果はさもありなん。
正直、来店した自分は酔狂な部類だと
インフルエンサーは思っていた。
店内を見回すと、外観を裏切らない洒落た作りをしている。
つくづくPRが下手すぎてもったいない。
「この店は趣味でして。
来ていただきたいお客様だけお招きできればよいのです」
燕尾服の男が心を読んだかのように声をかける。
「少し当店の説明をいたしましょうか」
ゆったりとした仕草でカウンター席に
彼女を誘導した後、男は語りだした。
彼は店の店主で執事と呼ばれているらしい。
そういうキャラ設定なのだろう。
そしてこの店は客の望みを見極め
おすすめのメニューのみ提供しているという。
「ご満足いただけなければ、お代は結構ですから」
インフルエンサーはその説明に軽くあきれた。
なるほど、確かに道楽の店らしい。
とはいえ、彼女としては不満はない。
少なくとも客としては不利益はなさそうだ。
(まあ、どう考えても一般受けしない
コンセプトだけど、この店嫌いじゃないな)
まだメニューこそ出されていないが
落ち着いた店内を彼女は気に入っていた
少し薄暗い照明にレトロな音楽
艶めくアンティーク風のグラス
目の前では、店主の執事が
自分のための一品を作ってくれている
それなりにインスタ映えするだろうが
なぜか携帯を取り出そうとは思えない
それがよかった
SNSと自分を今ひと時、切り離す口実を
彼女はどこかで求めていたのかもしれない
ぼんやり空間を楽しんでいると
目の前にグラスが差し出された
花が添えられたカクテルグラスだ。
明るいエメラルドのような液体がゆらゆらと光を弾く。
「創作カクテル、エンカウンターでございます。
本来はカクテルなのですが、今回はノンアルコールの
モクテルとしてお作りいたしました」
インフルエンサーは目を見張った。
初めて本格的なカクテルを見たが、こんなにも美しいものなのか。
(きれいすぎて飲むのがもったいない…)
スーパーで売られている缶のカクテルしか知らなかった
彼女にとっては衝撃が大きかった。
冷たいうちに飲む方がよいとのことで、思い切ってグラスに口をつける。
鼻に抜けていくのはライムの香りだろうか。
さわやかな酸味にしつこくない甘さがすうっと喉を通り抜けていく。
(飲んだことない味だけど、これはいい…)
綺麗な色が消えていくのはもったいないけれど
ぬるくしてしまうのはもっと惜しい
インフルエンサーは、こくこくと
モクテル・エンカウンターを飲み干した。
『とても好みの味でしたけど…どうしてこれが私のおすすめに?』
彼女の言葉に、執事は微笑む。
「このモクテルはエンカウンター、つまり
出会いという意味を持っております。
あなたの望みに一番ふさわしいかと」
執事が彼女の目の前に一枚のメモを差し出す。
そこに書かれていたのは、Twitterでの
彼女のアカウント名だった。
『ちょっと、どうして、なんで
あなたが私のアカウント知ってるの!?』
(Twitterでは個人情報一切出してないのに
どうして?)
まさかこんな喫茶店で身バレするなんて思うわけがない
突然の混乱と恐怖にパニックになりかけた
彼女に、執事はこう語りかけた。
「ここは魔界ですから。人間界の常識が
通じないことも時に起こるのです。
ですが、どうぞご安心を。
あなたの秘密を脅かしたいわけではないのです。
情報は一切外に出さないと誓いましょう」
必要なら契約書も用意いたしますとまで言って
執事は彼女の前でメモを粉々に破り捨てた。
警戒してしかるべきだ。
どう考えても不審だらけだ。
それでも、彼の語り口が魔法のように誠実に
響いたから、インフルエンサーはひとまず追及をやめることにした。
悪いことをしているわけでもないし
アカウントなんて最悪閉じればいい。
いっそばれてしまっているのなら
そして秘密が本当に守られるというのなら
自分の悩みだって、もう
話してしまってもいいじゃないか。
0
お気に入りに追加
10
あなたにおすすめの小説
スメルスケープ 〜幻想珈琲香〜
市瀬まち
ライト文芸
その喫茶店を運営するのは、匂いを失くした青年と透明人間。
コーヒーと香りにまつわる現代ファンタジー。
嗅覚を失った青年ミツ。店主代理として祖父の喫茶店〈喫珈琲カドー〉に立つ彼の前に、香りだけでコーヒーを淹れることのできる透明人間の少年ハナオが現れる。どこか奇妙な共同運営をはじめた二人。ハナオに対して苛立ちを隠せないミツだったが、ある出来事をきっかけに、コーヒーについて教えを請う。一方、ハナオも秘密を抱えていたーー。
月は夜をかき抱く ―Alkaid―
深山瀬怜
ライト文芸
地球に七つの隕石が降り注いでから半世紀。隕石の影響で生まれた特殊能力の持ち主たち《ブルーム》と、特殊能力を持たない無能力者《ノーマ》たちは衝突を繰り返しながらも日常生活を送っていた。喫茶〈アルカイド〉は表向きは喫茶店だが、能力者絡みの事件を解決する調停者《トラブルシューター》の仕事もしていた。
アルカイドに新人バイトとしてやってきた瀧口星音は、そこでさまざまな事情を抱えた人たちに出会う。
吸血鬼が始めるダンジョン経営 ~アトラクション化で効率的に魂採取~
近衛 愛
ファンタジー
吸血鬼のウィーンは、仕事が出来ない役立たずと、ブラッドワインを生産している家から勘当されて追いだされました。
ニートになり、貯金を切り崩して生活してたある日
『ダンジョン経営始めませんか?』というダンジョン経営のメールが来た。ウィーンは経営者になることを決め、日本でダンジョンマート金沢支店をオープンすることになった。
伝説に残る、九尾の狐や座敷童、天邪鬼、猫耳娘などの物の怪と協力しながら和気あいあいと経営を進めていく。
ダンジョンの探索には危険が伴う、安全に冒険するためには保険契約が必要?その対価とは……。人間の寿命???古今東西の物の怪が協力しながら、経営する一風変わったダンジョンストーリー
ダンジョンでの人間の集客と、スタッフの募集に頭を抱えることになるウィーン。様々な出会いがウィーンを成長させていく。たまにダンジョンを私物化し、温泉スパリゾートや、スキー、オアシスでの海水浴場を作ったり、物の怪の思惑が重なりダンジョンは一体どこへ向かっていくのだろうか?
おっちょこちょいな猫耳娘ミリィとのかけあいのあるちょっとした笑いのあるストーリー。あなたがダンジョンの経営者なら、どういうダンジョンにしますか?
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活
XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。
僕の月、君の太陽
月ヶ瀬 杏
ライト文芸
ある月のない夜。大学生の陽央の元に、父親が朔という小さな女の子を連れてくる。朔は陽央の腹違いの「妹」で、事情があって行き場がないという。 父親に頼まれて、一人暮らしのマンションで朔を預かることになった陽央だが、警戒心が強い朔は、なかなか陽央に心を開こうとしない。そのうえ、子どものくせに強がりで、どんな状況になっても絶対に泣かない。突然現れた朔との生活は、陽央にとって苛立つことの連続だった。そんなとき、陽央の都合で家から追い出した朔が、一緒に住むマンションから離れた場所で迷子になっていたところを保護される。朔がひとりで遠くまで行った理由を知った陽央に、彼女に寄り添おうとする気持ちが少しずつ芽生え始め、陽央と朔の関係は変化していく。 ひとつの家族の、絆の話。*他サイトにも投稿しています。
瞬間、青く燃ゆ
葛城騰成
ライト文芸
ストーカーに刺殺され、最愛の彼女である相場夏南(あいばかなん)を失った春野律(はるのりつ)は、彼女の死を境に、他人の感情が顔の周りに色となって見える病、色視症(しきししょう)を患ってしまう。
時が経ち、夏南の一周忌を二ヶ月後に控えた4月がやって来た。高校三年生に進級した春野の元に、一年生である市川麻友(いちかわまゆ)が訪ねてきた。色視症により、他人の顔が見えないことを悩んでいた春野は、市川の顔が見えることに衝撃を受ける。
どうして? どうして彼女だけ見えるんだ?
狼狽する春野に畳み掛けるように、市川がストーカーの被害に遭っていることを告げる。
春野は、夏南を守れなかったという罪の意識と、市川の顔が見える理由を知りたいという思いから、彼女と関わることを決意する。
やがて、ストーカーの顔色が黒へと至った時、全ての真実が顔を覗かせる。
第5回ライト文芸大賞 青春賞 受賞作
喫茶店オルクスには鬼が潜む
奏多
キャラ文芸
美月が通うようになった喫茶店は、本一冊読み切るまで長居しても怒られない場所。
そこに通うようになったのは、片思いの末にどうしても避けたい人がいるからで……。
そんな折、不可思議なことが起こり始めた美月は、店員の青年に助けられたことで、その秘密を知って行って……。
なろうでも連載、カクヨムでも先行連載。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる